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断罪直前の悪役令嬢、領地の税帳を読み上げただけで王子派閥が崩壊しました  作者: 花守りつ


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7/8

夜番の薪は、夜会の拍手では燃えません

王都北門の荷馬車は、朝霧の中で止められていた。


 積まれているのは、薪束十、乾燥肉二袋、薬草酒六瓶、靴油三壺。どれも王子府の慰問倉庫では「北方支援物資一式」と一行で処理されていた品だ。


 王子府の書記官が、帳面を抱えて言った。


「倉庫を出た時点で、会計上は完了扱いです。これ以上の立会いは不要かと」


 エレノアは、荷札を一枚はがした。


「倉庫を出た薪は、まだ誰の夜を温めてもいません」


 書記官の筆が止まる。


「薪は薪でしょう」


「いいえ。夜会の暖炉で飾り火になる薪と、北方第三見張り小屋で夜番を越す薪は、同じ欄に入れてはいけません」


 エレノアは荷馬車の板に紙を置き、項目を分けた。


 薪束十――夜番炉用。

 乾燥肉二袋――交代兵二名分。

 薬草酒六瓶――凍傷手当用。

 靴油三壺――帰還靴補修用。

 第一受領確認者――レオ・マイヤー。


 横に立っていた老兵が、小さく息を呑んだ。


「倅の名が……」


「名前で受け取らなければ、また『北方へ届いた』だけで閉じられます」


 エレノアは老兵へ受領札の控えを渡した。


「お父上。これは同情の札ではありません。夜番が交代できるかを確かめるための札です」


「はい」


 老兵は震える手で札を受け取った。


 ◇


 北へ向かう街道の途中で、王子府の伝令が追いついてきた。


「お待ちください。薪束十は重すぎます。式典倉庫の装飾木箱を割った廃材で代替すれば、同数として処理できます」


 荷台へ置かれた廃材は、薄く、薔薇の金粉が残っていた。見た目は華やかだが、湿っている。炉に入れれば煙ばかり出るだろう。


「夜番の炉に入れられない木は、薪ではありません」


「しかし帳簿上は木材です」


「帳簿上の木材で、凍えた指は温まりません」


 エレノアは薪束を一本抜き、長さを測った。


「第三見張り小屋の炉は浅い。長すぎる薪は半分に割る必要があります。湿った廃材は煙で見張り窓を曇らせます。薬草酒は夜番明けの凍傷手当に使います。靴油は交代兵が帰る靴を割れさせないためです」


 ユアンが、荷台の横で頷いた。


「北方では、靴底が割れれば一晩で足を失う。夜会の拍手では歩いて帰れない」


 書記官は、何か言い返そうとして、靴油の壺を見た。


 薔薇の飾り箱より小さい。けれど、帰る足にはこちらが必要だった。


「では、代替不可、と」


「生活機能未達のため不可、です」


 エレノアはそう訂正した。


 ◇


 北方第三見張り小屋に着く頃、空はもう鉛色だった。


 小屋の煙突からは細い煙しか上がっていない。入口の横で、若い兵が手袋を外そうとして、赤く荒れた指を息で温めていた。


「レオ・マイヤーさんですね」


 エレノアが呼ぶと、兵は驚いた顔をした。


「俺の名を、王都の方が?」


「荷札に戻しました」


 レオは父の控え札を見て、口を結んだ。


「親父が……俺の名で頼んでくれたんですか」


「頼んだのではありません。届くべきものが、あなたの夜番まで届いていなかっただけです」


 王子府の伝令は、荷台から薪を下ろすとすぐに帳面を開いた。


「見張り小屋に置きました。これで完了――」


「まだです」


 エレノアは受領札を閉じなかった。


「完了条件を確認します。薪は炉の横へ、今日使う十束。乾燥肉は交代兵二名が受け取り、薬草酒は凍傷棚へ六瓶。靴油は帰還靴の棚へ三壺。最後に、レオ・マイヤー本人が読み、名を確認すること」


 小屋の中へ薪が積まれた。


 ぱち、と火が強くなる。


 乾燥肉を受け取った交代兵が、ほっとしたように笑った。凍傷棚に薬草酒が並び、靴油の壺が古い布の横へ置かれる。


 レオは受領札を両手で持った。


「薪束十。夜番炉用。乾燥肉二袋。交代兵二名分。薬草酒六瓶。凍傷手当用。靴油三壺。帰還靴補修用」


 声は途中で震えたが、最後まで読んだ。


「第一受領確認者、レオ・マイヤー」


 彼は自分の名を書いた。


 その瞬間、エレノアはようやく帳面の一行へ細い線を引いた。


「北方第三見張り小屋分、生活到達を確認しました」


 ユアンが静かに息を吐く。


「今夜は、交代できる」


「はい」


 レオは炉の火を見た。


「今夜だけじゃなく、明日の朝、靴で帰れます」


 それは小さな勝利だった。


 夜会場を飾る薔薇より、ずっと地味だ。拍手もない。けれど、火は燃え、肉は分けられ、靴は帰るために塗られる。


 エレノアは受領札を乾かそうとして、裏返した。


 薄く、別の紙の文字が写っていた。


 北方第一見張り小屋――薪未受領。

 北方第二見張り小屋――乾燥肉未受領。

 西尾根狼煙台――薬草酒未受領。

 凍河橋番所――靴油未受領。


 レオが息を止めた。


「第三だけじゃ、なかったんですね」


「ええ」


 エレノアは、閉じかけた帳面に青い保留札を挟んだ。


「では次は、届いた一棟ではなく、届いていない夜を数えます」


 炉の火が、ぱちりと鳴った。


 その音は、夜会の拍手よりも確かに、北方の夜を温めていた。

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