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徒然と紡ぐ日の影  作者: 村街マイク
3/12

成長と錯覚 その1

時の流れは捉え方では残酷だけれど、角度を変えると意外とそうでもないのかもしれないね。

 毎日が退屈で仕方ない時は友人と酒を呑むといい。良い店を一つ見つけていれば日々の退屈は少し遠ざかってくれる。その一時だけは。

 友人が捕まらない時は部屋の掃除をするといい。

 そうするといつの間にか退屈はベットに勝手に入り込んで眠りについている。隣で仲良く眠りにつくのも、黙って部屋から出るのもどちらでもいい。

 退屈が目を覚ます前に決めてしまわないと退屈になってしまう。

 僕は退屈を置いて部屋を出る。


 隼人は友人を誘って昼間から酒でも呑み交わそうとしたけれど、誰も捕まらなかった。することが何も思いつかない。

 気分転換に部屋の模様替えをするのは大掛かりでやる気が起きない。けれどカーテンを変えるくらいのことはしてみようかと量販店に出かけた。


 部屋には今、黒色の遮光カーテンが備え付けられている。次は無地で紺色のカーテンにするか深緑を基調としたペイズリー柄のカーテンにするか頭を悩ませていると、同じようにカーテンを求めている女性客に目が止まった。

 その女性客はカーテンを触りながら生地感を確かめているようだった。隼人はカーテンに肌触りなんて必要だろうか? と価値観の違う女性客を眺めた。


 女性客は淡いクリーム色のカーテンの前で足を止めた。止めた足に幼い女の子が抱きついた。女性客は足をぶらぶらとして女の子を揺らす。女の子は退屈そうに体を反した。

 視線を感じた女の子が体を反らしたままの姿勢で隼人をじっと見た。女性客も女の子の視線を辿って隼人に気づく。そして隼人と女性客の視線がぶつかる。


 女性客はラフな格好でデニムに白いシャツ、頭にはキャップを被っていた。キャップにはローマ字でluckyと書かれていた。歳の頃は隼人と同年代くらいだろう。


 隼人は気まずげに目を逸らしてペイズリー柄のカーテンの感触を確かめる振りをした。女が近寄ってくる気配がした。女は隼人の横に立つ。隼人は何事かと女を見やると、女は「隼人君だよね?」と笑いかけた。


 それは十数年振りの再会だった。女の顔を近くで目にして隼人は「うぉ」と発することしか出来なかった。女のことはよく知っていた。高校時代の三年間は。

 たまに肉の多く入った弁当を作ってくれたり、のど飴をいつも持ち歩いていたり、他の女子と話していると直ぐに焼き餅を妬いたり、私服はださい靴下を履いていたり、ちょくちょく下品な下着を履いていたり、我儘は言わないかわりに強情で優しい女の子。それが隼人の昔の彼女だった。

 「久しぶりね、こんなところで隼人君なにしてるの? カーテン選んでるの? その柄物はやめた方がいいよ多分」

 女は隼人に忠告した。

 「あえて、この柄にするのも有りだな」

  「無しでしょ。普通に」

 隼人は再度女の顔を確認してからカーテンを手放した。

 「無しだな。久しぶりだね、美雪」

 女は隼人にそう呼ばれて懐かしさと気恥ずかしさを隠す為に冗談を言う。

 「覚えてたんだ私のこと。てっきり捨てた女の事なんて忘れてしまう薄情者と思ってましたけど」

 隼人はそう来ましたかと美雪に合わせる。

 「女は捨てても思い出までは捨てきれないのが男ってものさ」

 「馬鹿じゃないの」

 美雪は笑いながら隼人の肩を叩いた。隼人は美雪の足にまとわりつく女の子を見て、美雪も母親になったのかと感慨深い気持ちの上に、お前が俺を捨てたのだろうが、記憶を改竄するんじゃないと口に出さずにちくりと切ない気持ちを重ねた。


 「娘の名前はなんていうの?」

 隼人は当たり障りのない質問をする。美雪は娘の頭を撫でながら挨拶して下さいと、娘に促す。娘はニコニコと笑いながら「真美ちゃん」と答えた。隼人は真美と同じ目線に腰を落として質問を続ける。

 「真美ちゃんはいくつですか?」

 真美は手を開いて隼人に向けた。

 「五歳なのね」

 隼人は真美の頭をそっと撫でる。コーヒーカップから上る湯気のように柔らかい印象を与える真美は目を細めて笑う。

 「幸せそうでなによりだな」

 隼人はぼそっと呟く。

 「隼人は独身を謳歌してる感じね」

 平日は仕事に追われて、空いた時間は久一や充と連んで酒浸りの日々を謳歌というのなら間違いなく謳歌しているのだろう。蛙が田園で鳴き叫びたくて鳴いているならそうなのだろう。

 「独身とは限らないだろ?」

 隼人は強がり半分くらいで答える。しかし美雪は笑顔で言葉を返す。

 「だって指輪してないじゃない」

 「つけ忘れただけかもしれないし」

 「隼人の性格ならきっとつけ忘れたりしないよ。私は知ってるもん」

 「けっ、お見通しですか」

 「それに、捨てた女より幸せになるなんて神様が許す訳ないものね」

 「あなたの記憶どうなってるの?」

 気軽に接してくる美雪には敵わないなぁと隼人は懐かしく思った。


 隼人は自身の近況や久一と未だに連んでいる話を美雪に語ってから話を切り上げる方向に。

 美雪にペイズリー柄のカーテンを買うのを止められたが、なんとなく買うことが正しい気がして購入することにした。

 「じゃあまたどこかのカーテン売り場でな。旦那と仲良くしろよ」

 捨てられた身の隼人だが今の美雪がとりあえず幸せならいいと思った。失恋の傷は遠くの昔に癒えている。傷跡はあっても痛みはもうどこにもない。傷跡を見て思い出しても実際に痛くはない。

 美雪を背に隼人は歩き出した。隼人の背中に美雪が声をかける。

 「私、離婚したから今はこの子と二人だよ」

 隼人は足を止めざるおえなかった。このまま歩き去るのは気が咎めた。振り返り美雪の前にゆっくり戻る。

 「ちょっと美雪さん、別れ際にそんなこと言いますか? もっと早く伝えるタイミングあったでしょう? いくらでも会話に捩じ込めたでしょうよ」

 戻って来た隼人を真美は美雪の後ろに隠れて顔を出して嬉しそうに見る。

 「だって聞かれなかったから」

 美雪はいじけたように答える。隼人は溜息をついて美雪に注意する。

 「一ついいですか? 人の選ぶカーテンの柄をとやかく言いましたが、あなたこそ、その帽子やめた方がいいですよ」

 美雪は帽子を手に取って確かめる。

 「どこが変なのよ?」

 全く理解していない様子の美雪に隼人は告げる。

 「luckyって」

 隼人の思惑を理解した美雪は大笑いして帽子を被り直した。

 「私は間違ってないと思うけどなぁ。こうして隼人と再会出来てluckyだったもんね」

 「むっ」

 隼人は上手いこと言ってやったと思ったら、美雪にさらに上手いこと返されて、さらに上手く返す言葉はなく、むっとした顔でやり過ごした。


 その後、隼人はこのまま別れてしまうのもどうかと思い連絡先を教えた。

 「下心とかないですよね?」

 美雪は笑いながら言う。

 「ねぇよそんなもん! 困ったことがあったら相談くらいなら乗ってやれるだろ? 人の優しさによく言うよ」

 美雪は一瞬だけ真剣な眼差しを隼人に向けてから破顔して感謝を述べた。

 「ありがとね、隼人」

 「ありがと」

 美雪の感謝の言葉に真美が意味も分からず後に続いた。隼人は真美の頬っぺたをちょんと触ってから「気が向いたら連絡しろよ」と残して心置きなく二人と別れた。

 美雪は隼人は相変わらず隼人だったなぁと懐かしくも寂しさに囚われそうな心に蓋をして、真美の手をぎゅっと握った。真美も同じように精一杯、美雪の手を小さな手で握り返した。

 「真美、なに食べたい?」

 「ハンバーグ」

 「決定!」

 「決定!」

  美雪と真美の二人は隼人の向かう真逆の方向に歩いていった。


 美雪と再会した後の隼人は日々変化の無い生活を送っていた。久一と充と週末にいつもの居酒屋で季節料理に舌鼓を打つのが常であったが、深酒はしないようにしていた。が、それも長くは続かず美雪からの連絡もないまま三ヶ月ほど経ち、へべれけになりながら居酒屋のカウンターの前に、いつもの三人が並んでいた。

 

 運命と偶然は似て非なるものか、それとも運命と偶然は同義なのか。証明する術はない。

 この時はただの偶然だったのだろう。久一がハイランドパークの水割りを呑みながら「美雪ちゃんからまだ連絡ないのか?」と隼人に質問した。グレンリベットのソーダ割りを呑みながら隼人は返した。

 「連絡がないということは上手くやってるってことでしょうが。結構結構」

 二人に勧められてアードベックのソーダ割りを苦々しい顔で舐めている充は疑問を隼人に口にする。

 「事情は前に聞いたから知ってるけど、隼人はよりを戻したいわけ? 遠い昔に振られた女だろ? しかもこぶ付きで辞めとけよ。苦労するよ後々」

 久一は笑いながら、充にこれ以上口を挟ませないように、口を挟む。

 「友達思いなのはわかるよ、充は優しいからな。でもだ、しかしだ、デリカシーってものを学んだ方がいいぜ。黙ってアードベックをお代わりしてなさい」

 充は不服を久一に申し立てる。

「癖が強すぎるよこれ。ピートっていうのこれ? まだ俺には早すぎる。カナディアンクラブの方が飲みやすいから、残り呑んでくれよ久一ちゃん」

 充はグラスを隼人の前を通り越して、久一の前まで押しやってから、カナディアンクラブのソーダ割を注文する。久一の前に置かれたグラスを横から隼人が手を出して一気に煽る。

 「美味いだろ? このヨウド臭っての?最高だよ」

 いつも以上に酔っ払った隼人がへらへらと二人の存在を確認するように見る。

 「お前らがいてくれたらそれでいいんだ俺は。女なんて可愛いだけだろ。裸を見たら満足満足ってなもんよ」

 久一は隼人の背を摩りながら励ます。

 「美雪ちゃんのこと俺も知らない仲ではないからさ、あの日のことがフラッシュバックしてぞっとしたのは確かだけど、今じゃあ笑い話だな」

 久一は隼人に過去を意地悪く匂わす。

 「あの日のこと?」

 充が興味深気に聞き返す。

 「それはまた今度な」

 充はデリカシーを覚えたのか深く追求しなかった。代わりに隼人が美雪への気持ちを口にした。

 「よりを戻すとかじゃあないんだよ。ただシングルマザーって大変だなぁと思うのよ。俺にできることがあれば手伝いたいのかな? というよりも楽しかった過去が別れてしまえば全て過去の記憶だけになるだろ、その記憶もあやふやになっていって、その記憶さえも本当は自分が勝手に創り上げたものじゃないかと不安にならないか?不安とは違うか、うまく説明できないわ」

 久一と充はお互いに頷き合う。

 「解る」と久一。

 「俺も解る」と充。

 二人はもう一度頷き合う。まったく理解をしていない二人は理解者の振りをする。

 「お前らは解ってくれると思ってたぞ」

 二人の間に座っている隼人がお互いの肩に手を回した。

 その時に隼人の携帯電話がブルブルと激しく自身を主張した。

 「美雪ちゃんからだったりして」

 充が冗談をいう。

 「このパターンは美雪ちゃん意外に有り得ないね。もし他の誰かだったとしても、それが中年親父でも美雪ちゃんということになるだろう。この場合」

 久一は悪乗りする。

 「その理屈色々と野蛮だね。というより隼人でないのか?」

 隼人の顔色を充が訝しがる。

 「これ美雪からだわ」

 久一が吹き出して、慌ててお絞りでテーブルを拭く。充は驚きで目を見開く。隼人は悪いと言って携帯を手に店の外に出た。

 店に残された二人は互いに笑い合った。

 「よくわからないけど、おもろいな」

 「うん、笑うところないけど、笑えるのなんでだろう?」

 二人は互いのグラスをそっとぶつけた。

 「隼人の運命に乾杯」と久一。

 「隼人が二度と女に振られませんように乾杯」と充。

 「うまいなぁ充ちゃん、二度と振られることのないように、と美雪ちゃんに振られたら二度目になることをかけたのね?」

 「よせやい久一ちゃん恥ずかしい」

 二人は隼人が戻るまでおよそ多くの人が理解できない乗りで乾杯の音頭をとり続けた。


 充の面白いこと言おうとして失敗する姿勢に乾杯。

 いつもフォローありがとねの乾杯。

 まさにその返しが、なところに乾杯。

 逆に妄想癖が素敵な久一に乾杯。

 この世界は、妄想ではなく俺の夢説に乾杯。

 近所の野良犬に乾杯。

 その突飛な乾杯は100点です乾杯。

 褒められて伸びるタイプに乾杯。

 その返しはほぼ2点です乾杯。

 採点が厳しいです乾杯。

 僕好みの乾杯を下さい乾杯。

 取り押さえられた痴漢に乾杯。

 80点、乾杯。

 原付に追い越された普通車に乾杯。

 90点、乾杯。

 日番を抜けて風俗に行く警官に乾杯。

 65点、乾杯。

 小学校で妹に話しかけて無視される兄に乾杯。

 それ俺やないか! 0点乾杯。

 緑のクレヨンを食べて吐いてしんどいところを散々説教される子供に乾杯。

 お前やないか! 98点乾杯。

 振られた女にへんな責任を感じている男に乾杯。

 デリカシー。5点乾杯。

 そろそろ限界ですが乾杯。

 お前の限界はお前が決めるのではなく俺が決めるのだ。1点完敗。

 紐パンの女が好きです乾杯。

 その意気その意気。48点乾杯。

 巨乳が好きです。乾杯。

 安直。0点乾杯。

 最近お気に入りのセクシー女優ができました。乾杯。

 下に走り出したらお終い。3点乾杯。

 近々そのセクシー女優のサイン会が近所の書店で行われるらしく、参加する為の整理券を手に入れました乾杯。

 まじ? その熱量0点。乾杯。

 紛失してもいいように保険をかけて整理券二枚入手しました。乾杯

 まじ? 一緒に行ってもいい? 満点!乾杯。

 隼人には内緒ですよ、えへっ。乾杯!

 敢えて教えて悔しがるところを楽しみませんか? でへぇ。満点!乾杯。

 それもそれでオツですなぁ乾杯。

 戻って来たら、さっそく悔しがらせましょうか充さん、華丸満点、乾杯 etc。


 隼人が席に戻るまで二人はずっとふざけた乾杯を飽きずに繰り返した。

 席に戻った隼人にサイン会に二人で参加することを説明する。券が二枚しかないので隼人はお留守番だと告げると、気をつけて行けと言われ、何一つ悔しがらない隼人に二人は猛烈に悔しがった。

 

 

 

 



 

 


 


 

 

 

 

 

又もくだらないお話にお付き合い、どうも有難う御座います。まだまだ吐き出していきます。

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