煩悩と神々
無駄にエロ方向に行ってしもうた
というわけで? 俺とアリシエンティフィナさまは町から少し離れた郊外にある緑豊かな公園地区の方に足を踏み入れた。
アリシエンティフィナさまと過ごしたあの神域とは比べるべくもないけれど、それでも緑の匂い、流れる水の涼しさ、風の爽やかさは何とも心地いい。どうにも、アリシエンティフィナさまの勇者となってから、人々が築く文明の豊かさ賑やかさよりも自然の恩恵の方に安らぎを感じているような気がする。
「さあリヒト。こちらへ」
アリシエンティフィナさまは常の女神の姿を取って座り、ポンポンと膝を叩いて誘う。
ああ懐かしいなぁと思いながらも、お辞儀をして、頭を乗せた。が、異変に気付く。
「あの……アリシエンティフィナさま」
「はい、何でしょうか」
アリシエンティフィナさまはいつもの優しげな気遣うような声をかけて下さる。
気付いていないのか? アリシエンティフィナ様の御尊顔が見えないのはまあ仕方ないにしても。
お っ ぱ い が 当 た っ て る ん で す が!!
「ん、くすぐったいです。リヒト。暴れてはいけませんよ。大丈夫ですから」
身じろぎして何とか体制を整えようとした俺の肩をアリシエンティフィナさまが掴んで止める。その力に為す術もなく……アリシエンティフィナさまにとってはこれくらいの力加減ですら赤子の手をひねらないように気を付けている程度でしかないのだろうか。
ついでに言うと身じろぎしてまぶたおっぱいに伝わるいっぱいのか……違う。まぶたいっぱいに伝わるおっぱいの感触がマズい。さらに薄くてさらさらとした神衣の感触でダイレクトに。下着? 女神ですよ? って考えたら後頭部に感じる膝の奥に想像を巡らせてしまいかけた。
何でだ? 何でこうなった。今までだってこうして膝まくらに甘えて時間を過ごしていたことはあったけどこんなことは一度も無かったはずで。
偶然? 偶然こんな体勢になっただけなのか。いや待て。本当に偶然なのか……と考えて、いやいやそもそも何の意図があるというのか。この方をどなたと心得る。女神さまですよ。何をバカな想像をしているのか、と俺は自分の疑念を跳ね除けた。
「……リヒト?」
「大丈夫です! 大丈夫ですから」
鎮まれ俺の煩悩。女神さまでエロいことを考えるとか何と不届きなんだそれでも勇者かお前は。
よし! 大丈夫。何とか落ち着いたところで、アリシエンティフィナさまの手がまるで猫や犬でも可愛がるように俺の首筋を撫でる。お戯れはおやめください。
「ふふ」
四苦八苦している中、微笑んだような気配がしたような気がした。何もかもお見通しであるのだろうか。
他意はない……他意はないけど、同じ体勢も疲れるからちょっと足を組換えよう。
「あー……そうだ! アリシエンティフィナさまは」
「アリーシェです」
二人っきりだからいいと思うんですよ。
「……アリーシェは、リースと魔王の正体についての話をしていたんですか?」
アリシエンティフィナさまは物憂げに溜息を吐いたかと思えば、そうですね、と話を始めた。
「彼女は人間の中では中々に弁えた聡い人物の様です。人間の権威というものにとらわれない、一見奔放なようでいて、神々の、世界に対する畏敬は持ち合わせています。同時に、故にというべきでしょうか。在るべき流れ、そしてそれを妨げる異常。そういったモノの嗅覚にも長けている。それは、世界は人のモノと傲慢になりがちなあの手の人種とは一線を画すでしょう」
アリシエンティフィナさまをして、リースは優れた魔法使いだった。ということらしい。
「……尋ねられたことを答えただけですから、決してリヒトを蔑ろにしたわけでは無いのですよ?」
アリシエンティフィナさまは俺の頭を撫でながら言う。
「はい?」
いや、俺が黙っていたのは拗ねてたとかそういうわけではなくて。
「あーええっと。魔王っていうのはどういう存在なのでしょうか」
誤魔化したわけでは無い。アリシエンティフィナさまはふふ、そうですね。と話し始める。
「魔王というものに決まった定義はありません。悪魔であったり、ドラゴンであったり、はたまた人間であったり。異世界から侵入した不定形のモノであったりもします。場合によっては、堕ちた神であることも。とにかく、姿形が問題なのではなくこの世界に置いて悪業を為し、また、世界を滅ぼし得るほどの脅威であると神々が見做した者がすなわち魔王となります」
魔王の話はそれ以上を語りようもなく、さて、そのような存在に対しどう立ち向かうか。アリシエンティフィナさまの話は続く。
「理想は人……に限りませんがその世界の内側で解決することですが魔王ともなればそれも困難となります。ですが、神々が直接手を下すのは最終手段です」
最終手段、その為にアリシエンティフィナさまは未だ神々の世界から地上に降り立ち見守ってくださっている。
どのような戦いがあったのだろう。アリシエンティフィナさまほどの方を駆り立てねばならぬと頼ったその過程に何があったのだろう。それを知る権利は、まだない。けど、それは想像もつかないくらいに辛く厳しい戦いだったのだろうと思うと、胸が締め付けられた。
「神の力を得た代行者。リヒトのような勇者がその役割を神々に背負うのですが、その存在は極めて不安定です。時の権力者の庇護も受けにくいですからね」
「庇護が受けにくい?」
「だってそうでしょう? 国よりも、肉親よりも神を敬いその意思に寄り添うことこそがその使命なのですから」
ああ、なるほど。
「ですよね?」
アリシエンティフィナさまの手が首に伸びた?
「はい。そうですね」
「……ふふ」
また犬や猫みたいにそのまま喉を撫でられた。
「話を戻しましょう。そういうわけで、神の代行者というのは必要な時に常にあるとは限らない存在です。ですから、次の手段として異世界の助けを借りるという手があります」
「異世界の助け……召喚ですか」
「リヒトはこれでこちらの世界に来たのでしたね。特定の人間に加護を与えることを決めてもその人間にも生まれ育つ国はありますし、場合によっては家族を人質に取られたりそういうことが考えられますから。だったら、因縁の無い異世界の住人を呼び、力を授けるのがまあ、次善の策というのが神々の考えですね。
とはいえ、神々に忠を尽くす代行者よりも思想的に自由で、抱え込みやすい、という点はありますからつけ入る人間も多い。故に異世界召喚というのは神々の承認、手助けが必要なように、その手法は覆い隠しています」
「え? でもリースは」
「……ええ。ですからにわかには信じ難かった。あなたは確かに異世界からやってきた人間。そう言えば聞きたかったのですがリヒト。あなたは、この世界に来る途中で女神に会いませんでしたか?」
「……女神に?」
いや、そんな記憶はないのだが。困惑して答えないでいるとそれが答えだと了承してくれたようだ。
「異世界からこの世界に渡る際、その管理を任されている女神により異能を賜るはずなのですが、リヒトはそもそも会っていない……」
だが、リースも本来であれば神々の助力が必要な異世界召喚で、そもそも無理があったのだからそれはつまり、その女神に会わない道筋でこの世界に来てしまった。そういうことでしかないのではないか……そう思う。
思うが……過るのは、果たして本当にリースは失敗したのだろうかという疑問。根拠はない。けれど、アリシエンティフィナさまもきっと同じように感じていると思う。リースリット・アシュティ。彼女が自信を持って行った異世界転移にそんな致命的な間違いなんてあるのだろうかと。
「リヒト……」
話も終わり、思考に沈んでいた俺はいつの間にか頭にアリシエンティフィナさまの感触が残っていないことに気付いた。
そしてその時には既にアリシエンティフィナさまの身体が、寝そべった俺の身体に正面からのしかかっていることに気付いた。
まずい。まずいまずい!
アリシエンティフィナさまの吐息がかかり、胸の谷間がちらりと覗いた。ぐにゃりと俺の胸板を押す豊満な感触に加えて、しなやかな指が俺の胸に走る。
「ふふ、リヒトも興奮しているのですね」
ちょっとなにをいってるのかわからないです。
アリシエンティフィナさまの腿が俺の脚の間に挟まって、触れる。触れ……っ! 顔を青ざめていると、アリシエンティフィナさまの胸が俺の顔を包み込む。
「よいのですよリヒト」
女神の声は俺の不安を溶かし、安らぎをもたらす。
「アリシエン、ティフィナさま……?」
「……リヒトが、心を込めて私の名前を呼んでいるは分かっています。だから、いいでしょう、そのままで」
アリシエンティフィナさまの腕から解放され、今度はじっと瞳を見つめ合う。濡れている。その唇は艶やかで、何故か目が離せない。
「ええっと……」
これは何のお戯れでしょう? そうした言葉は口を突いて出なかった。
「リヒト。いいのです。本能の赴くまま」
ほんのう、ですか? まずい。思考がちょっと働くなってきた。このままだと、どうなる?
「リヒト……」
そのまま、唇がゆっくりと近づいてきて、触れるかどうかという直前で
ドーン!!!
デカい爆音とともに何者かが降って湧いて、それは中断した。