キャンプに行く その2
バンガローで胡座を組みながらグラスにカネマラを注いで久一は充に手渡した。充は涅槃像のような体勢で受け取り、ミネラルウォータで加水してから口をつける。
「わざわざグラスまで持って来てたとはな、紙コップで十分なのに」
充はナッツを噛みながら言う。
「充さん、そこが隼人の人間性って奴だよ」
「真美ちゃん寝かせたら直ぐに戻るとか言ってたのに遅いな」
「ゆっくりさせてやれよ。それより美湖ちゃんは肝が座ってるなぁ。初対面の相手とバンガローで一泊するんだろ?」
充は久一に誇らしげに笑った。
「あの娘はコミニュケーション能力が異常に高いからな。美雪ちゃんと戻っても飯食いに行く約束したり連絡先交換してたぜ」
「よく知ってるなぁ、さすが。でっ、そっちはどうなの? ねぇねぇ、ねぇ」
久一の質問にグラスの中を確かめるように見つめながら充は曖昧に答えなかった。
「それは、おいおいってやつで」
「そうなの?」
久一は充の事だからたいした進展は無かったのだろうと深追いしなかった。
ジージャンとカバーオールの違いと、デニムオンデニムの難しさ。カバーオールならデニムオンデニムでも様になり、上下セットアップカラーでもなくても扱いやすい。という話を久一は充に熱弁したが充はたいして興味なく、今度カバーオール買いに行くとはならなかった。その熱量の違いが久一に火をつけて、ボタンホールの上にある小さな穴は何の為にあるか知っているか? と謎々方式で充に出題する。充は勿論知らないと興味なく答える。正解は懐中時計の鎖を留める為にあるのでした。と久一がうんちくを披露していると隼人が帰って来た。
「遅くなって悪い。真美が興奮してなのかな? なかなか寝てくれなくて」
「待ってましたよ隼人さん! 充は男のロマンデニム談義に乗ってこなくて、わたくしは憤慨してるとこでしたよ!」
「そりゃあいただけないですね。リジットをワンウォッシュしてから再度糊付けして履き下ろす事によってアタリを定着させるのですよね? 先生!」
隼人は久一の隣に胡座をかいた。久一は飲みかけのグラスを隼人に渡して立ち上がった。
「正解。ちょっとトイレ行ってくる」
充が久一に注意する。
「きちんとトイレまで行けよ。外でするなよ。管理人に又怒られるぞ」
「当たり前だろ。犬猫じゃあ、あるまいし失礼な」
久一はバンガローを出て開放感の中で立ちしょんべんをするつもりでいた。それが自然の中での生活の醍醐味ではないか。動物として恥ずかしくはない。しかし管理された社会に迷惑をかけるのもあれなのでと、諦めて共同トイレまで行くことにした。
外は真っ暗ではなく、所々に街灯があり共同トイレまでの道を誘導してくれていた。街灯に虫が群がり、かんかんと音を立てながら体を押し付けていた。久一はトイレまでの道のりので、山の中にあっても街灯と呼ぶのかと疑問に思った。山灯が正しいのでは? 山に灯りなどあるのか? もしあるならば、それは詩人がかっこつけて山火事を山灯と喩えたくらいか? おいおい、それならば詩を読む前に山火事をどうにかすることに思考をさくべきだろう。
用を済ませて元来た道を辿ろうとした時、背後から名を呼ばれて久一は驚いて振り返った。
「びっくりさせないでよ美湖ちゃん」
同じく用を済ませた後の美湖が久一の驚きに驚いてから笑っていた。
「まさか同時にしょんべんしてたなんて運命的な出会いだね」
「それ、大きな方ならもっとしっくりきません?」
「うんだけに? ちょっと、酔ってますね? 下ネタやめてもらえますか?」
「そっちが先じゃないですか? 狡い、意地悪!」
美湖はからからと笑い、久一も同じように笑った。
「あそこに座って少しお話ししませんか?」
美湖が指差した場所には気を切り出して作った簡素なベンチがあり、近くに街灯もあった。
「虫が一杯飛んでるけど大丈夫?」
「大丈夫ですって、ベンチから離れてますから」
美湖は別に酔っ払っているようでもなく、寝るには早い時間に話し相手を見つけたという感じだった。
「美雪ちゃんが心配しないか?」
「真美ちゃんより先に寝てましたよ美雪さん」
「そうなの?」
久一は美湖に誘われるままにベンチに座った。
「よし、じゃあなんの話しますか?」
「そうですね」
美湖は一呼吸する。久一はふわりと牽制した。
「じゃあ、隣の芝生と隣で食べてるカレーは良く見える話でもする?」
「カレーは確かに隣で食べられると、いいなぁと思いますね」
「どうしてだろうね? どうして繋がりでピータン食べたことある?」
「中華のですか?」
「そう。どうして卵を粘土の中に埋めようと考えたのかな? 考えた奴のこと考えると、ちょっとぞっとするでしょ?」
「ちょっとその手の話は後回しで、相談というか聞いてもらいたいことが」
美湖の相談という言葉の響きに久一は身構える。常に相手と適当で記憶に残らないような会話を楽しむのが久一だった。揶揄い合いながら時間を過ごす。酒が有れば尚更上機嫌だ。嫌な予感がした。ここには頼りの酒は無い。美湖の真面目くさった口調に気後れする。しかし久一の予感は特に当たらない。
「奇跡的なことだけど、さっき充にデニム談義をしてシカトされたばかりなんだ。それなのに美湖ちゃんがデニムの話を持ってくるなんて、宇宙意思に導かれたのか、君が盗聴してたのかどちらかだね!」
「おそらく宇宙意思じゃないですか? だって私、盗聴なんてしてないですもん」
美湖の相談とは仕事の話だった。現在美湖はシマキリキリエの兄弟子と共に製作案で対立していた。デザイナーとしてデザインに関しては先輩も後輩も関係なく、売れる売れない物よりも信念を大事にするシマキリキリエの教えは美湖に受け継がれていた。
「たかがボタン一つ多いか少ないか、どっちでもいいと思いますか?」
「だいぶ重要だと思うよ。ボタンを開閉した時の印象が変わるからね。特に一番上のボタンだけ外した時のシルエットとか。襟元は重要だから」
「そうなんです、でも先輩も分かっていながら譲ってくれないんです。どうしたらいいと思いますか?」
美湖の案はボタンの数を従来の四つボタンから一つ増やすべきと主張し、先輩は従来通りの四つボタンと譲らないと言う。
「大戦時代の生産工程初期は足並みが揃ってなくて、五ボタンのフラップなしも存在したらしいよ。本当か知らないけどポケットフラップありのものとかあるみたいだし。それは在庫を使い切る為とかいう理由だったらしいけど。中には月桂樹ボタンと刻印ありのボタンの混在したものとか。ポケットの位置が通常よりも下に縫われたりだとか。ようは勿体無い精神とか、作れ作れのなんでもありだった。その先輩はもしかしたら大戦モデルはフラップなしの四つボタンでシンチバックという概念に囚われ過ぎているのかもね。そこを説明して相手を立てながら、なし崩しに攻めるのはどう? あえて五ボタンなんです! みたいな」
久一のひけらかした知識は美湖には無かったようで、いいですねと唸った。
「なんでもありで、足並みの揃わないところは私と先輩の関係性にぴったりじゃないですか。自尊心を刺激しながら言いくるめてやりますよ!」
美湖はテレビ番組の観覧者のように大袈裟に笑った。
「悪女だねぇ」
「女はみんな悪いですから、久一さんも気をつけて下さいね」
充のことを思い、久一は苦笑いする。充もどちらかといえば、はっきりとしない軟弱男だから繰り出すアプローチも上手く透かされているのだろう。世話のやける友人の為に久一は充の話を美湖に振ってみた。
「充って、いい奴だよな!」
「はい! いい人ですね。急にどうかしましたか?」
美湖は顔色一つ変えずに答える。
「充って、隼人ほどではないけど、まぁ見れる面してるし」
「うん。隼人さんは綺麗な顔ですよね!」
「充って、馬鹿っぽいけど、いい奴だからなぁー」
「ですねー」
久一は喉を力ませる。大声で夜の空と山々に充を捧げる。
「充、充、充、充は最高! 充、充、充、さぁ美湖ちゃんも一緒に呼ぼう、充、充、充。充、充、充さん。さんはい!」
「久一さん、会話の探り方が今下手くそすぎません? 語呂も今一つですし。充、充、充さんはい! にした方がいいのではないでしょうか?」
そこで二人は笑ってしまう。
「わざとですよ!」
「わかってますよ!」
「今度二人で登山しよう」
「えー、ちょっと山登りはNGです」
「どうして? 二人で名の知らぬ山の頂から充の名を叫ぼうよ。充、充、充さんはい! がやまびことなって駆け回るの面白いだろ? それを録音して恩着せがましく充に聴かしてやろうよ。きっと喜ぶぞ充の奴」
「喜びますか? おそらくですけど、一番喜ぶのは充さんの反応を見ている久一さんではないでしょうか? その反応を隼人さんが優しく見守ってるのが目に浮かびます」
「さすが、飲み友。よくご存知で」
「へぇ、お世話になってます」
二人は互いに沈黙して会話が途切れた。耳に山の音が流れ込む。ほんのわずかな風に当てられた多くの枝が擦れ合っているのだろう。先程までは聞こえていなように感じる久一。それは気に留めていなかったからだろうか? 充を捧げた山からの返礼かもしれない。
「以外と山の中ってうるさいというか、表現しずらいけど、うん、うるさいであってるのかな?」
「あの、私は充さんの気持ちには」
美湖に最後まで喋らせないで久一は言葉を被せた。
「とりあえず、充の気持ちに答えを出さなくてもいいから。異性から耳障りの良いものだけでも受け取っておきなよ。無条件の賛辞は気分が上がるでしょ」
「でも男の人は舞い上がらせるだけ舞い上がらせて」
久一ははぐらかす。
「舞い上がればいいって。高く高く舞い上がって月に触ってきなよ。お土産に石でも持って帰って来てよ。きっと高く売れるからさ」
「色々高くつく女ですよ私は、夢みたいな理想がありますから」
「夢! いいね。じゃあ、その夢の話を聞かしてくれないかな?」
美湖は久一につらつらと心情を語った。今は色恋にうつつを抜かしてはいられないと。いちデザイナーとして看板を背負い独立したい。それが先生に対しての恩返しなのだとか。なんとか。本音か嘘かどうかはわからない。どちらでも久一はかまわなかった。
シマキリキリエは厳しくも情に熱い男だった。弟子はいずれ独り立ちしていくものと考えいる。師匠を超えよう超えまいと関係がない。自信を持って巣立って欲しい。自信が無いのなら、自信が付くまでいつまでも面倒は見るが、巣立つことは決まっている。才能の限界を知り他の職についた者も数多くいた。その者達は自信を持って諦めた。諦めた者の中には限界を見誤った者もいた。しかしシマキリキリエは引き止めずに送り出す。草木は勝手に育つ。違う、枯れずに育ったものだけが残る。残ったもののみが正義を背負う。道を歩く。違う。残ったものだけにしか立つ瀬はない。シマキリキリエは残っている。種を飛ばそう思う、育とうが枯れようが。その種の一つが花開けばいい。それは祈りだ。もし芽が出なければ、それは考えても仕方がない。その種の一粒が美湖だった。
「街灯の下にゴミ箱があるの見えますか?」
「見えるよ」
「あのゴミ箱が夢を叶えてくれると思ってください。ここからゴミを投げて入れば叶う。入ると思いますか?」
「ちょっと遠いなー」
「なら、一歩近づいて下さい。入りますか?」
「全然」
「入るところまで近づいてください。入りますか?」
「ここなら入る自信があるところまで近づいた」
「それが夢を叶える近道だと先生は言ってました。ゴミ箱に足は無いから、私の方から歩み寄らないといけない。夢はゴミ箱へ」
「人の夢をゴミに喩えるのがいいね。言われてみればその通りだ。流石メロンちゃんセンスがいい」
「先生からしたら私の夢や理想なんてゴミなんですよ、きっと。でも私はゴミ箱にきちんと納めてあげたいなと考えています」
「メロンちゃんもあんななりして色々考えてるのね。知ってる? 美味しく食べたメロンの種を植えても美味しいメロンは育たないんだってさ」
「それは絶対ですか?」
美湖は久一の言葉の裏を読み取った。
「世間的にはね。でも絶対なんてあるかな? あったら嫌だな俺は。うん、嫌だ。絶対それには反対。美湖ちゃんもそうだろ?」
「はい、絶対そうです。絶対反対です」
「だったら頑張ろうぜゴミ! 充なんて待たせればいい。待たせるだけ待たせて袖に振ってもいいじゃない」
「最低の女ですよそれ?」
「どうしてゴミ? 待ったからといって自分の思うようになると考える方が傲慢じゃないかな? わからないかゴミ。順番さえ守れば幸せになれるの? 誰が順番を決めた? ルールブックはどこに売っているの? 俺は劣等生だから教えて欲しいね」
「それでも私は」
言い淀む美湖に久一は穏やかに告げる。
「充は馬鹿だから待てって言われればいつまでも待っているよ、迷惑な奴だね。それでいいじゃないゴミ」
美湖は久一を潤む目を堪えて見つめた。久一はでしゃばり過ぎたと思いつつ腰を上げた。
「あの、私のことさりげなくゴミ呼ばわりは辞めてもらえますか。傷つきますから」
「どこで気づいた?」
「頑張れよゴミってところで、うん? となってちょくちょくゴミゴミって挟み込んでいましたよね?」
久一は一人で笑い、嬉しくなった。
「この感じ、友達だよな。そうだろゴミ」
「父親がここにいたら締められてますよ久一さん」
「そんな殺生な。じゃあゴミちゃんって呼んでいい?」
「嫌です」
「けっ、ケチ臭い女」
「おい、遅いから心配して来てみたら美湖ちゃんと一緒だったのか?」
二人にとって最適すぎるタイミングで充が現れた。変な勘違いをしたら面倒だと弁明するのもおかしな話で、久一は上手く拾えよと声に出さずに充の肩を軽く叩いた。
「もう少しで口説き落とすところだったのに邪魔してくれたな。邪魔ついでに美湖ちゃん送って来いよ。それでは、美湖ちゃんおやすみ」
「久一さん、ありがとうございました」
美湖が久一にお礼を言う。それはどんな顔だったのか久一は知らない。むくれていたのか呆れていたのか。
「直ぐに戻るから」
「いやいや、ゆっくりどうぞ」
久一は充に背を向けて小走りでバンガローへ。途中で久一の頭に大きめの蛾が止まった。怯みながら払い落とす。街灯の下で手を見るとうっすらと光る鱗粉があった。
「あれ? 充と入れ違いか?」
隼人がグラスを久一に手渡した。
「途中で交代した」
「そう、ならいいや。今日は真美のことありがとうな。ずいぶん楽しかったのか、なかなか寝付けないみたいだったよ」
今日はよく感謝される日だなと久一は寝袋に体を潜り込ませた。
「いい子だろ?」
「俺の嫁にくれよ、お父さん」
「それは二人の意思が固まってたら反対しないよ。むしろ久一なら安心する」
「やめろやめろ、ひとの冗談を冗談と心得た上で潰しにかかる高等テクニックはいらないぜ」
「あら欲しがらないの?」
「隼人、お前もゴミみたいに頑張れ、血反吐出せ。笑ってやるから」
「おう、心強い。ゴミ?」
頑張ることは辛いことか? 充実しているということなのか? 耐え忍ぶということなのか? いつの間にか身についた習慣か? そんなのわからない。それでいて、結果を求めて苦悩する。手に残るのはおおよそ青い果実か、傷んだ果実なのに。
「ただいま充戻りました」
「戻ってくるの早くないか?」
久一は目を閉じたまま答えた。充が横になるのがわかった。
「久一、ありがとうな。お前はやっぱりいい奴だわ。俺、美湖ちゃんのこと好きだわ」
「今日一日で一番元気だな、どうかしたのか?」
一人盛り上がる充に隼人が疑問を投げかける。
「二人の姿を見つけて近寄ろうとしたら、話し込んでいるみたいだったから離れてタイミングを測っているとだな、久一の奴が美湖ちゃんに俺のこと売り込んでくれてたんだよ。そしたらこう胸のところが掻き回される感じがしてさ、蒼い感情で溢れ返ってるわけよ!」
「お前盗み聞きか? いるなら早く出てこいよ。危うくピータンの狂気について語り合うという理解し難いことになりかけたんだぞ?」
「ピータンの狂気ってなんだよ? 今はなんとでも言え。美湖ちゃんをゴミ呼ばわりしたのも許す。お前は最高だよ」
「許す? 合点がいかないなぁ。お前の気持ちが本物かどうか見極めてやるから、美湖ちゃんのいいところ百八個述べてから寝ろ、俺はそれを子守唄にして寝るから。いいな」
「楽勝だね。でも美湖ちゃんを今後ゴミって言うのはなしな」
「呼ばないよ、あの感じしつこくすると本当に怒りだすだろ?」
「久一は粘着質だからな」
「大学芋の飴ぐらいベタベタしてますからね」
「サツマイモは全部焼芋でいいけどな」
「じゃあ一生サツマイモの天ぷら食べるなよ」
部屋の明かりが消えた気配がした。消したのは充ではなくて隼人だと久一は思った。そうでなくては辻褄が合わないだろう。
「まずは目が綺麗」
こいつ細かく刻んでくるつもりだと久一と隼人は思った。
「目が笑うと細くなるのが愛くるしい」
久一は充の言葉を聞き流しながら深い眠りに落ちていった。
「小柄なところが守ってあげたくなる」
「一生懸命に俺なんかの話を聞いてくれる」
「明るくてノリがいい、おっとこれ二つな!」
「ファッションセンスが鋭い」
「おーい。久一寝たのか? まぁいいや。俺不安なんだ。美湖ちゃんがシマキリさんみたいに立派になってしまうとその横に俺は立っていられるのか? 取り柄のない男とつりあうのか? 応援はもちろん、なんだってするけど、それでも自信がないんだな。おい、返事しろよ、もしもーし、もうすもうす、けっ」
二人の返事がないことに充は安堵する。大人の男の口にするべきではない弱音だという自覚があったから。充はおやすみと呟いてぐっつと目を閉じた。瞼の向こうは暗かった。そこに美湖はまだいない。
「そんなこと悩んでも仕方ない。その時に決めればいいと思うよ。おやすみ」
隼人の声だった。充は恥ずかしくもあり嬉しくもあり、やはり恥ずかしかった。
充は隼人の言葉に返すことなく寝返り、背を向けた。明日が待っている。いつまでも待ってるだろうか。時間だけは平等に過ぎ去る。本当に平等だろうか。人によって体感時間が違えばどうなるのだろう。それこそ、平等なものなどこの世に存在しなくなってしまう。嫌だなぁ。ずるいなぁ。時間が止まればいいのに。もしかしたらタイムマシーンはもう存在していて、誰かがこの世の中を思い通りに動かしているのかもしれない。だったら、ずるいなぁ。
男の前にタイムマシーンがあった。男はある男からタイムマシーンを譲り受けた。譲り受ける際に疑うことは微塵も無かった。疑う必要がなかったからだ。なぜならその男は、自分自身だった。子憎たらしい目鼻立ちに、物知り顔の立ち振る舞い。変わらない服の好み。違いといえば顎髭を生やしているらいだ。それが十年後の自分。
十年後の自分が言う。
「俺にはもう必要ない、お前が使えばいい」
男はタイムマシーンに躊躇いなく乗り込む。礼も言わずに。俺が俺に礼を言うのは間違っているのだろうか? と考えながら。その答えは定まっている。十年後の男の顔はどこか不機嫌なのに笑っているような平坦なものだった。あれは俺だ。間違いない。俺は繰り返している。気づいていないだけだ。忘れているだけだ。他のみんなも繰り返しているに違いないんだ。俺は忘れるだろう。そして繰り返していくだろう。たぶん、きっと。
「みんな忘れ物ないな?」
隼人がキャンプ場を去る前に最終確認を促した。美雪と真美が車に乗り込み、後に美湖が続いた。隼人と充は久一が戻って来るのを車の外で待っていた。
久一は尿意を感じて、駐車場からトイレまで行くのが億劫で、山を削り出した駐車場の端でこっそりと放尿した。久一は解き放たれた感覚に身を委ねた。空を舞う白鳥のように優雅に身を羽ばたかせた。そこを管理人に見つかり、説教をくらっていた。
「君ね、大人なら節度を守らないと、トイレがあるんだから」
管理人は呆れて溜息を吐いた。久一は申し訳なさそうに謝罪して管理人に質問する。
「あまりにも漏れそうだったから、すいません。でも良いところですね。又来てもいいですか?」
管理人はさらに呆れて首を振った。
「別に来たければ来ればいいけど、湖で泳ぐのとあちこちで小便はしないでくださいよ」
「やったね」
久一は管理人の肩に友好的に手を回した。組んだ肩を揺らすと管理人が心底めんどくさそうに振り解いた。
「お気をつけてお帰りください」
「ありがとね」
遠目で一部終止を眺めていた隼人と充は戻ってきた久一を中心に笑いながら三人で肩を組んだ。
「お前、肩に手を回して振り払われてたなぁ」
「すぐに振られてやんの!」
「直ぐではないね、友情確認の横揺れを拒絶されただけさ」
「ダサいなぁ」
「うん、ダサおもろい。女性陣は気を遣って先に車に乗り込んでくれた所もポイント高いよな」
「俺はださくない! 女性陣は気づいてない」
久一は二人の手を肩から外して助手席に乗り込もうとした。
「なぁ久一」
充が久一を呼び止めた。
「変な事聞くけど、タイムマシーンがあったらどうする?」
「まさか? お前トラベラーなのか?」
「違うよ、あったら苦労しないよ。昨日そんなこと考えただけだ。もしあったらどうするのか聞いてみただけだよ」
「もったいぶりやがって、実は俺がトラベラーだ」
「嘘つけ!」
「欲しかったのはそういう展開じゃなかったのか? なら普通に過去に戻って最初期のジーパンを買い漁るかな」
「隼人はどうするの?」
隼人は質問した充ではなく久一に向かって答える。
「そうだな、二度とタイムトラベル出来ないように叩き壊すかな」
「道具は何を使うの?」
久一が満足気に悪ノリする。
「バールのようなものかな?」
隼人が久一に乗る。
「お前それ、バールだろ?」
充も被せる。三人はお互いの確認行為が完了した気分に浸りながら、一つの車の別々のドアへ歩きだした。
「よし真美ちゃん、出発の音頭をお願いします」
久一は助手席から振り返り真美に発車の合図を促した。真美は微笑み、仕方ないな。と元気一杯大きな声で叫んだ。
「出発!」
「おー」
車内に大人の子供の叫び声が満たされた後、ゆっくりと車は前に進み出した。
本日もくだらないお話にお付き合いありがとうございます。デニムオンデニムって難しいですよねー。
では又次回もくだらないお話です。




