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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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夢魘


 ときわの森は魔女の森。人を惑わせ、迷わす。幻覚に襲われて、気が狂ってしまう場所。迷えば二度と出てこられない。現実的に言えば、ときわの森深部では磁場が狂う。生い茂る木々が太陽の動きさえも隠してしまう。そして、生まれた靄が在りもしない影を見せ始める。


 ときわの森の中にいれば、あの魔女が捕まることはない。リディアスに捕まえさせるわけにはいかなかった。リディアスに魔女を渡してはいけない。あの魔女が一体何をしたというのだ。何かをしたのはゴーギャンであり、勝手に怖がっているだけじゃないのか。それはリディアスだって同じだ。


 ダルウェンと父が話をしていた。魔女狩りを避けられない。魔女を庇ったと分かれば、ディアトーラが危ない。何かよい言い訳はないだろうか……。


 白い闇の中、ルオディックは闇の中にあるやはり白い雲のような波に流されていた。夢の中なのだろう、しかし、明晰夢にしては思い通りにならない。


 ターシャが「坊ちゃまが帰って来ない」と騒ぎ出し、ダルウェンがリディアスの兵を連れ立って、ルオディック捜索隊を引っ張るようにして森に入って行った。おれは探さなければ出てこられないほど子どもじゃないぞ。おい、聞いてるのか? リディアス兵を連れて来るな。だから、大丈夫だって言ってるだろう?


 ルオディックはその夢の中でもがくように光を掴み、起き上がった。


 そこには、この世に生を享けなかった姉がいて、その姉がルオディックの介抱をしてくれている。姉はあの魔女が着て帰ってしまった緑色の洋服を着ていて、墨を流した様な黒髪にオニキスのような黒い瞳をしていた。まるで母には似ていない。そして、父にも似ていない姉だった。


 姉は起き上がったルオディックを見つめると、ふっとあぶくのように消え去ってしまった。そして、ルオディックは青く光る水の中に沈んでいることに気が付いて、光がある方向へと手を伸ばし続けていた。そのうちにとうとう肺の中に残っていた空気全てを吐き出してしまったようだ。吐き出されたあぶくが掴みたかった光にその身をくねらせて、ルオディックを置いて上昇していく。反対にルオディックの身は下降していく。


 もう駄目だ、と思った時、あの魔女が沈んでいくルオディックの手を掴んだ。


「あなたは何を願うの?」


 そうだな……いったい何を願おうか……。


 それでも、ルオディックの体は沈んでいく。深い深い海の底、ルオディックはなぜか藍を見ていた。体が思うように動かない。それでも、ここが沈んでしまった海の底ではないということを、どこかで確かに知っていた。


 あぁ、そうか、月が窓に見えるからか……。納得したルオディックは、忍び込むにはいささか不自然な月の形を眺めた。ルオディックは誰もいない冷たい石の廊下を歩いていた。だけど、それが自分であるようで、全く違う者であるような感覚があった。映る影も、その足も、その腕も。『(あお)い』と感じる自分の感覚すらも、他人の物のようだった。


 一つの扉の向こうに魔女がいた。あの魔女だ。しかし、これも、何だか違う。魔女は怪我をしていて、草臥れていた。


「名前は?」


そう言えば、名前を聞いていなかったのだ。あんなに長い時間一緒にいたのに。魔女はあの綺麗な瞳でルオディックを見上げ答えた。


「……」


魔女の名前を聞いたはずのルオディックの頭に、何故かその名は残らなかった。それなのに、ルオディックは納得して、自分の名を名乗った。


「……か……おれは、ル……」


何だか違う気がして、ルオディックの言葉は途切れた。何かもっと、もっと違う名を名乗った気がするのだ。それなのに、何も思い浮かばない。海の水が頭の中に満たされる。とても気だるかった。


 突然、むせ返るほどの熱気に包まれた。足元に熱を感じる。そして、途端に炎が体を這いあがる。熱い、助けて……。そう思った途端熱気は無くなった。人だかりが見えた。その向こうに磔台。縛られているのは、あの魔女だ。


「どうして、そんなことに」


ルオディックは自分の無力さに拳を握る。魔女の口が動いた。


「容姿に騙されるな。奴らは悪魔だ」


魔女の足下に火が添えられる。あの魔女が消える必要なんてない。


 その火は、おれに向けられるはずのものだろ? 


 火とも、陽ともとれる光が辺りを包む。そして、溢れた光に景色が呑みこまれる。緑に輝くときわの森に、ルオディックは立った。大空を支えるがごとく枝葉を広げる、あの巨樹の麓だった。そこに立つのは、小さなルオディックと、小さなあの魔女だった。


 ルオディックはそこで涙を流していた。




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