一夜の出来事
「……莉子」
あなたって、本当にずるいわよ。気づいてやってるのかしらね。
あれだけのシャンパンタワーを贈っておいて、
こんな風に私の本名を刻んだアクセサリーを渡すなんて。
「燈」
その文字を、私はあえて声に出さなかった。
口にしてしまったら、
涙が止まらなくなりそうだったから。
莉子にだけ教えていた私の本当の名前。
赤姫という名の仮面をつけて、光の中で笑ってきた私にあなたは、最初から赤姫じゃなくて燈の方を好きになったのね。
どちらにしても、胸が苦しくなる。
(……私は、ただの“赤姫”でいたかったのに)
涙の代わりに、私は静かに笑った。
(……ずるい。ずるすぎるわよ、莉子)
でも、嬉しかった。
こんなにも深く、誰かに愛された事なんてなかった。
ベッドの上に横になり、
胸元で静かに揺れるネックレスにそっと触れる。
(莉子)
あなたは、誰よりもまっすぐで、
誰よりも危うくて、
誰よりもやさしい。
私のことを、
“赤姫”としてではなくて、ただの“燈”として見てくれるたった一人の人。
その想いの重さに、私はもう……逃げられないのかもしれない。
(……ありがとう)
心の中でそう呟いて、私はそっと瞳を閉じた。
胸元でダイヤが月の光を受けて、静かに揺れていた。
ー莉子ー
「源氏名じゃ、意味がないんです」
運転手の後部座席で、私は独り言のように呟いた。
“赤姫”に贈るプレゼントじゃ、私の気持ちは届かない。
あの人は、いつだって笑ってる。
誰に対しても優しくて、誰の前でも完璧。
だから――
私は、“私しか知らない本当の彼女”に贈りたかった。
私が好きになった燈さん本人に。
“赤姫さん”もだけど、“燈さん”を愛してるの。
シャンパンでも足りない。
世界に一つだけのネックレスじゃ足りない。
だから私は、
あなたの本当の名前に、私の愛を刻みたかった。
“To Akari — You are always my No.1.”
ただそれだけの、簡単な言葉。
だけど、それにすべての想いを込めた。
本当は言いたかった。
目を見て、直接言いたかった。
でも、赤姫さんはそれを聞いたら泣いてしまうから。
そしてきっと、その涙を隠してしまうから。
(……だから、今はまだこの想いを伝えるだけ)
今回燈さんに渡したのは、『想い』だけ。
私だけの燈さんへの想い。
だけどいつか、ちゃんと伝えたい。
私は、“燈さん”が欲しい。貴方だけを愛してるの、誰にも触らせたくない。
次に会った時は私の想いを沢山ぶつけて、本当の貴方を見せて欲しい。




