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1話 国王の側近(終)

かつて栄えた王国に生きた者たちの物語

 この世界には、人間、魔物、そして魔法使いがいた。

 いずれも魔力を宿し、魔力が多いほど寿命は長く、やがて永遠に近づいた。

 中でも魔法使いは、生まれながらに圧倒的な魔力(それ)を持つ種族だった。


 ――そして、その世界で、限りなく完璧な人間の男が1人いた。


 同時に、彼は痛々しいほどに痩せ細っていた。生来の骨格が細いことも理由の1つではあったが、彼をそこまで削ぎ落としている真の原因は、別にあった。


 男の執務室には、絶え間なく言葉が行き交っていた。


「アレジャンス様、このままでは数ヶ月後に結界が崩壊してしまいます。城下街でも魔物の被害が増加しており、民の間で不安が広がっています」


「結界の補強は私がやります。被害者は教会へお運びを。医療班には私から指示を出しておきます。それから、結界の張り直しに備え、民には教会周辺へ避難していただくようお伝えください」


「承知しました」


「アレジャンスさまぁ!! まともな雨が降っていないせいで作物のできが悪く、収穫に致命的な遅れが出そうです!」


「分かりました。私が直接状況を確認後、緊急性の高いエリアから順次、城が保存している聖水を提供すると、農民の方々へお伝えください。配分は後ほどこちらで調整します」


「了解です!」


「アレジャンス様、盗みの被害……特にスラムの住人たちによる町民の被害から、城への苦情が増えております。そろそろスラム街と中央街との境に強固な壁を作り、彼らを隔離した方がよろしいかと」


 ぴたりと、ペンを動かすアレジャンスの左手が止まった。彼は資料に目を落とすと、(おもむろ)に部下を見上げて低く言った。


「……隔離をすれば、その壁を壊そうとする暴徒が現れるかもしれません。そうすれば警備の増員など、公費の無駄が増えるでしょう。安易な分断は悪手になり得ます。この件は、ひとまず陛下へのご報告までにとどめておきます」


「承知いたしました。失礼します」


 重厚な扉が閉まると、怒濤(どとう)の報告と相談の波がようやく途絶え、執務室は静寂に包まれた。


「……はぁ」


 ひとりになったアレジャンスは、深いため息を吐きながらペンを机に置いた。彼は椅子の背にもたれかかり、天を仰ぐように顔を両腕で覆うと、誰に聞かれるでもない仕事の独り言を、呪文のように唱えていた。


「結界の補強のあとは農地の状況確認……あと聖水配分……スラムの件は陛下へ報告……それから……」


 と呟いたきり、彼の口から次の言葉が出ることはなかった。

 続く睡眠不足はアレジャンスにとって珍しくない。しかし今日は違ったらしく、彼の身体は限界を迎えていた。視界はちかちかと明滅し、独り言を呟く中で意識は遠のき、死体のように顔から両腕がずり落ちた。


 その時、執務室の本棚にある隠し扉が開いた。


「いやぁ、今日も城下街は平和で活気に溢れていたな」


「はい。とても穏やかで……え?!」


 入ってきたのは2人の男だった。

 1人は、がっしりとした長身に茶色のチュニックと灰色のローブを纏った男――騎士団長にして国王専属騎士フォールだった。彼はアレジャンスの有様に目を見開いたが、すぐに隣の男へ視線を移した。

 もう1人は、仕立ての良い、しかし意図的に蝶柄の紋章を隠した旅装に身を包んだ男――国の最高権力者であり、アレジャンスが最も苦手とする『仕事をサボる人間』の筆頭、リーブル国王だった。脂の乗った体躯(たいく)を揺らし、その腕には茶色い紙包みを抱えていた。


「陛下……と、フォールさん」


 アレジャンスは、据わった目を主君に向けた。


「どうした、顔色が悪いな」


 アレジャンスのこめかみがぴくりと動いた。


「国境の結界は悲鳴をあげ、農地は干上がり、スラムの治安は最悪です。この書類の山……陛下の直筆サインがなければ動かない案件だと、今朝にあれほど申し上げましたよね? それをまた、お忍びで城下町?」


 過ぎた多忙で、今にも舌打ちが炸裂する寸前の彼の声が執務室に淡々と響いた。その背後には、黒々とした見えない圧が漂っているかのようだった。フォールは1歩引いた位置から2人の会話を聞いていた。


「そう怒らないでくれ。君の好きな肉の串焼きを買ってきたんだ。冷めないうちに食べるといい。野菜は抜いてあるから」


 のんきに笑いながら、リーブルはアレジャンスの机に紙包みを置いた。

 その態度に、ついにアレジャンスの平静が外れた。


「ふざけないでください!!」


 激昂(げきこう)し、アレジャンスは椅子から立ち上がろうとした。しかし、過労に陥った身体は、主君への怒りによる急激な負荷に耐えきれなかったらしく、彼の視界は逆立ちをしたようにぐにゃりと歪んだ。

 アレジャンスの身体が、床へ向かって椅子から崩れた。


「アレジャンス?!」


 のんきだったリーブルの顔から完全に笑みが消えた。

 崩れ落ちるアレジャンスの身体を、フォールは咄嗟に拾い上げた。

 アレジャンスの前髪から覗く額にフォールの手が触れると、彼は低く冷静に言った。


「熱があります。陛下、彼をすぐに医務室へお運びした方がよろしいかと」


「熱? アレジャンス、体調不良は相談しろと以前にも言ったはずだ」


「げほっ……フォールさん、離してください。まだ仕事が……」


 リーブルは心配と呆れが混じったようなため息を吐くと、手短に言った。


「フォール、今すぐ彼を医務室に運べ。私は書類を片付ける」


「承知しました」


 アレジャンスの身体をフォールは軽々と肩に担ぎ上げた。あまりの軽さに、フォールは本日2度目の動揺を覚えた。


「げほっ、待ってください……結界は私でないと、それに農地の状況も……」


「駄目だ。結界は確かに心配だが、しばしの間フォールの部下たちに警備をしてもらう。農地の方も、他の者にやってもらう。今は大人しくしていなさい」


 それは、普段のサボり魔ぶりからは想像もできないほど、有無を言わせぬ君主の声色だった。


 フォールの肩に揺れる中で、アレジャンスはまたぶつぶつと何かを呟きながらそのまま意識を手放した。

 

 眠りに落ちたアレジャンスは、かつての記憶を夢に写していた。



 ○ ○ ○



 その少年は弱かった。


 スラム街に生まれた少年は親を早くに亡くし、今日に食べる食事を探すだけでいっぱいだった。

 ある時は、ごみ箱を荒らして果物の欠片を食べることもあったが、決まって翌日には腹を壊していた。


 今は同じスラム街に住む中年の男に、ベッドの上で身体を押さえつけられていた。

 男はボロボロのズボンと下着を下ろし、その禍々(まがまが)しいモノを少年の口許へ近づけた。


「腹減ってるんだろ? ほら、しゃぶりな(食べな)


「んんぅー!!」


 少年は必死に口を固く閉じ、顔を左右に振って抵抗した。その声は、男の(ねぐら)の外を通りかかった旅人の耳にも届くほど響いていた。

 抵抗する少年を前に、下半身を露出した男は荒げた息を何度も吐いた。


 男は、あまりの空腹で道端にしゃがみ込んでいた少年に親切を装って声をかけ、「可哀想に……おいで、少ないけど家に飯があるから」と嘘を重ね、自身の平屋の(ねぐら)へと誘い込んだのだ。


 少年は両足でばたばたと男の腹を蹴るも、さして効いてはいなかった。


「はは。可愛いねぇ……でも少し、大人しくしようか」


「んんぅんーー!!!」


 男の太い指が、少年の唇を無理矢理にこじ開けた。

 男のモノが、少年の口許のすぐそばまで距離を詰めた――その時、少年の悲鳴に混じって(ねぐら)の扉を叩く音が2回した。


 反射的に扉の方へ顔を振り向けた男は、警戒をするように呟いた。


「誰だ……? まぁいい……ごめんなぁ。ほら――」


 再び扉を強く叩く音が今度は3回した。

 男は面倒くさそうに舌打ちをすると、服を着てから扉を雑に開けた。


 扉の前には、旅人らしき2人の男が立っていた。

 旅人の1人が前に出ると、気さくに言った。


「すみません。道に迷っていたら子どもの声がしたので、気になって……その子は?」


「あ? ああ……スラム街(ここ)の子どもだよ。親は知らないが、腹を減らしていたからこれから飯をやるところだ」


「ベッドで?」


 旅人は首を傾げた。


「テーブルなんて贅沢な家具はうちになくてな」


「そうですか……」


 2人が会話をす間、もう1人の旅人が、男の影から部屋の奥のベッドの上で怯える6歳ほどの少年を見た。

 もう1人の旅人は、何も言わずに堂々と部屋の中に土足で踏み込んだ。


「え、あ、おい!」


 旅人は男の声を無視し、白髪を揺らしながら薄汚れたベッドの前で屈んだ。

 震える少年に小さく「大丈夫だ」と言い、旅人は手を差し伸べた。彼は、差し伸べた自身の手に少年の小さな手が重なるのを待ってから、優しく抱き上げ、扉の前まで戻った。


「リーブル殿下、栄養状態が心配ですが、ひとまず子どもに怪我はありません。男の方はいかがいたしますか?」


「……『殿下』?」


 中年の男の顔から血の気が引いた。


「城で衛兵隊に取り調べをさせる。……君がこの子の声を聞いていなければ、危ないところだった」


「お役に立てたのであれば何よりです。では、彼を拘束し、衛兵へ引き渡します」


 その後、衛兵の取り調べで男は、少年を騙して危害を加えようとしていたことを認めた。

 リーブルの父である当時の国王は、男に19年の禁錮を言い渡した。


 少年は、城で保護をされてから数ヶ月後、城下街の教会で暮らすようになった。教会では、少年の他にも孤児や修道女らが暮らしていた。

 リーブルは、少年の様子を見に行く名目で茶菓子を手に、度々ひとり教会を訪れては、子どもたちや修道女と一緒にテーブルを囲んでいた。

 しかし、穏やかな時間は、その日に限って長くは続かなかったらしい。


「なぜ、ここに君が……?!」


 教会に現れたのは、スラム街で少年を見つけた旅人の男の1人――騎士団長であり王子専属騎士セリューだった。


「殿下が日々こちらへ足を運ばれていることは、皆が存じております。本日は隣国との社交界を控えておいでです。参りましょう」


「そうだった……かもしれないな」


「かもしれないではなく、そうなんです」


 セリューは呆れ気味に額へ手を当てて言った。

 教会の子どもたちは、リーブルの背中にしがみついたり、ちょっかいをかけながら面白そうに笑っていた。修道女は子どもたちを叱るでもなく、どこか気まずそうにその様子を見守っていた。


「お……お兄さん」


 子どもたちの群れの中から、背伸びをした例の少年が、まるで絵画の天使のような面差(おもざ)しを覗かせた。


「アレジャンス君、元気そうだね。食事は毎日取れているかい?」


 セリューは屈み、アレジャンスの透き通るような金色の髪をそっと撫でた。

 アレジャンスは、青く大きな瞳をきらきらと輝かせてこくりと頷くと、子どもらしく答えた。


「うん! 今日は、パンとお肉たべた!」


 スラム街にいた頃よりも、アレジャンスの身体は健康的な丸みを帯びていた。

 教会での食事がきちんと取れていることが分かったセリューは、アレジャンスの肩に優しく左手を置くと、不意に目を据わらせて言った。


「アレジャンス君、この方のお言葉は信頼も信用もしていいですが、この方のような大人にはなってはいけませんよ」


「えっ……」


「仕事をサボれるのがいい大人の秘訣だよ」


「子どもに嘘を教えないでください」


「君は真面目すぎるんだ。もっと肩の力を抜きなさい」


 セリューはなんとも言えない表情でリーブルを見てから立ち上がった。


「……では、私たちはこれで失礼します」


 修道女に会釈をし、2人の男が背を向けて歩き出そうとした。

 その時、遠ざかる大人たちの背中を見つめていたアレジャンスが、秘めた言葉を振り絞るようにして声を上げた。


「……あの!」


 教会の扉の前で足を止めた2人が振り返った。

 胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、どこかもじもじと視線を泳がせながらも、アレジャンスは少し頬を赤らめて言った。


「ありがとう……!」


 2人の男は、アレジャンスのひたむきな言葉に目を細め、温かく笑みを返した。

 そうして今度こそ、小さく手を振って歩き出した。


 少年――アレジャンスは、教会の扉から去りゆく2人の男の背中を見送りながら、他の子どもたちと一緒に楽しげに笑っていた。

 その理由は、リーブルの背中に『おかしなやつ』と書かれた、絶妙に下手くそな落書きの紙が張りつけられていたからだった。気づいた修道女は慌ててリーブルへ頭を下げに走り、アレジャンスと子どもたちは揃ってしっかり叱られたのであった。


 ――後に、アレジャンスは、(よわい)16で王城に仕官し、(よわい)21にして国王専属の側近となった。これは国史に残る至上最年少でのことであり、極めて希有(けう)な出来事だった。



 ○ ○ ○



 3日後、アレジャンスはゆっくりと瞼を開いた。

 見慣れた医務室の天井がアレジャンスの視界に映った。

 ぼんやりとした意識のまま上半身を起こすと、鏡代わりの窓ガラスに映ったアレジャンスの寝癖が枝のように四方へ跳ねていた。


「……」


 アレジャンスはしばし絶句した。数秒後、壁に掛けられた(こよみ)へ目を向けた途端――彼は凍りついた。


「……3日?」


 次の瞬間、アレジャンスは寝癖を手早く整え、患者服を脱ぎ捨てるように正装へ着替えた。制止する医療班を振り切り、ローブを羽織ると、そのまま医務室を飛び出していた。


 ほどなくして、アレジャンスは王の執務室の前で乱れた襟許を正すと、扉を3度叩き入室した。

 赤を基調とした執務室で、真剣な面持ちのリーブルとフォールは同時に扉へ目を向けた。

 アレジャンスは静かに会釈し、赤茶色の本革のソファに腰掛けた。隣に座るフォールは、微塵も乱れを見せまいとするアレジャンスをしばし見つめた。


 そして今、彼らはある魔法使いの処遇について話し合っていた。


「身体の方はもういいのか?」


「はい。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。……とても長い夢を見ていたようです」


 アレジャンスは普段と変わらぬよう努めながら、向かいのリーブルへ言った。

 リーブルは自身の口許を押さえるように左手を添え、目の前の側近へ少し声を張って話しかけた。


「アレジャンスが寝込んでいる間も、民の避難は少しずつ進んでいる。しかし……滞在許可は出したが、例の魔法使いについては詳しい報告をまだ聞いていない。フォール、改めて説明してくれるか?」


 フォールはアレジャンスからリーブルへ視線を移すと、ソファの間のテーブルに置かれた資料を手に取り、姿勢を正して口を開いた。


「魔法使い――ミティックは街外れで男5人を殺害したと認めています。ただ、その発言からは、自衛だった可能性もあると感じました。現在は城内で大人しく過ごしているようです」


「なるほど……アレジャンスは、魔法使いについてどう思う?」


「自衛の可能性があるとはいえ、人を殺めた以上、無条件に街を歩かせるわけにはいきません。ですので――」


「そうではない」


 遮るようにリーブルが言うと、彼は続けた。


「魔法使いという種族そのものについて、どう思うかを聞いている」


 アレジャンスは沈黙し、少し顔を俯かせた。


 その問いは、800年前から幾度となく繰り返されてきた歴史の残響だった。

 その時代、人間にとって魔法使いは、おとぎ話ではなく『兵器の素材』だった。

 豊かな土地を巡る争いは長く続き、その過程で魔法使いたちは『素材』として使い捨てられていた。


 顔を上げたアレジャンスは、リーブルをまっすぐ見据えてはっきりと言った。


「人間と変わりありません。種族は違えど人格はあります。滞在条件にも面倒そうな様子は見せていましたが、自ら受け入れていました」


 リーブルは安堵するようにゆっくりと瞼を閉じ、再び開いた。


「そうか。ところで、その条件を面倒そうに受け入れた魔法使いとは……彼のことか?」


 リーブルはアレジャンスたちの後方にある執務室の扉へ目をやった。

 そこには、かつてのリーブル専属騎士――セリューが、魔法使いミティックをまるで荷物を運ぶように左脇に抱えて立っていた。


「ノックはした。セリュー(こいつ)が」


 脇に抱えられたまま、ミティックは臆する様子もなく言った。彼は食堂で無断で焼きたてのパイを盗み食いしていたところを、セリューに発見され、説教をかねて執務室まで連行されていたのだった。


「……何をされているのですか」


「パイを食べようとしたら怒られた」


「陛下、彼を我が国から追い出しましょう」


「落ち着きなさい。結界の件で、彼には我が国に滞在してもらう必要があると言ったのは君だろう?」


 子どものように――実際に14歳ほどの外見が――小さく頬を膨らませたミティックは、不服そうにリーブルの隣へ座らせられた。セリューの所作はまるでぬいぐるみを置くかのようだった。


「結界の話か?」


 間違いではなかったが、自身の処遇についても話し合われていたことも知らぬまま、ミティックはまた臆することなく言った。


「そうだ。ミティックと言ったね。あとで盗み食いしたパイの代金は必ず払うように」


「金は持っていない」


「ならば食堂のシェフへ謝罪に行きなさい。パイの代金は今回は私が立て替えておこう。我が国に滞在するのであれば、仕事を紹介する。二度と食い逃げのようなことはしないように」


「……仕事……分かった。ところで結界はいつ張り直せばいい? 今日か?」


 ミティックの質問にアレジャンスが丁寧に返答した。


「いえ、避難が完了するまでには、まだ時間がかかる見込みです……本当は私が対応できればいいのですが」


 アレジャンスの一族は、既に構築された結界を維持する程度の魔法を使えた、ごく(まれ)な人間の魔法使いだった。しかし、結界を再構築できるほどの力はなく、寿命は他の人間よりもほんの少し長い程度だった。

 対して、今アレジャンスの前に座る魔法使い――ミティックは悠久の時を生きる、根源から人間とは異なる存在だった。


「そうか」


 ミティックはアレジャンスを一瞥(いちべつ)してから短く頷くとソファから腰を浮かせた。


「どちらへ?」


 立ったまま、セリューが質問した。


「食堂のシェフへ謝罪に行く。……あと、仕事について考える。邪魔したな」


 セリューは、数分前に自身の古傷を治そうかと言ってきたミティックへ呆れるように頭を抱え、リーブルらへ丁寧な一礼をしてから執務室を出た。


「何だったのでしょうか……」


 久方ぶりにフォールが口を開いた。彼は手のかかる子どもを見るように、去りゆくミティックを見つめた。


 ――後日、フォールはミティックと食事を共にした席で、彼が500年前にこの国の防御結界を築いた本人だと知り、大きな衝撃を受けることになった。



 ○ ○ ○



 3ヶ月後、教会周辺への避難が全て終わり、結界再構築の準備が整った頃――上空から何層も降りる光のベールを、民や王宮の人間たちは息を呑んで見上げた。


 アレジャンスは教会の外から、ただそれを見つめていた。


 ――結界で国が守られても、人々が安心して暮らせる場所を作らなければ意味がない。


 アレジャンスは上空を見つめながら、両手を強く握りしめた。


 結界の張り直しを終えた翌日、アレジャンスは自身の執務室で、再び多忙な時間を送っていた。

 机には、結界修復の報酬としてミティックへ用意された金貨の入った皮袋がのった盆と、数枚の提案書が置かれていた。

 提案書には、『農地復興計画』と『スラム街支援・治安改善案』と書かれていた。


 執務室の開かれた窓の向こうから、教会から戻ったばかりの民たちの声が、風と混じって届いていた。


 アレジャンスは変わらず、しかし以前よりも健康的な顔色で今日も書類にペンを走らせていた。


 一方その頃、リーブルは国でいちばんと評判の肉の串焼きを頬張っていた。どうやら、仕事をサボることだけは治らないらしい。

 そんなリーブルは、アレジャンスが密かに自身の休暇を確保する方法を模索していることを、まだ知らないでいた。


 国王に苦労する側近の日々は、これからもしばらく続きそうなのだった。

【第三章・完結】

最後まで読んでくださりありがとうございました


【次の更新】

仕事をしながらのため、不定期になります



【補足】

■アレジャンス

第一章の側近

国の結界管理を担う人間の魔法使い 普段は穏やかだがキレると舌打ちをする

趣味は仕事(たまに倒れる)※密かに休暇計画を進行中


■リーブル

第一章の国王

仕事はサボりがちだが、国民からの信頼は厚い

たびたび側近に仕事を押し付けているが判断力はある

趣味はお忍びで城下町に行くこと


■セリュー

フォールの師匠

魔物との戦闘の怪我で騎士を引退

現在はフォールが指揮する騎士団の教育担当

趣味は剣の手入れ(前線には出ない)、茶を淹れて静かに過ごすこと


■フォール

第一章の騎士

世話焼きの騎士 セリューの弟子 家族思い

趣味は人との食事、訓練、酒


■ミティック

第一章の長命の魔法使い セリューの怪我を魔法で治そうかと聞いて断られた

城下街の教会で居候をしながら薬師のような仕事をして生計を立てていた

長命の魔法使いの中では中間程度の実力

趣味は読書、甘いものを食べる、睡眠

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