017.結婚詐欺なんて
「面倒事に首を突っ込むのは止めてくださいと申し上げましたのに――」
矢をすべて打ち落し、カレンの前に降り立ったのは、クォルツハイム家の執事。
灰の髪の頭が振り返ると、片眼鏡のチェーンがしゃらんと揺れた。
その右手に抜き身の三日月刀を、左手には黒い鞘に入った武器を持っている。
「ラルフ!ナイスタイミングよ!」
一階の玄関前に集まったゴロツキたちは、急に現れた執事服の男性に驚き、数歩引いた。
そうでなくてもボウガンの攻撃が上から降ってくるかもしれない中、やすやすと飛び出そうとはしない。
そのボウガン隊はと言えば、二階から「うわっ」「ぐあっ」という声が聞こえてくる。
次々飛んでくるナイフに手や腕を刺され、武器を落として屋敷の中に逃げ込んでいるのだ。
ナイフの軌跡を辿れば――馬車の幌の上に、黒髪とメイド服をたなびかせて立つ女性。
クォルツハイム家の侍女、ハンナである。
ハンナは不安定な足元を物ともせず、正確な投擲でボウガン隊を戦闘不能にしていた。
そして一階の男たちの足元にもナイフを刺し、牽制を行っている。
彼らは、クォルツハイム家の使用人であり、優秀な隠密――"影"であった。
カレンに仕え、情報を集め、護る。それが彼らの役目。
今回騎士の詰所に行き、きな臭い事件があると知った段階で、護衛のハンナを通してラルフに援護を求める合図を送っていた。
間に合ってよかった。
影の二人の姿を見てカレンの肩の力が抜ける。
――では、反撃に出ようか。
「ラルフ、協力してね」
「呼んでおいて何を仰いますやら」
「ちなみに状況については?」
「把握しております。――これを」
屋敷の前の男たちに目線を据えたまま、カレンに向かって左手に持っていたソレを投げた。
フライパンを手放したカレンの手に、重量のある黒い長身の得物が、かちゃり、と納まる。
フライパンの底には、男の顔面を叩いた名残か、人の顔らしき跡が残っている。見方によってはデスマスクだ。
剣や矢を防いでぼこぼこになってしまったし、ベンノには申し訳ないがフライパンはここで手放すことにした。
「配達、ご苦労様」
「特別手当を頂きたいところですね」
「考えとくわ」
にっ、と淑女らしからぬ笑みを浮かべてカレンは答える。
受け取った得物に着いているベルトを素早く腰に巻く。
そして柄を握り、しゃりん、と抜いた。
――なんだ、あの剣は。
カレンの持つ得物に、ルドルフの目は惹きつけられた。
自分の持つ長剣とは形が違う。
長さは似ているが、長い持ち手と、全体的にやや弓なりになった形状。
そして特徴的なのは、片刃。剣の片方の淵にしか刃がない。
両手で持ち、恐らく「切る」に特化したその剣は、南方の国で使われる三日月刀とも似て非なるもの。
ルドルフの見たことのない武器であった。
そして左手を柄頭ギリギリに置くその握り方も。
カレンの持つこの得物は、本人曰く「日本刀擬き」。
剣技を突き詰めるにあたり、小柄なカレンの筋力カバーのため、両手持ちをラルフに提案されたのが開発の発端。
ならばとカレンから要望を出し、作られた刀である。
日本刀を造れる職人などいないこの世界で、カレンの記憶を元に生み出されたものであるため、あくまで「擬き」なのであった。
カレンの特徴は、身軽で速い動きと的確な剣筋。そして安定感ある剣技。
通常の剣でも十分に使えるが、前世での延べ二十年の剣道経験と、真剣の技の知識、今世での訓練により身に着けた技術は、この刀で最も発揮できた。
「正面突破するわ。外は任せた」
「畏まりました」
「ハンナ、援護!」
「はぁい」
「ルドルフ!」
「なんだ」
「置いてくつもりだから、あとは勝手にして!」
なんだそれは、と反論しようとしたが、カレンの動きは速かった。
やや前に立っていたルドルフの横をすり抜け、カレンが得物を手に集団の中央に突っ込んだ。
それをきっかけにして場が動いた。混乱から一気に闘争ムードになった男たちが、剣を持って襲い掛かる。
カレンがワンピースを翻し、軽やかなステップで屈強な男たちの剣をひらりと躱し、弾く。手首や脚など、戦力と気力を削ぐ場所を的確に狙い、かつ致命傷にならないぎりぎりの力で斬りつけ、時には体術を駆使しながら、相手を次々と戦闘不能に陥らせていく。
あの人数に囲まれ、それをやってのける腕は見事としか言いようがない。
……と思えば、時々、千切って投げ、みたいな動きをしてるのは何なのだろう。華麗なのか雑なのか分からない。性格だろうか。
そして、カレンに後ろから近づこうとした者は、ハンナのナイフと、ラルフの三日月刀に距離を詰めることもできず倒れていく。
この二人も馬鹿みたいに強い。
侍女は、距離も相手の動きも物ともせずナイフを投げる。武器を落とし、弾き、時には背や肩を狙う。それでも急所は避けている。
執事はいつの間にかその両手に大小の三日月刀を携え、舞ったかと思えば鋭く刺すかのような緩急ある動きで周囲を翻弄していた。燕尾の執事服と、南方の武器のアンバランスさが印象的だった。
「マリグ、この場で"荷物"を守り、騎士を待て!私は中へ行く!」
「承知したぁ!」
指示をして駆けだすルドルフに対し、マリグはゴロツキを倒しながら返答をした。
次々襲い掛かる男たちに、致命傷でないダメージを与えながら、カレンは屋敷の中に飛び込んだ。
その後ろで、二本の三日月刀を踊るように振るうラルフが玄関を護り、男たちを叩き伏せ屋敷に入る隙を与えない。
「後は任せたわ!」
言い残し、カレンが建物の奥に消えた。
「――さて」
長い脚で一人の男を蹴り飛ばし、血の付いた刀を一度振った執事は、琥珀の瞳をきらめかせ、静かに侍女に話しかける。
「ハンナ、夕食までにはお嬢様と戻らねばなりません」
「はいですぅ。ご飯には絶対遅れちゃ駄目ですからねぇ」
両手の指の間にざっと投擲用のナイフを揃えた侍女が、場の空気と真逆に、朗らかに答える。
侍女の口は弧を描いているが、その茶色の瞳の光は鋭い。
「では――さっさと片付けましょうか」
その場にいた男たちの幾人かは、執事の後ろに、殺気を抱える狼の幻を見た――
屋敷の玄関は、広いホールになっていた。
正面の壁は一面大きなステンドグラスに覆われており、鮮やかな色彩の光を玄関ホールに注いでいる。
そして、両側から二つの湾曲した階段が、ステンドグラスの下の踊場まで繋がっていた。
上から人が下りてくる気配はない。
ここの屋敷に来る途中、小さなルドルフが「さらわれてきた人、地下にいるよ」と教えてくれた。
こういった大きな屋敷には食糧貯蔵などにも使う地下室がある。そこに違いない。
ルドルフがカレンに追いつき、並ぶ。
「あら、来たの」
「勝手にしろと言われたからな。それより、行くのは地下だな」
「そうね」
「左右、どっちだ」
玄関ホールからは左右に通路が延びていた。
数瞬迷ったが、ゴロツキが一人、右の廊下から顔を出したのを見て、二人同時に右へ走り出す。
さらった人間を監禁しているなら、きっとそちらに見張りがいる。
出てきた男はルドルフが切り倒した。
「あれね!」
廊下を進んでいくと、一人、見張りが立っているドアがあった。
見張りは走ってくる男女を見て、剣ではなく、木製の棍棒を持ってこちらに向き直る。
カレンはルドルフの前に出ると、男の目前まで一気に迫り、すれ違いざまに棍棒を切り落とした。
「!?」
一瞬の出来事だった。
いきなり短くなった棍棒を見て、見張りの男は驚愕する。
その驚愕が終わらないうちに、次のルドルフが男の鳩尾に膝蹴りを入れ、気絶させた。
合図なしの見事な連携であった。
ちなみに剣を使わなかったのは、単にルドルフにとって、剣を振り回すのにはこの通路がやや狭かったからである。
言葉を交わすこともなく、二人は地下への扉を開け、階段を下りて行った。
一階の半分も降りないうちに、目の前に木製の扉が見えた。
扉の前には男が二人。
カレンとルドルフを見て仲間ではないと判断し、揃って剣に手をかけ、問いかけてきた。
「お前ら何者だ!?」
「我々は、」
「ぶへっ!」
ルドルフが答える前に、階段の上から直線に飛び降りたカレンの靴底が、見事に男の顔面に埋まった。
正に問答無用。
男をべしゃりと地面に沈めると、カレンはそのまま、隣で唖然としていた男の鳩尾に刀の柄を埋め込ませ、こちらも地に沈めた。
「……容赦ないな」
ルドルフが、階段の途中で固まったまま零す。
「時間の無駄。話をしているうちに中の人たちが危害を加えられていたらどうするの」
「まあ、その通りだが」
ごそごそとカレンが見張り達の懐を漁って鍵を探し出す。
「あった!よかったーここにあって」
じゃらりと鍵の束を引っ張り出した。
穴に鍵を何本か差し込んで回し、アタリを探る。
「ちなみに、見張りが鍵を持っていなかったらどうするつもりだったんだ?」
「この扉、叩っ切る」
「……ほう」
「よかったわ、体力の無駄遣いをしなくて済んで」
刀も痛むしねーと軽く言うカレンに、返す言葉を失うルドルフ。
カレンの関係者らしい二人の登場からここに至るまで驚きの連続で、頭が若干ついていけていなかった。
突然現れた執事と侍女の強さ。
カレンの持つ、見たことのない武器。
廊下で見張りを倒した際のスピードと技。
扉を叩き切れると言ってのけた腕への自信。
自分が思っていた以上に、意外なことが多すぎる。
なんて。
なんて――面白い。
自然と笑みが浮かぶ。
夜会で見せた様子に只者ではないと思っていたが、ここまでとは。
情報を集め、使えるようなら利用しようとしていた自分が浅はかに感じる。
想像を遥かに超える出来事を様々見せつけられ、自分の常識が通用しない相手だと理解した。
気分が高揚した。
彼女の、すべてが知りたい。
それには間接的な情報収集では駄目だ。もっと、もっと接点を持ち、今回のように彼女から直接情報を得る必要があるだろう。
さて、どうやって関わって行こうか。
きっと彼女は嫌がるだろう。
しかしそれすら、ルドルフにとってはこの遊戯のスパイスに感じた。
思わずくくっと笑い声が漏れてしまった。
カレンが怪訝そうな顔をするが、丁度五本目の鍵を差したところで、アタリの鍵を引いたようですぐ鍵穴に意識を戻した。
かちゃりと音を立てて扉が開く。
扉を開けると、同じような扉が四つあった。
覗き窓から中を確認する。人が居るようだが、暗くて顔までは分からない。
刀を鞘に納め、怯えるように奥に固まる人たちに向かって、カレンは優しく声をかけた。
「助けに来ました。今からここを開けますので、一緒に来てください」
室内に動揺するような空気が流れた。
喜びの声がすぐに聞こえないのは、警戒をしているからかもしれない。
カレンは次々と扉を開ける。
「見事に女性ばかりだな。グラム皇国のハーレム要員か」
ルドルフが呆れたように言った。
中から恐る恐る出てきたのは、二十名ほど。そして妙齢の女性ばかり。
平民の服装の女性、そして……貴族らしい高級そうな生地の服を着た女性もいる。
ベラは……いない。
鋳物店の娘の姿はそこには無かった。
「貴女は……もしかしてラグリード伯爵令嬢か?」
監禁部屋の入口で警戒に当たっていたルドルフが、目の前を通り過ぎた女性を見て、声を上げた。
口にしたのは、駆け落ちで失踪されたとされる貴族の娘の名である。
声を掛けられた女性は、びくりとしてルドルフを見た。
彼は、この地下の扉をくぐる前にフードを被りなおしていた。フードの怪しい男性に、監禁させられていた女性が怯えるのも無理はない。
代わりに、カレンが話をする。
「急にごめんなさい。この人は騎士様で、貴女を探していたの。ラグリード伯爵令嬢で間違いないかしら」
「え、ええ。そうですわ」
「貴女は騙されてここへ来た?」
「……ええ」
「よかった。安心してください。もう帰れますよ」
「わたくし……家に戻っても、いいのでしょうか……」
騙されたとはいえ、彼女は一度家を飛び出した。それが許されるのか分からず、恐ろしかったのだ。
カレンはルドルフを見た。
娘が居なくなって平気な親などいないとは思うが、カレンには伯爵家が今どのような状態か分からない。
ルドルフは頷いて、令嬢に話しかけた。
「ラグリード伯爵も、夫人も大変心配している。貴女が戻るのを毎日祈っていると聞いた」
「……!わたくし……!」
「帰りましょう、ね?」
カレンは顔を覆って泣く令嬢の肩を宥めるように抱いた。
そして後ろでもう一人、泣き崩れる女性。
こちらも仕立ての良い服を着ている。
「もしかして、モルドット男爵令嬢……?」
カレンが尋ねると、女性は泣きながら頷いた。
「私、私、彼を信じてたのに、結婚しようって言ってくれたのに。なのにここに……!奴隷にされるって……!」
駆け落ちした二人が揃ってここに居る。
人さらい組織と、駆け落ち、いや結婚詐欺男がここで繋がってしまうとは……
「僥倖だな。まとめて捕まえるぞ」
男爵令嬢の肩を抱き、立ち上がらせると、カレンも頷く。
女の敵は、一括して殲滅だ。
二人は、地下に囚われていた女性たちを地上へと移動させることにした。
よく見れば、女性たちはふらふらである。
恐らく最低限の食事しか取らされていなかったのだろう。
栄養状態が悪いのことが見て取れて、カレンの怒りはピークに達した。
「お嬢様」
地上に出たところで、執事のラルフがやってきた。
息ひとつ乱れた様子はないが、どうやら外のゴロツキは片付けたようである。
ハンナは"荷物"の護衛のため玄関に残してきたらしい。
確か、外には十個以上の"荷物"があった。あの中にベラが居るのか……
丁度良いと、カレンはラルフに女性たちを外に連れていくよう命じた。騎士がまだ来ていない今、彼女たちを敷地内に留まらせるのは危険だ。
ラルフは了承の返事をした後、疑問を口にした。
「お嬢様は、どうされるのですか」
「私は二階へ行くわ。――多分、この一件の主犯が居る」
ルドルフのストーカーフラグが立ちました。




