10 静と勝負
弁慶ちゃんはスマホで京都のニュースページを見て、なにかしら面白い話題はないかと見ていた。MCのためにも地元のことに詳しくなるのは必要なのだ。
すると、こんな記事が目についた。
「えっ、『人気アイドル、神泉苑で千五百人のフリーライブ』だと……?」
神泉苑というのは、平安時代からある公園みたいな空間で今では寺院となっている。
いくら、入場料のかからないフリーライブとはいえ、千五百人の動員とはただ事ではなかった。そもそも、神泉苑って敷地の大半が池なのだが、どうやってそんなに入場するのか謎だ。まあ、その謎は置いておくとして――
「『静』って名前でソロでやってるのか。関西インディーズアイドルの最後の巨頭だとか書いてあるな……。おいおい、こんなのがいたら、私たちの活躍が霞んでしまうではないか……」
「義経にも見せて」
だいたい食べることを第一に考えている義経もさすがに気になったらしい。
「へえ、とくに事務所も所属してなくて、ここまでの人気になったって」
「まあ、何かとんでもない力を持ってないとそんな人気にはならな――待てよ」
弁慶ちゃんの中に一つのアイディアが浮かんだ。
「このフリーライブイベント、鎌倉爆風興業の息はかかってないよな?」
「だとは思う。主催は全然違う企業みたいだし」
「このフリーライブに乱入して、この女に勝つ」
弁慶ちゃんはそう宣言した。
「こいつを倒せば、一気に私たちに注目が集まる。名目上、関西インディーズアイドルの頂点に立つ! そしたら、鎌倉爆風興業も手出しができないはずだ! それに、敵としてもぬかりはない! これぐらいの大物と一度戦ってみたかったんだ!」
「面白い趣向ではある。けど、敵は本当に強そう。血で血を洗う死闘になる。勝てなければ、義経たちはただのオモシロ前座」
「義経、私たちは『牛若◎』だぞ」
弁慶ちゃんは胸を張って言った。
「『牛若◎』はこれまで無敗だ。このアイドル、食ってやるのだ!」
義経もその勢いにほだされたように、深くうなずいた。
「やる!」
●
二人は神泉苑のフリーライブ会場に潜入した。
といっても、フリーライブなので誰でも入れる。会場内のトイレで、さっと着替えれば準備はできる。
やがて『静』のステージがはじまった。池の上に特設ステージを作ったという無茶苦茶なものだった。
二人もそこまで目立たないところで、その様子を見守る。
「みんなー! 今日は来てくれてありがとう! まず、一曲やるね! 『白雪』!」
『静』のステージングは一言で言えば、典型的なアイドルのものだった。
何か異様なところも、突出したところもない。
ある意味、アイドルらしいアイドルと言えるし、新規性に欠けるとも言える。
だが――
「これは、敵として不足はないな……」
弁慶ちゃんは笑いながら足がふるえているのを感じた。
「この『静』、すべてのパラメータがカンストしてるじゃないか……。ぱっと見、欠けてるところが何もない……。顔面偏差値も含めてすべてパーフェクトだ……」
「なんだか、昔のアイドルみたい」
「義経、いい表現だ。この女は昔のアイドルみたいなアイドルなんだ!」
別に曲や容姿にレトロ臭を出しているわけではない。そこはごく普通の当世風だ。
だが、彼女がやろうとしていることは、その存在が高嶺の花であり、ある種の神であるかのごとく神聖視されていた頃のアイドル!
神だからこそ、アイドルは完全無欠でなければならない。まず、誰が見ても息を呑むだけの美貌に、引き込まれる歌唱力。そして、なによりもオーディエンスを納得させるだけのカリスマ性がいる。
そのすべてを『静』は兼ね備えている。
「こいつ、屋上につるした糸の上を歩くようなことをしてるな……。一歩間違えば、陳腐なしょうもないアイドルに堕してしまうではないか……。だからこそ、みんな最初から劣ってるところを逆にアピールポイントにしたりして、逃げ道を作る。それが個性だということにする。だが、何もかも完璧なら、それこそが十全の個性となる!」
すごい女だ、と弁慶ちゃんは認めるしかなかった。
自分とも義経とも違う方向性で彼女は文句なしの実力を見せている。
戦う相手としては申し分ない。
「やるよ、弁慶」
珍しく、義経の目には闘争心とでも言うものが見てとれた。
「義経と弁慶の力を示すいい機会」
「まったくだ。絶対に悔いのないパフォーマンスを見せてやるぞ!」
『静』は会場を見事に魅了して、本編最後の曲「ODAMAKI」を歌い終えた。
会場からはすぐにアンコールのコール。
そこに二人が壇上に雪崩れ込む。
「我々は鞍馬山を拠点にしているアイドル、『牛若◎』だ! いざ尋常に勝負!」
ここは京都だ。二人を知っている者も多いので、応援に近い声も上がる。これも含めて客の多くが趣向だと思っているらしい。
「あれ、こんな企画あったっけ? まあ、いいや。時間もあるみたいだし、勝負しちゃおっか?」
『静』はあっさりと乗ってきた。
「義経、あれで行くぞ」
「うん、わかった」
小声で二人は曲を確認する。
「みんな、耳をかっぽじって聞け! 鞍馬山で作った最高の曲、『舞い上がれ、天空』!」
それは典型的なシングル候補とでも言える曲だった。まず、冒頭からパワーコードのサビ。初めて聞く人間ですら、口ずさめそうなほどのポップ感!
仁王立ちする弁慶ちゃん、その周囲でくるくると回る義経。
一番のサビをもう一度歌った頃には、1500人の観客が二人に注目していた。
(やっぱり私たちは成長している! 『静』のファンだらけのこの会場であっさりと自分たちの空間にした!)
文句のない手ごたえを弁慶ちゃんは感じた。
わかりやすい王道展開からの一転したプログレ的変化が曲で起こる。
ここからは義経の独壇場だ。その天使の声で、まるで人々は一片の歌劇を見ているように義経に釘付けになる。
そして、絶妙のタイミングで再び耳に心地よいサビに戻る。
「舞い上がれ、天空」はこれまでで最高の出来で終わった。
大歓声が巻き起こる。弁慶ちゃんも義経も見たことのない観客の数だ。
「もう一曲行くぞ! 次は『恋の五条大橋、吊り橋効果!?』だ!」
(この昔からの持ち歌で、『静』すら圧倒してやる!)




