40杯目 足掻き
森の中を無理やり駆けている性でそこら中に小キズが出来ている。
猪突猛進力でゆっくりと治っていってくれるので気にならないが、それよりも魔獣うが確実に俺に近づいてきている。
進路を変えても、あの甲高い音が響くとまっすぐに俺に向かってくる。
森の木々をまるで枝でも折るかのように倒しながら近づいてくる魔獣の気配。
振り向けば眼の前に魔獣がいるのではないかという恐怖心が俺の心臓を鷲掴みにしている。
「使えるもの、使えるもの……」
振り返ってもこの暗闇ではよくわからない、それどころか木に激突して痛い目を見た。
それでも恐ろしい、木々の倒れる音がもう間近にまで迫ってきている。
「こうなったら……」
俺は走る方向を変え、道に出る選択をする。
どうやっているか知らないが、多分あの甲高い音が関係しているのだろうが、俺の位置を把握されてしまうのなら森に入っている意味がない。
だったら俺が最大速度で走れる道のほうがまだマシだ。
靴の換えもまだある。森に設置した罠を利用する手だってある。
キィィィィィィン!
またあの音だ!
【ソコカァ!! チョコマカトォォ!!】
奴の雄叫びもずいぶん近くまで迫っている!
木が邪魔だ!
枝が邪魔だ!
葉が邪魔だ!
蔦が邪魔だ!
とにかく、今できる最大の速度で魔獣から逃げるっ!
次のあの音の直後に道に真っ直ぐ向かう方向に転換するっ!
キィィィィィン!
来たっ!
俺はリスクを取ってかち合わないようにほぼ引き返す方向にダッシュした!
かなり至近距離の木が倒されていく、その脇をすり抜けて最後の逃走を開始する!
すれ違いざまに気が付かれればすべてが終わり、しかし、魔獣は方向を変える気配はない!
賭けには勝った!
後は、走る!!
痛みなんて気にしない、とにかく全力だ!
枝葉が皮膚を傷つけようが何しようがお構いなしだ!
背後の木々を踏み倒している魔獣の相手をする事に比べたらこんなことは些事でしか無い!
キィィィィィン!
来た、バレた! 急げ急げ!!
もう方向的には道に進むしかない、悪あがきで少しだけ角度を変えるが、背後の気の倒れる音は直ぐ側まで魔獣の接近を示唆している。怖くて後ろも向けない。
「出たっ!!」
道に出て、靴を換装し、気合を込める!
「頼むぞ、相棒!」
本気の全力走り! 自分の脚で出せる最大の速度で加速していく、特殊塗料の光を当てに全力疾走していく。
ドーンっ!!
すぐ背後の木が倒れ、道に魔獣が出てきたであろう。
【ミツケタゾォ!! ニンゲンー!! ワオーーーーーーーン!!】
ビリビリと空気が振動するほどの雄叫び、一足で飛びつかれないように、すでに手を打った。
【ガァッ!? ナンダ!? クサイ! アツイ!!】
刺激性の特に強い香辛料を空中に散布しながら走り出した。
このあたりの空気は激辛だ!
無駄に叫ぶからだよっ!!
俺は完全に速度に乗った、木々が後ろに吹っ飛んでいく、目印の淡い光が線を引いて暗闇に浮かび上がって、綺麗だなぁ……って現実逃避をしたくなる。
猪突猛進状態では極端に制動性が悪くなる。少し曲げるのでさえ距離的に余裕を持たないといけない、直角に曲がるなんて絶対に不可能だ。身体を思いっきり傾けて緩やかなカーブを曲がっていく位しかできない……
だが、今は森の中を蛇行している道を出来る限り早く進む必要がある、そのために編み出した。
「おりゃぁ!」
猪突で地面を突き刺し、身体を浮かせて進む軸をズラす。
これによって瞬時に横に走行ラインをズラスことが出来る。
眼の前に高速で迫る木々を、このテクニックを利用して進むのは、綱渡りのような緊張感がある。
しかし、この賭けをしたおかげで、一つ解ったことがある。
この状態の最速で走っていると、魔獣には追いつけないようだ。
背後に罵声を浴びながら進んでその事実を知った時、少し安心した。
が、一度でも失敗して木に激突しようものなら、それだけでも大怪我を負う可能性だってあるし、絶対に追いつかれるという、まさに前門の虎、後門の狼。
決死の大脱走劇はまだ終わらない。
【ガッハ! ユルサンユルサンユルサンユルサンユルサン!!!】
咽るなら黙っていれば良いのに、背後からは魔獣が大声で俺に怒りをぶつけてくるし……全く生きた心地がしない。
そして、このままある程度の距離を保ってしまうと、街道から街へと行きこの情報を伝えるという目的を達成できない……
蛇の生殺しのように、俺の首筋に奴の牙が迫っているような気持ちは全く晴れることがなく、逆に胃を締め上げてくる。
「はぁ、はぁ……」
この逃走劇の終わり、俺自身の終わりもそう遠くないと感じさせる。
身体が、疲れを意識してきた……
全力疾走によって猪突猛進の回復量を超えてきているのだ。
そりゃ、そうだよな……
こんなおっさんが、こんな速度でこんな距離を走れている方が異常なのだ。
「見えた!」
黒煙を上げているコボルトの街を確認する。
此処から先は自分たちで用意した獣道になるので、ほぼ一直線……
しかし、森を抜けてしまえば、街道の傍に出てしまう。
もし、引き離せなければ、そこでなんとか敵を足止めしなければいけない。
先程から魔獣は騒ぐのをやめ、多分走ることに全力を注いで俺を追ってきている。
殺意の気配は、少しづつ俺に近づいている気がする。
後ろを振り返る余裕はないが、俺の全力より、ほんの少し敵の速さのほうが早いのかも知れない……
やるしかない。




