68杯目 新たな力
「ヒロル、気持ちはわかるが落ち着け、痛い」
ヒロルは先程から店の前をウロウロして俺の背中をバンバン叩いて落ち着きがない。理由は簡単、キングの錫杖を利用した武器がとうとう完成したのだ。
今はヒロルとケイトと店の前で開店を待っている。なぜ俺も連れてこられたのかは、無理やりにだ。この二人、本当に容赦なく俺を引っ張り回すつもりらしく、それはもう、引っ張り回されている。
本当にグイグイ来るんだよなぁ……もちろん悪い気はしないけど、どうすりゃいいのかもわからなくて、まぁ、情けない話だが、付き合いながら大事なところで逃げ回っている。こじらせたおっさんってめんどくさいと我ながら思う。
「いらっしゃいませ」
「失礼します!」
ヒロルは開くと同時に店に飛び込んだ。なるほど、俺も周りから見るとああ見えるのか。ヒロルは可愛く見えるが、俺は酷いな……気をつけよう。
「凄い……」
王冠をモチーフにして中央に真っ赤な魔石が輝いている。繊細な意匠が施されたその杖を、王威の錫杖と名付けられた。
「魔力の流れがとてもスムーズで、しかも、これ、魔法をストックしておけますよね?」
「その通りじゃ。その魔石に記憶した魔法をあとから魔力を注いで放てばより大きな威力で素早く発動できる。使い方次第では魔法の連打も、ただ難しいがな」
「なるほど、発動時に次の魔法を……なるほど……」
「もう理解したか、若いのに対した魔法使いじゃな」
ヒロルに新しい力が加わった。
ヒロルが武器を使いこなしていくほどに、俺たちの探索も階層を深くしていくことになった。王威の錫杖の運用によって瞬間的に3つの魔法を同時に使うことができるので、最後の切り札的に強力な攻撃を手に入れた。
「いいな」
「ミツナギもそうだけど、皆の装備も随分と強化されてきたから、そろそろ変化するかもな」
「ミスリル武具をじっくり育てて魔装具にするのも愛着が湧くって聞くけど、確かにそうだね……」
武具は冒険者にとって自らの命を預ける相棒だ。この手の話で盛り上がらないわけがない。
今日はダンジョン探索を終えてみたら昼過ぎだったのでギルドで換金後早めの食事、明日は休みだからそのまま飲むって話になっていた。
「ん? なんだ?」
ギルド内の空気が慌ただしい。
「ゲンツ、大変だ!」
「どうしたケイト?」
「エスタールの街のダンジョンが……弾けた……」
「ダンジョンブレイクか!? 大丈夫なのか?」
「今、父上と兄上を中心に町人たちを避難させ、対処しているらしいが……」
「お父様とお兄様は無事なのよね!?」
「わからない……」
「よしっ、ヒロル、ケイト、エスタールへ向かうぞ!」
「い、いいのか?」
「当たり前だろ! な、みんな?」
「当然っす!」
「水臭いわぁ~」
「神のご加護を」
「よし、すぐに馬車を手配して出るぞケイト、ギルドにもすぐに向かうことを伝えておけ。きっと増援も追ってくる」
「あ、ああ……えっと」
俺はケイトの肩をぐっとつかむ。わずかに震えている。冷静なケイトでも、不安に押しつぶされそうなんだな。
「大丈夫だ、落ち着いて報告してこい。馬車はすぐに用意する」
「おねーちゃん……」
「ヒロル、ケイトについて行って話して来てくれ。俺たちは外に馬車を回す。ミナツギ、二人についてくれ」
「了解」
「サルーン、ベルン、ポーラ。たぶん急がないとどんどん確保される。東西南北別れて馬車を借りるぞ。いざとなったら4台で行けばいい。借りても借りられなくてもギルド前に集合だ、急ぐぞ」
「ああっ!!」
俺はすぐに外に飛び出し、南門傍の馬車の貸出店に飛び込む。すでに耳の早い商人たちが我先にと馬車の確保をしている。
ダンジョンブレイク。ダンジョンが何らかの要因で壊れ、大量の魔物が外にあふれる現象で、力を蓄えたダンジョンが成長する時に、著しく大きな変化を伴う場合に起きたり、ダンジョン自体の寿命で崩壊する場合があると言われている。めったに起こることではないが、ダンジョンから近い街などは壊滅的な被害が出ることがある。この国で最大の規模のダンジョンがある都市は、過去に一度大規模なダンジョンブレイクによって一度滅んでおり、その教訓を活かしてダンジョンからの魔物を悪戯に周囲に散らさないための、内に封じる厚い防壁で囲んだ街もある。そんな事ができるのはよほど力のある街で、この街だってダンジョンから少し距離を置いていたり、ダンジョン側の防備を厚くしているくらいの対策しかしていない。
「あんな小さな街では……」
ほぼ無防備に魔物の群れが直撃したのだろう……
どうにか馬車を確保してギルドへと戻る。結局借りれた馬車は2台。それぞれ4人別れて乗り、街道を疾走らせる。
「どけどけー!!」
やはり街方向から来る人が多い。皆いち早くエスタールから離れようとしているんだろう。ケイトとヒロルはずっと不安そうな表情で二人抱きしめ合っている。
「大丈夫だ、ギルマスもそれにフェイナさんと旦那さんだっている。みんな、大丈夫だ!!」
慰めにもならないが、あの3人がいることは非常に大きいはずだ。俺はそう信じて馬を走らせる。
「あれは!?」
街道の先に黒煙がいくつも上がっている。エスタールの街だ。
「前っ!!」
サルーンの声に道に視線を戻すと、魔物がウロウロとしている。
「敵襲!! 馬車は置いて、歩いて街へと行くぞ!!」
周囲の敵はすぐに排除する。森沿いに魔法で木々を倒し、簡単な防壁を作り、そこに馬車を隠す。たっぷりの餌と水を置いて、ここからは走って街へと向かう。夜通し走ってくれた馬たちが必死に水を飲んでいる。
「悪かったな、助かった。頼むぞ、間に合ってくれ……行くぞっ!!」
エスタールの街を救いに行くのだっ!!




