>>1 転生したようです
転生した。してしまった。アレに。
朝起きてぼんやりと鳥を眺めていた時に不意に目の前がシャットアウト。次に目を覚ました時、私は前世の記憶を取り戻していた。いやそんなこと急にってね。
ゆっくりと顔を上げると大きなドレッサーの鏡の中の私は、美しい顔を真っ青にして呆然と視線を明後日の方向に飛ばしていた。
色素の薄い青色の髪を背中の真ん中まで伸ばし、飴玉のような少しつり目がちな赤色の大きな瞳。そしてそれを縁取るのはとても長いまつ毛。
六歳とは思えぬ洗礼された美貌は、どことなく冷たい氷を思い起こさせた。
以前の私とは似ても似つかないその姿を、私は画面越しに知っている。
乙女ゲーム【愛の王冠をその手に】のライバルキャラ。メイン攻略キャラの婚約者で、ヒロインと全ての攻略キャラの恋を邪魔するが最後は卒業パーティーにて断罪。全てのルートで命を落とすことが確定された公爵令嬢。エリザベス・オースティンその人だ。
最後の死は理由は様々だが、一番多いのは今までの罪によって死刑を言い渡され、ギロチン台にて命を落とすもの。他にも恨まれて御令嬢に殺されたり、ルートによってはバッドエンドで攻略キャラに殺されることもある。
つまり私は乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのか。あの女の本性丸出しの【愛の王冠をその手に】に?
さいっあくだ。マジで勘弁。ほんと無理。
【愛の王冠をその手に】がヒットした理由は、二つある。一つは見た目麗しい男女が多く登場するから。これは乙女ゲームだから納得する。そうだろう。だってこれは恋するゲームなんだから。
問題があるのはもう一つの理由。ライバル女を潰すのがストレス発散になるから、だ。いやなんだそれは、と二度見するのもわかる。この【愛の王冠をその手に】は、攻略キャラたちに気づかれないように女たちの策略が蠢いているのだ。それをプレイヤーはいち早く察知して攻略キャラに情報を流したり他の女を使って行動を起こそうとした人を潰していく。それをしっかりとすることでバッドエンドの旗をへし折っていくことになる。
なんちゅう乙女ゲームや。もう一度言おう、なんちゅう乙女ゲームや。
『女子の世界分かってる!!』と多くの女性プレイヤーからは絶大な支持を受けたが、可愛い女の子達を見たくてゲームを購入した男性プレイヤーからは『トラウマになった』『女って怖い』などの声が絶えなかった。
話を戻そう、私がこの世界の転生を嫌がるのはそれが理由だ。こんな面倒な世界、きっとここしかないだろう。いくら美少女に転生したってこんなの素直に喜べない。今から女の争いに巻き込まれることが確定して更には命を落とす人生なんてやだよ。
とは言っても転生してしまった以上私がどうにかしないといけないのは変わらないわけで。悶々と頭を悩ませる。
ベッドの上で転がってみたり布団を被って叫んでみたりしていると、コンコンと扉を叩かれた。
ピタリと叫ぶのをやめてドアの向こうの音に耳を澄ます。
「お目覚めですか、お嬢様。」
声のトーンが低くて堅苦しいが若い女の声だ。この世界の女はやばい。それを確認したばかりだったから、思わず少し身構えた。
「そこにいるのは誰ですか?」
私の質問に、ざわざわと扉の向こうが少し騒がしくなる。きっと声をかけた女以外にも誰かいるんだろう。
それより、さっきまでは叫んだりしていてあんまり思わなかったがさすが美少女。美には、声も漏れてない。
「……ソフィアです。」
「入ってきてもらえますか?」
私の言葉に再びざわざわする。そして一度しんとしたかと思うとギギ……とドアが開いた。
入ってきたのは若草色の髪をお団子にした十代後半に見える女。髪と同じ色の瞳が少し警戒したように私のことをじっと見ていた。
そこでやっと、私は思い出す。彼女はゲームに出てくる。ジロルドルートで、密かに彼に思いを寄せていた彼女はハッピーエンドではヒロインを受け入れ、彼女の専属メイドとなる。ちなみにバッドエンドではエリザベスを毒殺する。
「なんの御用でしょうか」
彼女の声に少なからず緊張を感じるが、私の背中には冷や汗が伝っていてそれどころじゃない。この人私のこと殺す人!?
「あ、そのえっと、ご、ごめんなさい!どんな人なのかなっていうか興味あったっていうか」
プレッシャーと恐怖でガクガクして言葉が繋がらない。何を口走っているのかも分からないまま言い訳めいた言葉を並べる。だけどソフィアはかなり驚いたような顔をして固まっていた。
「悪気があったわけじゃないの!それに何かあるならドア越しじゃ落ち着かないなとか思ったり……ってどうかしました?」
漸くそのことに気づいた時にはソフィアは口をぽかんと開けて信じられないものを見るような目で私を見つめていた。少し時間があって辺りをキョロキョロと見回したかと思うと次はビックリした顔をしてあわあわと忙しなく動き始めた。正直挙動不審過ぎて怖い。
遂にブツブツとなにか喋り始めたので、私はもう一度声をかけることにした。
「あの、さっきは急に声をかけてすみませんでした。大丈夫ですか?」
それにはっと顔を上げたソフィアは早口で話し出す。
「いえ、お嬢様が私みたいな一使用人に丁寧な言葉で話されるのが信じられなくて。それにごめんなさいとかすみませんとか言い出すし。さらに最初に戻せば機嫌が悪いはずの寝起きの状態で話が通じたことも奇跡ですし。部屋に入ってなんて!!」
……。
お、おう。理解した。少し記憶はあやしいけど私もゲームの中のエリザベスも、使用人たちに辛く当たっていた気がする。みんな、今日はそんないつもと違う私に驚いたと。
正直日本人魂が染み付いた前世を思い出した今となってはエリザベスの時の六年間の思い出はかなり朧気だ。けど、言われてみれば『髪を結って、ソフィア!』『こんなことも出来ないの、ソフィア!』とか、気に入らない作ったばかりのドレスを投げつけたりしていた気がする。うん。そりゃ驚きますわ。
「ソフィアは、こんな私嫌い?今までの方がいいですか?」
少し疑問に思って、直接聞いてみる。私がこの世界でゲームのように死ぬつもりがない以上、代案を考えるまでは暫くお世話になる……かもしれない。だったら少しでも敵は少なくしたいということで。困った時の希望調査だ。するとソフィアは即答してくれて。
「いや、断然今日のお嬢様の方がマシです!いつもはひっどいですもん。あ、でも敬語は使って下さらなくて結構です。私たちは逆立ちしたって使用人なんですから」
このちょっとぬけた感じは、殺されるかもしれないという心配を除けば大分私の好みだ。出来れば命の危険を感じずに仲良くしたいと思った。
「そっかー。じゃあソフィア、これからは仲良くよろしくね」
てくてくとベッドをおりてドアの前にいるソフィアのところまで歩いていく。そして少し照れくさかったけどエリザベスの小さな手をソフィアに差し出す。
ソフィアも、最初は驚いたように目を白黒させていたが、手をメイド服で拭ってから、手を取ってくれた。
「はい、お嬢様。」
ソフィアの手は水仕事のせいか少しかさかさしていたけどとても温かくて、私はとても嬉しくなった。
暫くしてソフィアが戻ってくるのが遅かったのを心配したメイドたちが私の部屋のドアを恐る恐る開けるまで、私とソフィアは部屋の真ん中にある丸いテーブルを囲んでお喋りしていた。
因みに、私エリザベスの性格が丸くなったことは、そこに居合わせたメイドたちによって台風のように屋敷の中を駆け巡った。