護衛隊長も、いろいろと侮れない!
宿泊所の扉をそっと開けて、確認する。
よし、誰もいないみたい。
混み合う昼食時で、この時間帯は全員が働いているからだ。
シルヴァとゴブリン子ちゃんも、そっとついてくる。
——そういえば、後でシルヴァにもゆっくり、お礼を言っておかなきゃ。
あの夜、助けてくれてありがとうって。
それにあたしのせいで、厄介なことになったんだから、謝らなきゃ——。
扉の前で、いつもの合図の軽い咳払いをする。
鍵を開けようとすると——
——あれ?
鍵が、開いてる?
あたしはシルヴァとゴブリン子ちゃんを目で制し、囁く。
「ここで待ってて」
慌てて中に入る。すると。
「————!!!」
そこには、支配人と——あの、金の肩章をつけた護衛隊長がいた!
しかも、窓の外には数人の人影も見える。
護衛兵達に違いない。
やっぱり、この支配人——!!
護衛隊に知らせたんだわ。
それにしては、やけにやってくるのが早い気もするけど……
ヒナは、いつもの部屋の片隅に、真っ青な顔をしてうずくまり、あたしを見つめている。
魔法陣は効いてるの?
ヒナ、見つかったの?
「しっ、支配人、これは——」
真っ青になるあたしに、支配人が眉を上げて見せて、言う。
「この方が——もう一度確認したいとおっしゃってね。君の昨日の態度が、どうも引っかかるからと——」
護衛隊長が言葉を続ける。
「ああ。君の態度——青くなったりガタガタ震えたり。おかしいじゃないか。
それにこの部屋の香りだよ。あとで考えたら——
——あの夜、聖女様が逃げた夜、森じゅうで薫っていた不思議な花のような匂いと、同じ気がするんでね」
どうやら、ヒナは見つかっていないみたいだ。
だけど——
だけど、この状況は、すっごくまずい。
まずいどころの騒ぎじゃない。
「支配人。この時間帯は、宿泊所は無人のはずじゃなかったかね」
「ええ——でもこの娘、昨日から具合が悪いみたいなんで。今日は少し休むよう言ったんです」
え?
ちょっと支配人、結局あなたはどっちの味方なのよ?
「ふむ。確かに顔色が悪いな」
青ざめたあたしを見て頷く。
「君——この部屋の香りは、一体なんなんだね?
私はこれでも、職業柄知っていることはたくさんあってね。
これは、ゴブリンの涙を混ぜた薬の、独特の香りだ」
「ゴブリンの涙——」
「ああ。ゴブリンの涙を混ぜた薬は、こんな香りがするんだ——わかるかね、この花の香りについてくる——苦いような、尖った香り」
まずい。本当にまずい。
何か、何か言わなきゃ。
「これは——昔、行商人から買ったものなんです。気に入ったので、部屋の芳香剤に時々使ってます」
「芳香剤ねぇ……それ、ちょっと見せて」
見せてって! ちょっと!
そんなもの持ってないわよ!
と。
ふくらはぎに何か小さい、固いものが当たり、床にポトリと落ちる。。
見ると、木の実だった。
ゴブリン子ちゃんが、薬を入れておく木の実。
——あの二人には、部屋の外で待っているよう言ったけど。
きっとこの状況を察したゴブリン子ちゃんが、薬入りの木の実を投げてくれたんだわ。
「あ、これです。これ。こんなとこに落として——ポケットに穴が空いてるのかしら?」
口から出まかせを言って護衛隊長にその木の実を渡す。
「……木の実の入れ物か。変わってるね——おや、中はカラッポじゃないか」
木の実のカサを取ってみた護衛隊長が、不満気に言う。
「そ、そうなんです……ちょうど使い終わってしまって……」
護衛隊長は不審そうに木の実を調べ、匂いを嗅ぐ。
「他にないのかね。予備は」
「ないんです……買ったのも、だいぶ前のことだし……」
護衛隊長は木の実を握りしめた。
「わかった。とりあえず、これは没収させてもらうよ」
そして、あたしをじっと見つめる。
「君、昨日私たちの話を盗み聞きしていたろう。
——何か、知っているのじゃないかね。聖女と、その同行者について」
「えっ!? ……あ、あたしがですか? ……まさか」
「君、新入りだということだが。
その前——一ヶ月前はどこにいたんだね。
この酒場に来る前。君の出身はどこなんだ」
——完全に、疑われている。
下手なことを言えば、この場でバレて、すぐに捕まってしまう。
でも、まさか白銀山の麓村から来たなんて、口が裂けても言えない……
どうしよう。
どうすればいい?
殴って気絶でもさせて、その隙に逃げる!?
あたしはとっさに周囲を見回す。
あ、あの火搔き棒——
と。
「あ、君!!」
そう支配人が叫ぶ声が聞こえたかと思うと。
突然の眩暈と視界の暗転、一瞬ののち——。
あたしは頭を、したたかに打ち——気絶したのだった……。
続く




