11 静の提案
(この昔からの持ち歌で、『静』すら圧倒してやる!)
自分たちは『静』と少なくとも互角にやれている。その感覚はあった。
『静』を見に来た1500人の前で互角にやれるということは、もはや勝っているようなものである。
その証拠に『静』ですらしっかり聞き入っていたからだ。
ほうけたような瞳で、舞台袖からライブを見ているのが視界に入った。
通常、同業者はどうしても同業者的視点に立ってしまうので、純粋なファンほどにのめりこむことはできない。相対的に見ることに慣れてしまっているからだ。それはアイドル業界といえども、何も変わることはない。
なのに、『静』はたしかに二人の世界によって魔法でもかけられたようになっている。
それはまさしく『牛若◎』による実力の証明だった。
(鎌倉爆風興業にひと泡吹かせるだなんてしょうもないことは目標にしないぞ! 私と弁慶はもっと上を目指す! 日本一のアイドルになる!)
そんな言葉が大言壮語にならないほどのパフォーマンス!
義経も表情はほとんど変えないが、長くやってきた弁慶ちゃんには楽しそうであるということがはっきりとわかった。
二人で天下を狙う!
――けれども、そこであまりにも予想外のサプライズが起きた。
「どうしよ、恋しちゃったよ、明日の鐘が鳴った時に♪
どうしよ、恋しちゃったよ、欄干から落ちそう♪」
その曲を見事な美声で歌っているのは、なんと――マイクを持った静!
彼女が『恋の五条大橋、吊り橋効果!?』を自分の曲であるかのようにしっかりと歌い上げているのだ。
(な、何っ! こんな手があったのか!)
弁慶ちゃんは驚いたと同時に、こう思った。
敵の策に負けた、と。
『静』は『牛若◎』と対決するのではなく、その存在を吸収するという手段をとったのだ。
これではこの曲をどんなに素晴らしくキメたところで、その功績は『静』というアイドルにも帰せられてしまう!
しかも表面上は誰も傷つかない。『牛若◎』の存在も『静』という大物に認めらたということになる。ウィン・ウィンの関係だ。
観客もそのサプライズをもちろん、大歓迎している。
(私たちは神の手のひらで踊らされてるのか……? いや、余計なことを考えるのは後だ!)
なにせそのライブは『静』の乱入でかえってパワーアップしているのだから。
こうなったら、瞬間最大風速を目指すしかない!
その静という少女はダンスすら完璧だった。義経を見事に補完して、対になるべきところでは対になっている。いつ、それを習得したのか。これこそ、真の天才ということなのか?
もはや、これ以上のものはないという盛り上がりでその曲が終わった。
「あまりにもかっこよかったから、わたしも参加しちゃったー!」
弁慶ちゃんも「悔しいけど、よかったぞ!」と言わざるをえなかった。
静の一時的な加入で、『牛若◎』は新たなる高みに到達してしまったのだから。
イベントスタッフによって、二人は楽屋裏に元々の参加者であるかのように通されて、ドリンクも渡された。『牛若◎』はまた一つ名を上げたのだ。
「あんなことになると、思わなかった」
義経もびっくりしていたらしい。
「でも、すごくよかった」
「そうだな。今日、ここに来て正解だったな」
やがて、正規の『静』のアンコールも終わったらしく、彼女が楽屋裏に入ってきた。
弁慶ちゃんは立ち上がって、小さく会釈した。
「『静』のすごさを実感したぞ」
「むしろ、こちらこそ『牛若◎』を見れてよかったわ。すごくファンだったから」
そんなに弁慶ちゃんは驚かなかった。
動画でも見てフリを学ぶぐらいのことをしないと、あんなに息が合うわけがないのだ。つまり、それはかなり熱を入れているファンということだ。
「うん、とくに――」
静がぴょんと飛び込んだ。
義経のところに。
「義経ちゃんがねっ!」
そのまま義経に静は抱き着く。
義経はよくわからないまま、呆然としていたが。
「な、な、な……何をしている!」
弁慶ちゃんはすぐに義経を引き離した。今度は義経は自分から弁慶ちゃんに抱き着いた。
「うん、弁慶のほうが落ち着く」
そう言われて、弁慶ちゃんは承認欲求が満たされるのを感じた。でも喜んでる場合でもなかった。
「お前、いきなりメンバーに抱き着くとかやりすぎだぞ! 女同士とはいえ、こっちだってまっとうなアイドルなんだからな!」
「えー! いいじゃん、別に。わたし、義経ちゃんのマスコット的かわいさにめろめろなの」
弁慶ちゃんは思った。
(こいつ、変な女だ……)
義経とは違うジャンルだけど、どっかおかしい。
「でも、義経は、弁慶のほうがいい」
無表情だけど、義経はぎゅっと弁慶ちゃんに力を込めた。
弁慶ちゃんは母性本能がくすぐられるのを感じた。
よし、自分は静に勝っている。
「まあ、私のほうが好かれているみたいだから、諦めるんだな」
「じゃあ、あなたも好きになっちゃおうかな~」
今度は静は弁慶ちゃんにひっついてきた。
「なっ……何考えてるんだ! お前!」
「あなたもかわいいから全然嫌いじゃないよ。アイドルとしても実力あるし。抱き着くぐらいなら、何時間だって問題なし!」
「いや、問題あるだろ! 義経の場合は、こう……子供あやしてる感じだけど、お前はもっと、オンナオンナしてるだろ! 百合っぽくなるだろ!」
弁慶ちゃんは昔から女子にもモテたが、だからといって、そういうのが得意なわけではなかった。
「えー? 百合でもいいじゃん。かわいいんだから、好きにもなるってー」
「そんなに好きなら、またライブにでも呼んでくれ……。そういう熱意なら歓迎する……
」
「どうせなら、もっといたいな~。離れたくないな~。あ、そうだ、そうだ。名案思いついたわ!」
弁慶ちゃんはそれ、絶対名案じゃないよなと先に脳内でツッコミを入れた。
「わたしが『牛若◎』に加入するっていうのは、どう?」




