018.切れてもいいですか
このまま屋敷を去らず、二階にいるかもしれない主犯の元へ行くと告げたカレンに、執事は眉をひそめた。
彼が時折周囲に視線を配っているのは、念のため警戒しての事だろう。
「主犯が、ですか?まさか。護衛らしき男たちは粗方片付けました。さすがにもう逃げたのではないですか」
「いいえ、居ると思う。そんな気がするの」
先程、外から二階に見えた人影。あれば多分――
「知っている人物でもいたのか」
「まだ何とも言えない」
ルドルフが横から問うが、確信を持っているわけではないので、断言は避けた。
ラルフは二人が話す様子に僅かに眉をひそめたが、気づかずにカレンはルドルフと会話を続ける。
「ところでルドルフ、貴方も彼女たちと一緒に」
「行くわけないだろう。私も二階へ行く」
「あ、そう。怪我しても責任は取れないわよ」
「誰に向かって言っている」
ルドルフは鼻で笑う。安定の俺様振りだ。
「――ということで、ラルフ」
「どうせ止めても行かれるのでしょう?」
ラルフは呆れを目に宿していた。
「あらよく分かってるわね。さすがは私の執事」
「あまり嬉しくはありませんが、ありがとうございます。私も終わり次第向かいます」
「ん。じゃあ行ってくるから、あとはよろしく」
「畏まりました。――お気をつけて」
屋敷の玄関先で見送るかのように、執事は手を胸に当て、優雅に一礼した。
◇◇
ラルフたちによって屍累々の玄関ホールの階段を駆け上り、ステンドグラスの下を通って二階へとたどり着く。
上がった先は少し開けた場所になっていたが、そこには割れた窓と転がるボーガンがいくつか。先ほどカレンたちを狙っていたのはここからだったようだ。
人がいないのは、逃げたのか、ラルフによって戦闘不能にされた一階のゴロツキに混ざっているか、であろう。
と、窓に視線をやっていたカレンの視界の隅に何かが過った。
反射的に身体を逸らしてそれを避ける。
目の前を通り、どこっ、と音を立てて横の壁にめり込んだのは。
「お、斧!?」
飛んできた方向を見ると、スキンヘッドで上半身裸のマッチョ男が立っていた。
両手には、またしても斧。
なんというか、テンプレの悪役だ。
もしくは、ゲームでラスボスの部屋の前を守っている門番的なアレだ。
「派手に暴れてくれたな。この先に進みたきゃオレを倒して行け」
「……はあ、ご親切にどうも」
目的地がこの先にあることをわざわざ教えてくれるとは間抜けだなあ、という意味を含めて言ったのだが、相手はげへへと笑っただけ。
きっと馬鹿だ。
しかし構えに隙がないところをみると、一階にいた男たちより出来ることは予想できる。
そして打たれ強そうだ。殴って戦闘不能に、と楽にはいかないだろう。
面倒くさいな。さてどうしようか。
しかし、悩むカレンが結論を出すより早く、隣にいた男が動いた。
「ここに居ろ」
低い声が聞こえたかと思うと、茶色のマントが翻り、マッチョ男に向かって走った。
フードが落ち、金の髪がさらりと現れる。
マッチョ男がルドルフに襲い掛かった。
正確にはルドルフが近づいているのであるが、筋肉で幅広になった男と比べると、ルドルフの肩幅が小さく見えるため、マッチョ男が覆いかぶさっていくように見える。
大きな体の割に素早い斧の攻撃を危なげなく避ける。
そして、何度目かに振り下ろされた斧を身体を捻ってギリギリで躱したところで、体重をかけて、斧を踏みつけた。
マッチョ男のかけた体重に、ルドルフの体重が加算された斧は、ガスっと音を立てて厚い刃を地面にめり込ませた。
「うぬっ!?」
マッチョ男が戸惑い、刃を抜こうと斧を引く隙を突いて、ルドルフが滑るように後ろに回り込んだ。
そして背後から、ある二か所を切り付ける。
踵の上部、アキレス健である。
ブーツの上から健を正確に切られてしまった男の力が抜け、両膝を床に着けてしまう。
痛みに声を上げないのは大したものだ。
「ぬううううっ!」
それでも男は、最後の抵抗とばかりに自由になる方の斧でルドルフを切り付けようと身体を捻った。が、振り返った瞬間にルドルフのカウンターが男の顎に入った。
一瞬、二人の動きが止まる。
そして、斧男の身体だけが傾き、どさりと床に沈んだ。
拳を振り、ふっ、と息をついたルドルフが、気づいてこちらを見る。
「なんだ?殺してないぞ」
「いや、それでいいんだけど」
この人、やっぱ強かったんだなー。
ここに来るまでの動きでも分かっていたが、この王太子は強かった。
ルヘクト王国の王太子は、代々近衛騎士団長の任にあたる。
それは名目だけのものではなく、剣の強さ、知力ともに求められる厳しいものである。中でもルドルフは歴代の近衛騎士団長で最も優秀であると誉めそやされていた。
騎士団では年に一回、公式の武術会も行われ、彼は昨年の優勝者だ。そこで彼の強さを見れる機会がないでもなかったが、引きこもりだったカレンが、実際にルドルフの戦う姿を見るのは今回が初めてである。
美形で強いなんて、天はニ物を人に与えてしまうのねえ。ホント、不公平。
と、カレンが感心したり嫉妬したりしていると、ルドルフは縄でマッチョ男の腕と脚を縛り始めた。
――ドS王太子に、縄。
え。ナニソレ。どっから出てきたの怖い。
「あー。ええと、縄、持ち歩いてるの?」
「そんな訳ないだろう。地下に置いてあったのを念のため持っていただけだ」
彼の必須アイテムかと恐る恐る聞いたが、どうやらそうではないようでほっとした。
忘れがちだが、「悪遊」は成人向けゲームである。まあ、何というか、そういうシーンもあった。
さすがに縄を利用する映像はなかったが、ドS設定の貴方が縛りむにゃむにゃを連想させる小道具を手にするのは、止めていただきたい。
若干動揺してしまったカレンをよそに、ルドルフはテキパキと男を縛り上げ、地面に転がした。
手際がいい点についてはもう深く考えないことにしよう、うん。
カレンは一度頭を振ってから、廊下の奥を見た。
不思議なことに、これだけ騒いでも誰も出てこない。
少し不気味ではあったが、引き返す選択肢など考えるはずもなかった。
ドアを開けると、目の前には大きな天蓋つきのベッド。
どうやらここはこの屋敷の主寝室であったらしい。
古い屋敷なのになぜか真新しいそのベッドだったが、カレンはその光景に既視感を覚える。
「ようこそ」
既視感の正体に行きつく前に、穏やかな声が室内から掛かった。
声の主は、ベッドの横に佇む一人の青年。
「貴方だったのね」
「あれ、あまり驚かないんですね」
首を傾げてカレンを見やったのは、先日街のカフェでカレンをナンパしてきた青髪の青年、ヨハネスだった。
白い清潔感あるシャツを身に着け、濃い茶のズボンにブーツを身に着けた姿は、前回会ったときと同様。だがひとつだけ違ったのは、腰に剣を携えていること。
「一階から青い髪が見えたわよ。似てたから、まさかとは思ったけど」
「そうだったんですか。驚かそうと思ったのに、ちょっと残念です」
甘いマスクを苦笑させて言う顔は、カレンたちの緊張感とは真逆の空気。
それが気味の悪さを感じさせた。
貴方は一体何者なの、と問おうとしたが、ヨハネスの横にある大きなベッドから、一人の男がのっそりと姿を現した。
「お、なんだあ?まさか外の奴ら、やられちまったのか?」
「そうみたいですね。すいません」
「待てって言うから待ってやったのに、お前が集めてきたやつら大したことねえな。こんな小っちぇ女と細い兄ちゃんにやられちまうなんて」
「それはすいません」
あははと恐縮したように謝るヨハネス。
ベッドの男は、上半身裸でズボンだけを穿き、素足でカレンを見やる。
スキンヘッドで目つきの悪い、いかにもゴロツキ集団のボスと言った風情の人物であった。
腹は出ているが、胸や肩に無数の傷痕があるのを見ると、それなりの修羅場を潜り抜けてきたのかもしれない。
男は顎を撫でながら、下品な目でカレンたちを眺めた。
「まあ、女の方も悪くないし、男の方もその手の旦那が好きそうな顔してんな。連れてくか」
あ、ルドルフがすごく嫌な顔をした。
確かにきれいな顔だから男色家には好まれそうだが、本人の表情を見ていると、もしかして過去に嫌な思い出でもあるのかもしれない。
しかし、ヨハネスは困った顔をした。
「いいですけど、僕では捕まえるの無理ですよ」
「あん?お前の腰にあるモンは飾りか」
「生憎、この、剣についてはからきしでして~」
「少し黙ってもらおうか」
ルドルフがちゃきっ、と剣を向けて彼らの会話に割り込んだ。
カレンとしては、しばらく喋らせて情報を出させるつもりだったのだが、王太子サマは先程の発言に苛立ってしまったらしい。存外気が短い。
「貴様が、この人さらい集団のボスか?」
「あ?だったら何だってんだ」
「あはは。ゲッツさんはボス顔ですからね」
「ヨハネス、てめえ殺すぞ」
ゲッツと呼ばれたスキンヘッドの男はベッドに座ったまま、けらけら笑うヨハネスを睨む。
睨まれてから、やばっ、といった顔をした青髪の男に、カレンは問いかけた。
「それで?そっちのヨハネスさんは、貴族令嬢を口説いて連れてくる役ってとこかしら」
「あれ?やだなあ、バレちゃいました?」
ヨハネスは頭をぽりぽり掻く。
カレンがナンパされ、別の日に街中で他の女性に声を掛けている彼を見た。そして、貴族令嬢と接点を持っていたと言われる青髪の青年の情報。この屋敷で見つけた、ヨハネスに似た人影。
それらを総合して確信した。
しかし実際に訊いてみれば、彼の口調はどうだ。まるで大したことじゃないと言わんばかりである。
「そうですよ?令嬢方を騙して連れてきたのは僕。本当はすぐグラムへお連れしようかと思ってたのに、まさか護衛の人たちがやられちゃうなんて想定外でした」
「いやにペラペラとしゃべってくれるわね」
「だって、終わりですもん」
「え?」
にこやかに言ったヨハネスの腕が横に伸ばされたと思ったら、次の瞬間、ゲッツの首が飛んでいた。
「な」
「もう、この件からは手を引くから」
青髪の青年が、金の目を怪しく揺らめかせ、それだけ述べた。
固まるカレンとルドルフの前で、スキンヘッドの頭部が、とん、と床に転がった。
ゆっくり倒れる首なし胴体と、ヨハネスの剣の風圧が、天蓋ベッドのカーテンをふわりと浮かせる。
そうして、僅かに見えたベッドの奥――そこに見える、明らかに生気を失った、少女の白い手足。
服を着ている様子はない、恐らく、さらわれた少女の一部がここで――
ざわりとカレンの全身が逆立つ。
「貴様ら!」
ルドルフが怒鳴り声を上げる。
が、それを言い終える前に、地面を蹴ったカレンがヨハネスに剣を打ち込んだ。
「わわっ」
先程の怪しい目の光を消し、ヨハネスはカレンの剣を慌てた声を出して受け止めた。それでも、しっかりとカレンの攻撃を防いでいる。
「剣が、からっきしなんて、よく言ったものね!」
「わっ、怒らないで、下さいよ~。アレを、したのは、僕じゃなくてゲッツさ」
「うるさいっ!」
打ち込み、防がれながら言葉を交わすが、カレンにもとより会話をする気なんてない。
徐々にヨハネスが窓際に追い詰められ、表情から余裕が消えていく。
「同罪よ!人の命を、何だと思ってる――!!」
カレンの叫びと共に、ヨハネスの剣が飛んだ。
剣が空を飛び、ベッドの傍に突き刺さる。
カレンは乱れた息を整えた。身体を動かしたせいではない、感情が激しく動いたせいだ。
「――さあ吐きなさい。貴方の雇主は誰?」
ぴたりと首筋に剣を突きつけ、鋭い目で問いかける。
「い、いやだなあ。ゲッツさんに決まって」
「黙れ。あんな小物が雇主なわけないわ。貴方があいつを雇ってた。貴方には別の雇主がいる、そうでしょ」
ヨハネスの首元にひたりと剣が当たった。首筋に一筋の血が流れる。
「……」
「だんまり?じゃあ質問を変えるわ。貴方の目的は何?小さなルドルフを私の元に寄越したのも、ここでわざわざ私たちを待っていたのも計算でしょ」
一瞬目を丸くさせたが、すぐに男の金の瞳に興味の色が浮かんだ。
「……へえ、どうしてそう思うのかなあ。参考に教えて?」
「質問に答えなさい」
カレンの翡翠の冷たい視線が、ヨハネスを突き刺す。
身体を逸らし、ヨハネスがごくりと唾をのみ込んだ。
「確かに……君に会いたくて、あのおチビさんを君の元にやったのは僕だよ。あまりにもお礼が言いたいって必死だったから、好きにさせたんだ。連れてきてくれたらラッキーって程度に使ったけど、思った通り動いてくれた」
「目的は?」
「言ったじゃないか、君に会いたかったから」
「嘘はやめてくれない?一度街で話した程度で平凡な私のことを覚えてて、自分の正体がばれるかもしれない場所に呼ぶなんて、私の事初めから狙ってるとしか思えないわ」
「わあ、鋭いんだねえ。剣を使えるとか、何もかも情報と違ってて、僕困るなあ」
「雇主の情報不足を責めることはないわ。それより雇主と目的、答えてもらうわよ」
「ひとつだけ、いい?」
「手短に言いなさい」
剣を突きつけられている状況で自分の調子を崩さない青年に、更に気味悪さを感じた。が、カレンはそれを意識の外に追いやり、警戒心だけを残す。
「君が平凡顔だなんて誰が言ったの?僕は素敵だと思うけどなあ、特にその眼」
「戯言は止して。さあ、言うことは言ったわね。質問に答えなさい。雇主と目的よ」
「うーん、魅力的なのになあ。ああゴメン!ええと雇主ね。ええと……」
そこで、にこりとヨハネスが笑った。
「ごめんね、秘密なんだ」
「――カレンっ!」
ヨハネスの柔らかい声音に被せ、ルドルフが後ろから警戒の声を上げた。




