9 山中が拠点
ひとまず、弁慶ちゃんと義経は一種のホームである京都に戻ることにした。
関東では鎌倉爆風興業の目も厳しいので、選択肢としてはさほど間違ったことでもない。
それに京都には弁慶ちゃんの住んでいたアパートもあるので生活にも事欠かなかった。義経も暮らしていたのだが、都市部から離れすぎていた。
「京都で大量のファンを作って、都内に殴りこむんだ!」
「うん。京都は長らく住んでたし、地元のアイドルっぽさをもっと出していきたい」
しかし、二人が戻った京都は、かつての京都ではなかった。
ライブに乱入すると、すぐに警備員がやってきて、二人をつまみ出すのだ。
こうなると、問題行動を起こしているのは二人のほうなので、どうしようもない。ぶっちゃけ弁慶ちゃんなら、警備員ぐらい勝てるのだが、警備員を殴っては犯罪者になってしまう。
初日は「こんなこともあるんだな」「うん、義経たち、運が悪かった」と、あまり気にもしてなかったのだが――
三回連続で追い出され、しかも出禁まで言い渡されて、確信を持った。
「これ、鎌倉爆風興業の手が伸びているな……」
弁慶ちゃんと義経は三条大橋のたもとにある喫茶店で作戦会議をしていた。
あらためて、飛び入り参加したアイドルの事務所を検索してみたら、全部鎌倉爆風興業である。
「そういえば、お姉ちゃんが鎌倉爆風興業は京都にも影響力を強く持ち出してるって言ってた。先日、鳳凰産業を買収したとか」
「マジか……。これじゃ、道場破り戦略は通用しないじゃないか……」
弁慶ちゃんは自分たちのパフォーマンスには絶対の自信を持っていた。なにせ事務所バックアップもなしに、それでメシを食ってきたのである。
だが、活動自体を制限されてはパフォーマンスも何もない。
「大丈夫。義経に作戦がある」
義経がキャラメルフラペチーノにシナモンを振りまくったものを飲みながら言う。
「おっ、どんな策だ?」
「ずばり、鎌倉爆風興業じゃない事務所のアイドルのところに攻め込む作戦」
「策ってほどじゃないぞ」
とはいえ、現実的な手ではあった。
それなら問題なかろうと、翌日、四国から来たアイドルのライブに乗り込んだのだが――
「ダメだよ! 君たちは出禁だからダメ、ダメ!」
ライブハウスのオーナーが二人をライブハウスの外に追いやった。
「なんでだ! 今日のアイドルは鎌倉爆風興業の所属じゃないだろ!」
「悪いけど、京都のライブハウスはみんなその事務所からお金もらってるんだよ。君たち二人が乱入したら必ず追い出せって言われてるんだ」
弁慶ちゃんは愕然とした。
「汚い……。大人って汚い……」
頼朝という女はすべて金で解決する気なのか。
「普通、こういうの事務所のアイドルと勝負みたいな展開になるはずではないか! むしろ、あの社長もそういうようなこと言ってた気がするぞ! それすら許さないってどういうことなのだ!」
「ふん、こっちは経営ができればいいんだ。君らの音楽がよかろうと感動しようと関係ないね」
(うわあ……。音楽愛してないならライブハウスとか経営するなよ……)
弁慶ちゃんはいよいよ進退窮まったかと思った。
だが――
ぽんぽん。
義経が弁慶ちゃんの肩を叩いていた。
「義経に策がある」
「本当か?」
こくり。
「敵は音楽に関係のある場所しか買収できない」
「それはたしかにそうだな」
「義経の産まれ育った鞍馬山でライブをやる。そこを義経たちの劇場にする」
それは名案かもと弁慶ちゃんも思ったが、すぐに懸念点が思い浮かんだ。
「鞍馬山って辺鄙すぎないか?」
鞍馬山は、京都のかなり北にある出町柳という駅から、さらに電車に30分乗って終点で降りたところにある。
「それでもやれないよりはマシ」
「わかった……。それに賭けてみよう……」
弁慶ちゃんも鞍馬山行きを決めた。
●
鞍馬山にあるお寺、ここが義経の生まれ育った場所だった。父親の失踪後、母親にも先立たれた義経は寺の僧侶に預けられたのだ。なかなか壮絶な人生である。
親代わりの住職はお寺の敷地を自由に使ってよいと許可を与えてくれた。
二人はここで定期公演と銘打って、ライブをはじめた。
最初はたいして客も来なかった。
なにせ遠すぎるのだ。しかも山寺などを訪れる観光客は、年齢層が高いので、アイドル活動に盛り上がる世代とはずれていた。
しかし、弁慶ちゃんは失敗するという気はまったくしなかった。
(私も義経も実力は衰えてない。むしろ、増してる。本当にいいものなら、わざわざ電車の終点までやって来ても、見に来てくれる!)
やがて、その信念は京都のアイドルシーンに届いた。
じわりじわりと動員が増えはじめ、ついには地元新聞にも取り上げられるまでになった。
その新聞の見出しには、『牛若◎、演奏も◎』と書いてあった。
活動二か月が過ぎたあたりで、動員数は二百人を安定して超えるようになった。
事務所を通したりなどしていないので、これでも生計は立つ。
「義経、流れが来てるぞ。ダンスを撮ったPV動画も再生数が軒並みどんどん上がっている」
「うん、義経もそう思う」
寺の宿坊を使った楽屋で二人は話をする。
「もし、京都だけで今の倍ぐらいの数を集められたら、東京で千人を動員するぐらいはできると思う。片っ端から敵事務所の息がかかってたら、会場探すのが大変そうだけど……戦うことはできる」
「うん。でも、まずは京都でもう一回り大きくなる」
二人の目は生き生きとしていた。
その瞳は鎌倉爆風工業のアイドルが持っていないものだった。金の力で集まってきたアイドルには、アイドルが持つべき本来の要素の一つ――純粋さが欠乏していたのだ。
アイドルはもともと、日本語に直訳すれば、「偶像」だった。
世俗の価値観で染まりきったものには偶像としての価値もまた生まれない!
二人は京都の山中でアイドルとしての底力で、京都アイドル界に打ち込まれた一本の楔となっていた。
だが、逆に言えばまだ二人は楔止まりだった。
京都では偉大なアイドルが一人で活動していたのだ。
その名は――――静。