>>2 兄とお話しました
開いていただきありがとうございます
ソフィアを心配した使用人たちは部屋におずおずと入ってきてから、まずは私の変わりように目を見開き口をぱくぱくさせてから、暫くして手を取り合って喜んでいた。中には泣き出すぐらい喜んで本人かどうかの確認をしてくる人までいて、とっても気まずく思った。
皆が落ち着くのを待って、寝るようの少し薄くなって露出も多めのドレスを脱がしてもらう。え、自分で脱げないの?って今私を馬鹿にしたあなた。このドレスを見てみなさいな!
複雑にドレスのあちこちに紐が通してあって、体をぎゅってしてあるかと思ったら胸の前辺りで取れないようにかたく結ばれている。
三歳ぐらいの時から寝る時はこんな感じのドレスで、一度その理由をあるメイドに聞いたことがある。その答えは、「お嬢様がまだ幼く、でも可愛らしいからです」と言われた。確かにあの頃の私は性格も温和だったから周りから見れば不安だったのかな。うん。
それでも何とか紐を解いてもらって、普段着のドレスに着替える。記憶を取り戻すまでの趣味がギラギラわちゃわちゃしたドレスだったから、当然のようにドギツイ真っピンクのドレスを持ってきたメイドに丁寧にお断りして、ウォーキングクローゼットの奥の奥にあった私の髪の色と同じ大人しいドレスを着せてもらう。一着でもまともなドレスがあって良かったと小さく息を着いた。
それから軽く髪を結ってもらって、朝食をとりに食堂へ行く。私の部屋や父様・兄様の部屋、図書館などは二階にあり、食堂は一階にあるのでここから食堂へ行くには長い螺旋階段を降りる必要がある。
因みに、私たちの母、オースティン公爵夫人は何年か前に病気で亡くなっている。
いつもの私なら面倒だの一言で自分の部屋まで食事を持ってこさせ一人で食べていた。それが原因であまり父とも兄とも話していないというのだから、かなり重症だ。が、日本人で食事は家族みんなが集まって食べるべきだと教えこまれた私にその選択肢は存在しない。どれだけ長く、辛い道のりでも必ず食堂にたどり着いてみせる__!そんな決意を抱きながら階段を降りる。案外呆気なく食堂へたどり着いた私が意気揚々と手を洗い席に座ると、朝の使用人たちのように口を開けて何度も目をこする父と兄ジロイドがいた。
それが何だか面白くて、私は小さく笑った。
「おはようございます、ご機嫌いかがでしょう父上様、兄上様。」
笑いを噛み殺しながらそう尋ねると二人ともギクシャクとした動きで笑みを返す。
「あぁおはよう、エリザベス」
「おはようっ、リジー」
流石は公爵、その顔さえ見なければ動揺してるなんてバレないと思うけど、顔はごちゃごちゃして変な顔になっている。それに比べて八歳になったばかりの兄の方は顔も引き攣り、言葉のアクセントがおかしい。狼狽えてるのがバレバレだ。そしていい終わってすぐに「しまった」という顔をして伺うように私の方を見てくるのだ。
謎の行動に首をかしげていると、おずおずと兄様がわたしに聞く。
「ねえエリザベス、兄のことを怒らないの?」
今のどこに怒る要素があったのだ。笑い転げて腹筋崩壊の危機はあったが、それには全く心当たりがない。
「なぜです?」
だけどそれに驚いたのは兄様の方で。
「え、だって兄はエリザベスのことをリジーと……愛称で呼んだじゃないか」
私が覚えていないことによってしどろもどろになりながら話を進める兄様。その話を聞きながら、あーそんなこともあったっけーと私は記憶を探る。
あ、あった。たしかに。
私に初めて好きな人が出来た五歳くらいの時。相手が私のことをリジーって呼んでくれるから、他のやつがそれを呼ぶことは許さんっ!といつも通り私をリジーと呼んだ兄様に傍にあった枕を叩きつけたんだ。
可哀想な兄様は、そのせいで妹のことを愛称で呼べなくなったのか。それって二歳差の兄妹の喧嘩じゃないよね。
兄様のトラウマをそのままにしておくのも可哀想なので。私は兄様のモテる未来のために、愛称のトラウマをひとつ無くすことにしました。
「あら何を言ってらっしゃるの、兄様。私と兄様は兄妹でしょう?私のことはリジーと呼んでください」
そう言ってふふふと微笑むと、兄様は目を零れ落ちんばかりに見開いてこくこくと何度も頷いた。私もそれに満足して、次は父様に向き直る。
「とうさまも。私、とうさまにリジーと呼んで欲しいんです」
すると父様もさっきの兄様と同じ顔をするから、二人は親子だなぁと微笑ましく思った。
そんなこんなで団欒しながら食事を終えて、私は部屋に戻ってきていた。理由は簡単。性格が変わった私に、面会希望者が多く詰めかけたからだ。
オースティン公爵家の屋敷にはお喋り好きの女官が多いことで有名だ。それはゲームでも紹介されるほど大切で、エリザベスとして過ごした六年間に何度も思ったことだ。
そういう訳で、私の性格が一変したという話は一時間後には屋敷に住む全員が知ることになり、それで私に対する面会希望者が続出。きっと本当に今までのように八つ当たりされたりキレたりしないのか、今までの可哀想な被害者達はとても気になるんだろう。そう思うととても申し訳なく思った。
正直私には、エリザベスとして過ごした六年間の記憶が少ない。それはきっとエリザベスとして過ごした日々が長いわけじゃなく、六歳までと短すぎたのが原因だろうと思っている。それにプラスして前世の記憶が入ってきたから朧気になってしまったと。でもまぁ、忘れてしまったこそ使用人たちともいい関係が作れると思うから、ラッキーだと思う。
それに他の公爵家の御令嬢たちは、五歳くらいから家庭教師をつけられて食事マナーからダンス、バイオリンなどの淑女の嗜みを体に詰め込むらしい。だがここでも、エリザベスのやりたくないという我儘が炸裂し、六歳になった今も教育を受けていないのだ。だからこそ多くの人と面会出来るのだから、今回ばかりはエリザベスの我儘に感謝しておこう。
それでもやはり公爵家、基礎的なのはきちんと仕込まれているようなので、それが必要な場が来たら体に任せようと思っている。
朝食を摂ってすぐから始めた面会は私の部屋で行われ、触れようと思ったら触れられる距離__大きな丸テーブルを挟んでマンツーマンで行われる。
来るものが後を立たず、昼食事もカチコチのパン片手にすることになった。十八人目の面会が終わり、テーブルに突っ伏して、考える。そう言えば、私って六歳なんだった。次からはもう少しそれっぽく話さなきゃな。そう思っていた時にドアが音を立てて開く。
次はどんな人かな、首をドアの方に回して目線を向けると、そこには朝食の席で見た人が。
「兄様!」
慌てて起き上がり、ぺたぺたと少し乱れた髪を撫で付ける。ドレスのシワを伸ばし、椅子から立ち上がった。
「ああ、いいよ座ったまんまで」
優しく私を嗜めて、自分も流れるように向かいの椅子に座る。何だか居心地の悪い雰囲気に髪をいじくった。
兄様が椅子に座ってから何分が経っただろう。とんでもなく長く感じたその時間は、兄様の一言によって終わりを迎えることになる。
「ねえリジー?」
ただ私の名を呼んで、聡そうな私と同じ色の瞳が私を見つめる。なんだと思って首を傾げるが、返事をした方がいいのか、と思って答える。
「はい」
私にとってはそれだけの事なのに、兄様はなんだかとても嬉しそうに、満足そうに笑った。
「君が、答えてくれるなんて夢みたい。兄はとっても嬉しいよ」
そう言って私の頭に手を伸ばした兄様は、そのまま優しく撫でてくれる。それがなんだか気持ちよくて、私は猫になった気分で目を閉じた。
暫くしてはっとして目を開けたらまだ兄様は私を撫でている最中で、その顔が幸せそうに綻んでいるのが分かった。
その顔からなんだか目を離せなくて、じっと見つめていると、それに気づいた兄様がぱっと手を離した。
「あぁ、ごめん。久しぶりで少し時間を忘れてた」
そう言って立ち上がった兄様はくるりと背を向けて、ドアの方に歩いていく。ドアに手をかけたその時に、私は兄を呼び止めた。
「なんだい、リジー?」
兄様が振り返ったのを確認してから、私はゆっくりと息を吸う。
「にいさま。また、リジーとお話してくださいますか?」
子供らしさを全開に、思いっきりあざとく。不安げに首をかしげて見せれば兄様は破顔した。
「うん。だってリジーは、兄の大切な存在だからね」
そう言って出て行った兄様の背中を、私はなんとなく見つめていた。
お疲れ様でした。
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