精霊がなかまになった!
白銀山を、統べる者——。
そう言った青年は、あたしの反応を待つかのように無言であたしを見つめる。
でも、あたしは——青年の言うことにすっかり毒気を抜かれてしまったあたしは、何も言うことができない。
だって……どうしたらいいのよ。
この人がゴブリン子ちゃんのご主人様かもと疑った時は、我ながらなんて突拍子もない! と反省したのに。
もっと素っ頓狂で、突拍子もない話じゃないよ——!!
とりあえず、——期待に応えて、なんでもいいから言葉を絞り出してみる。
「……シルヴァさん……ですか。
白銀山を統べる……ってことは、白銀山にあなたの国があるとか、そういうことなんですか」
一瞬の沈黙のあと。
「……ナギ様……。」
あたしの返事がよっぽど間抜けなものだというように、ゴブリン子ちゃんは目を瞑ってため息をつく。
「ナギ様。この方は、白銀山の自然や命、平和を守る精霊なのです……ある意味、山の化身というか……。
この方自身が、山そのもの、という存在なんです」
やまぁ?
山の化身???
霊峰とも謳われる、あの巨大な山の???
この、普通の人間にしか見えない青年が?
もう、ぶっ飛びすぎて、返事する気力もないわ。
——というか、この二人、大丈夫なのかしら。
ちょっと、思考回路が迷宮化なさってるのでは……ははははは……
「へええ……」
あたしの気の抜けた返事に、ゴブリン子ちゃんがイライラしたように言いつのる。
「へええ、じゃないですわ。ナギ様、ワタクシの申し上げたこと、ぜんっぜん信じてないでしょう!
シルヴァ様は、人間やモンスターとは次元の違う存在なんですよ?
護ったり、祟ったり、下手に扱うと恐いんですからねーー!!」
「おいおい、まさか祟ったりはしないよ、いくら何でも」
青年——シルヴァが苦笑する。
ていうか、山がなんで遠くに出歩いたりしてるのよ。
山の——精霊?
自分の山を放ったらかして、ほっつき歩いちゃっていいわけ?
なんだか意味不明な話に、すっかり頭が真っ白になっていたけど。
「あ、そうだ!」
あたしは急に思い出して叫んでしまう。
「そんなことより、すぐ逃げなきゃ!
……あの支配人、あたしの正体にほぼ気がついているみたいなのよ。
今にも追手に連絡を取っているかもしれない。だから、逃げなきゃならないの!」
「そんなことよりって……」
ゴブリン子ちゃんは明らかに不満げな顔をする。
そうよね。
彼女にとっては、第一の目的はこの人を探すことだったんだ。
あたし達が逃げる話は、二の次よね。
でも、あたし達にとっては、しっかり逃げのびるのが第一なんだから!
「ゴブリン子ちゃん、あたし達が逃げられるよう、手伝って。お願い!」
ゴブリン子ちゃんは肩を落とす。
「そうでした——
……あたしの名前は『ゴブリン子ちゃん』。
ナギ様にお願いされたら、断ることはできないのです……」
はらはらと、惜しげもなく貴重な涙を流す。
「ご主人様」
青年に——シルヴァに向かって何か言おうとするゴブリン子ちゃんを、彼は手で制する。
「ペタル……今はゴブリン子ちゃん、というのか。
なかなか陽気な、いい名前じゃないか——僕をご主人様と呼ぶ気遣いは、もういらないよ。
ナギが、お前の主人なのだから」
ゴブリン子ちゃんは、本当に辛そうに泣く。
「シルヴァさん……」
「ああ、シルヴァと呼び捨ててくれていいよ、ナギ。君のことは生まれた時から知ってるし。家族みたいなものだよ」
いや、あたしは知らなかったんですけど。
「……シルヴァ、ゴブリン子ちゃん……本当に悪かったわ、あたしがうっかり名前をつけてしまったせいで……。
あなたを自由にしてあげたいところだけど、これから逃げるのにどうしても手助けが必要なの。
上手く逃げおおせたら、シルヴァのところに戻ってもらうって、約束するから」
ゴブリン子ちゃんは恨めしげにあたしを見た。
「他のゴブリンに、ゴブリン子ちゃんって名前を付けてですか? ……都合よく他の誰か、ご存知なんですか」
「……そういうことになるんだったわね。あたし、死ぬつもりもないし……その時は誰か紹介してよ」
そう。他のゴブリンに同じ名前をつけるか、または名付けた主人が死んでも、『名付けの宿命』は消えると言っていたけど。
……あれ?
そういえば、シルヴァは生きてる——ってことは、他のゴブリンに名前をつけたってこと?
その割に、誰か連れているような気配もないけれど。
「まあ——とにかく、いますぐヒナを連れて逃げなきゃならないの」
シルヴァはうなずいた。
「そういうことなら、僕もお伴するよ。
……まだ色々話したいことや、伝えておかなければならないことがたくさんあるからね。道中、ゆっくり話そうか」
道中ゆっくり、だなんて呑気な言い方が歯がゆいんだけど。
でも——そうだ。
あたしも、聞きたいことがいろいろある。
なんであたしを探していたのか。
それに、あたし達の見た目が入れ替わったということも。
精霊と姿が入れ替わるって、あり得るの——?
でもこの人、ゴブリン子ちゃんに、『問題を解決しに行く』とかいう書置きを残した、って言ってたっけ。
何か、知っているのかもしれない。
元のあたしの姿に戻る方法を——。
それになぜ、どうやってゴブリン子ちゃんの名付けの宿命を解いたのか。
何か『名付けの宿命』を解く、別の方法があるのかもしれない。
まあ、今さらどうでもいいっちゃいいんだけど、あれだけゴブリン子ちゃんを驚かせた硬貨についても、興味はある。
それにシルヴァが一緒なら、ゴブリン子ちゃんも安心するだろうし。
色々と、その方がいいかもしれない……。
「わかったわ。こうなったら、毒を食らわば皿まで、よ。すぐに、逃げましょう」
こうしてあたしは二人を従えて、ヒナの待つ部屋に向かった。
続く




