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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
第二章 消えゆく過去の澱みの中で
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時を止める


 ときわの森は時輪の森。時は巡るが、動かない。むかしむかし、そんなことを願った者がいたのだそうだ。記憶を保持したければ、ときわの森へ行けばいい。ただ、時の遺児が集まるという理由で人間たちは解釈している。



 魔女は雨の滴る窓辺を眺め、つまらなそうに椅子に座り、足をぶらつかせていた。ときわの森に降る雨は長雨になることが多い。ラシンが貼ってくれた湿布のお陰でだいぶ痛みが治まってきていて、明日には完治しそうな勢いだった。


 人間があれだけ看病してくれたのに、全く治る気配がなかった傷を見て、人間とは不自由に出来ているのだな、と魔女は雨を眺めている。ところで、ルオディックは無事に家に帰れただろうか。彼は銀鈴の声が聞こえないと言っていた。迷わされることはないだろうが、迷子になればとても危険だ。人を丸呑みにするボヨの仲間や、人間の血を求めるレッドキャップの仲間。変わり種では目を集めている者もいる。あれだけきれいな青の瞳、欲しがらないわけがない。


 そんなことになっていたら、どうしようと、慌てて立ち上がると、椅子を蹴倒し、尻餅を付いてしまった。強かに打ち付けたお尻を気にするも、魔女は足首を撫でた。力を入れるとまだ痛いらしい。そこへラシンがお茶を持ってきた。慌てて立ち上がった理由を悟られないように、気を付けて椅子を戻したが、すぐにラシンが諌めるような表情を浮かべた。


 魔女は何でもなかったかのようにして、また立て直した椅子に座りその場を誤魔化す。そして、それをラシンに気取られないように、ルオディックの姉という者が村のどこにいるのだろうかと、わざと思考を向けた。


 程なくして、魔女は動けるようになった魔女は、気配を辿り森の深部へと歩き出した。雨は止み、晴れ間すら見える日だ。時が動くのだ。魔女はどうしてかそんなことを考えながら、母の樹がある場所へと足を向けていた。


 行かなければならない。魔女の中にはそんな使命感すらあった。


 そして、彼女に出会った。彼女はとても切ない表情を浮かべていて、母の樹の枝で陽の光を避ける彼女は今にも消えそうな存在だった。


「あなたがルオディックのお姉さん?」


微笑んだ彼女は小さく首を横に振り、それを否定した。




 魔女を消すためにあるとされる銀の剣。受け継いだのは、トーラの娘だとされている。悪魔に魂を売った母を救うためだというが、親を殺さなければならない運命を背負わされた娘は、どれだけ苦しんだことだろう。


 魔女がここ何日かやって来ているということはターシャからもダルウェンからも聞いていた。ややこしくなるので、これは妻には伝えていない。妻は甲斐甲斐しくルオディックの傍で看病を続けている。そして、時々歌を歌いながら庭へ出て行き、花を摘んでくる。そして、今朝、とうとう眠気に勝てずに昏々と眠り始めたところだった。無理もない。帰路の間も一睡もせず、帰って来てからもずっと眠っていなかったのだから。


 魔女が薬を持ってきているということを知ったのは、一昨日前の夜だった。いつもは自宅に帰るダルウェンが申し訳なさそうにやって来て、申し上げにくいのですが、とビスコッティに伝えてきたのだ。


 魔女が薬を持ってくる時は、その者が魔女の薬でしか助からないということを意味する。そして、魔女はその人間を村へと連れ帰る。


 これは、リディアスの者を帰すよりも難しい問題だった。


 もちろん、このリディアスの問題も残っているのだが、魔女が逃げ切ってくれたこととルオディックの目が覚めないことはディアトーラにとって良い結果にはなっている。これはダルウェンとターシャの小芝居が功を奏していたのもあった。


 それに加え、ダルウェンの町の者との信頼関係がなければ、ゴーギャンが漏らしていたかもしれないし、町医者が火種になっていたかもしれない。いや、リディアス相手なら、確かに難しいが、交渉も出来ただろう。人間相手なのならば、まだ……。これ以上、手を出すことのできないビスコッティは残されたもう一つの問題について大きなため息をついた。


 ここに残ったリディアスの者。ルタ・グラウェオレンス・コラクーウンだ。銀の剣の所持者であり、トーラの娘である者。ここの創始者ルカの姉とされる者の名でもあった。


 あの兵たちはあの女がいたお陰で引き下がってくれたようなものだった。しかし、彼女は条件を出してきた。大きな条件ではない。ただ、ルオディックの目が覚めるまで彼女がここに残るということだ。その言い分も分かる。魔女を庇ったかもしれない息子を逃がさないためだ。だが、だからこそ引っ掛かる。あのリディアスが、ここでこのまま処刑を言い渡さない理由が見当たらない。


 ただ、彼女がどの立場でここに残ったのか、それが問題なのだ。


 そして、息子の行動を思い起こす。長剣を持って出て行ったということは、それなりに考えていたのだろう。鬱蒼とした森の中では、脇差しだけの方が動きやすく、魔獣相手でも小回りが利く。ディアトーラに住む者ならそのちぐはぐにすぐに気付くだろうが、逆に相手がリディアスの者と考えれば、脇差し一つで魔女を退治しようなんて言い訳が通用しない。きっと、魔女を確実に送り届けた後だったのならば、あの魔女に危険が及ばない場所であったのなら、息子は魔女を追いかけたくらいの嘘はついていたはずだ。そのための長剣。留守を護る者としてはよくやったとは思っていた。しかし、思いは複雑だった。


「全く馬鹿なことをしてくれた」


 どうして、直ちに森へ返さなかったのか。魔女を庇えばこの国がどうなるかくらい知っているだろう? 魔女狩りが起これば、ときわの森にいる魔女たちがどうなるかくらい分かるだろう? いや、それ以上にお前が助けた魔女をお前自身で処刑しなければならないかもしれないんだぞ。


 そして、ビスコッティは息子を失うかもしれないのだ。







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