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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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時は儚く散りにけり・・・1


 ランドは自分の上司だったラルーの言葉を思い出しながら回転椅子をぐるりとゆっくり回して部屋を見回した。


 例えば、ワカバは何かをきっかけにトーラを持って生まれ出た。トーラの法則で言えば、盤上の駒の誰かが願ったのだ。そして、トーラにとって不都合極まりない魔女を生み出さなければならなかった理由がどこかにあったのだ。ランドはもう一度同じようにぐるりと回転椅子を回した。同じ景色だが、少し違うような気もする。魔女が崖から飛び降りた事実は周知だったが、ワカバに関わる者たちの中から、ワカバは確実に消えつつある。


 『ワカバ』が消えてから、少しずつおかしいのは、ワカバを止めるために銀の剣が使われなかった、ということなのではないだろうか。


 ということは、そう、ラルーの言葉を借りるなら、ワカバのいない世界は消えてなくなる。少なくとも、ランドの生きているこの世界の崩壊だ。しかし、崩壊とはこんなに緩やかなものなのだろうか。


 答えはランドの中に生まれてこなかった。




 キラはワカバの手を掴めなかったのだ。いや、もし掴めていたとしてもいったい何が出来たというのだろう。大勢いるリディアスの兵を相手にワカバを護り切れたかといえば、当然出来はしない。今と同じ結果が待っていただけで、簡単に取り押さえられていただろう。


 あの時一緒に飛び降りればよかったものを、どうしてキラはあんな場所で立ち竦んでしまったのだろう。その結果こんな醜態をさらすことになってしまった。


 魔女が崖から飛び降りたということが瞬く間にリディアスに広がった。しかし、リディアス国王のアイルゴットは未だに魔女に怯えて、民衆の反乱を警戒している。そして、キラはリディアスの監獄に入れられた。それは別におかしなことではなかった。魔女を庇おうとした頭のいかれた人間をリディアスが捕まえるのはごく当たり前のことであり、あの状況でキラが逃げ果せることもなかったのだから。しかし、おかしなことがある。キラは一般囚なのだ。


 『キラ』は捕まることがあれば、二度と出て来ることのない地下監獄へ送られるはずの者であり、その上魔女幇助という罪名まで加わっているのだから、極刑を免れるわけがない。少なくとも、ルリの祖母よりも軽いはずがないのだ。もちろんキラがキラであるということが明るみに出ていなければ、あり得るのかもしれないが、クイーンが顔の割れたジャックを生かしておくとは思えない。クイーンは見せしめにでもするかのように、ジャックを覆うベールをすぐに剥がす。そして、『正義』の名の許ジャックを始末する。キラのいる世界は、そんなものだ。それなのに、キラは一般囚だ。


 だから、キラは毎日聖書を読まなければならないし、自分の犯した罪をノートに書き付けなければならないし、味気のない食事を与えられ、集団行動をとらなければならなかった。朝礼が始まる少し前になると、キラはどうして地下監獄行きが見過ごされているのか、ということが気になってしまう。定規のように生真面目な看守がキラの整列する前を通る度に、「何かの間違いではありませんか」と尋ねたい口をぎゅっと閉めるのだ。あそこなら、ただ死を待ち続ける日々であり、関わりたくもない人間たちと過ごすこともなかっただろうに……。自らジャックでありどのようなことをしてきたかということを告白出来ないのがとても残念に思えることさえあった。通し番号の号令が終わるとそれぞれに与えられた役目に回る。役目と言っても国の衛兵達の雑務をすると言ったところだろう。使われていない防具、武器の手入れや、衛兵達の食事作り、房内の清掃、草むしりなどだ。それらが終わるころにちょうど夕刻になり、またそれぞれの房内へと戻る、という毎日だった。


 房内へと戻ると、名前も知らない通し番号の者たち三名との共同生活が始まる。薄っぺらい布団を三組敷き、ちゃぶ台を拭くと、それはそれは質素な夕餉が配られる。一応模範生と括られている班に入れられているせいか、きちんと聖書を読んでから、夕餉を頂く。全くおかしな場所だった。しかし、そのお陰で看守による食事の上に黒いアブラムシを乗せられるという意味の分からない嫌がらせは受けずに済んでいる。


 二ヶ月が過ぎた。いつも立ち止まることのない看守が、おもむろに鉄格子の前に立ち止り、キラを呼んだ。


「一〇一三番出ろ」


房内の夕飯の片付けが終わり、夜具を用意している時間、看守が扉を開いて言ったのだ。刹那の間キラは穴が開くほどに看守を見つめ、そのキラを万引きやら詐欺、空き巣、スリなどで捕まったらしい奴らが不審そうに見つめていた。


「早くしろ」


何が起きているのか把握できず、動く前に返事すらしないキラに、看守がじれったそうに言葉を継ぎ足した。


 何も言わずに連れ出されるということは、このまま極刑を言い渡されるのかもしれない。やっと、キラの身元が明るみに出て、刑が執行されるのだ。魔女罪も加わっているのだから、おそらく磔見せしめの刑ののち、斬首。そんなことを頭に過らせながら、キラは素直に看守についていった。手枷は嵌められたまま、腰に縄をつけて、それを看守が引いている。キラは自分の置かれている状況を冷静に考えた末に、処刑を導き出していた。


 しかし、連れて行かれた場所は、その考えを否定する場所だった。


 外と中を大きく隔たれる壁の中には囚人が娑婆で来ていた衣服や、外で生きていくための必要最低限の物が収蔵されていて、キラはその中から番号札の突いた自分の服を返された。僅かながらここにいた時に勤めた奉公代も寸志という名のもと手渡された。キラは肩透かしを食らったような感覚を覚えた。


「面会の者が待っている」


そう言った看守から、キラは衛兵へと渡された。衛兵の顔には見覚えがあった。あの愚痴ばかり言う衛兵だ。彼は目を伏せたままキラの腰紐を持って歩いていた。


「あの、これは外してもらえないんですか?」


キラはその衛兵に尋ねた。彼は申しわけなさそうに「あぁ」と一言呟いた。釈放、というわけでもないのかもしれない。


 キラが連れてこられた場所は、おそらく壁の出口近くにある粗末な薄っぺらい事務扉の前だった。扉には『面接室』と角ばった字で表示がある。そこで衛兵はやっと手枷と腰紐を外した。


「いいんですか?」


まだ危険かもしれない奴だからここまで付けていた枷のはずだ。それなのに、面会相手を前に外すのは非常識だろう。


「あぁ、ここまでは必ず連れて来いとのことだった」


無感情に呟いた衛兵が(こうべ)を垂れた。


「……悪かった。お前の人生を狂わせたのはおれかもしれない」


キラはその衛兵は色々なことを勘違いしているのだと思った。キラが塀の中にぶち込まれるようなものになったのは、あの時この衛兵が、キラの栄誉を称え上の者に仕事を失わないように計らわなかったからではなく、キラ自身が『キラ』を選んだせいだ。


「本当に申しわけなかった」


「いえ、何も気にしないでください……悪いのは僕なんですから」


キラはそう言って、扉を閉めた。彼とキラを隔てる薄い扉は心寂しい音を立てて、世界を閉じてしまった。



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