9 夜の邂逅
暗い廊下に足音が響く
冷たい空気が肌に触れる中
あみはトイレへ向かうためだけに部屋を出たはずだった
しかし、その廊下で彼女を待ち受けていたのは、意外な人物との遭遇だった
「よう、こんな時間に散歩か?」
低く穏やかな声が闇の中から響き
あみは思わず足を止めた
振り向くと、狐の耳を持つシノが壁にもたれかかり
軽く腕を組みながらこちらを見ていた
「あ、えっと……違います、トイレに……」
あみがぎこちなく答えると、シノは口元に薄い笑みを浮かべた
「そうか。にしても、人間のお嬢さんがここを歩いてるなんて、随分と珍しい光景だ」
その言葉には、どこか探るような響きがあった
あみは少し戸惑いながらも、どうして自分に話しかけてくるのかを考えた
しかし、シノはそんな彼女の表情を無視して言葉を続ける
「お前、どこから来たんだ?」
その問いはストレートすぎるほどだった
「……気がついたら、あの……あの場所にいました。それまでのことは、あまり覚えていなくて……」
あみは慎重に言葉を選びながら答える
異世界人だという事実を話すわけにはいかない
彼らがそれをどう受け止めるのか
全く予測がつかなかったからだ
シノは眉を少し上げながら、彼女の言葉を聞いていた
その薄茶色の目には軽い興味と
どこか鋭い観察眼が光っていた
「ふーん、覚えていない、ね。そうか」
沈黙が一瞬流れた後、彼は壁から体を離して一歩前に出る
「ここは、俺たち獣人のレジスタンスだ。お前みたいな人間がここにいるなんて、本来あり得ないことだが……どう思ってる?」
「どう、って……」
あみは言葉に詰まった
自分がここにいる理由も、この人たちの事情も
何一つ分かっていない
それでも彼女は、素直な気持ちを伝えるべきだと感じた
「獣人についても、あなたたちがなぜ人間と戦っているのかも……正直、何もわからない。でも……それを知らないからって、ここにいるみんなを否定する理由にはならないと思う」
その答えに、シノは一瞬目を細めて彼女を見つめた
そして、軽く肩をすくめるようにして言った
「……変な奴だな、お前は。でも、まあ、あいつが連れてきたんなら、それでいいんだろう」
シノの口調は軽かったが、どこか警戒を解いたような空気を漂わせていた
「それじゃ、迷子になるなよ。トイレならあっちだ」
そう言って、軽く顎を動かして方向を示した
あみは何とか返事をしながら彼に背を向けて歩き出した