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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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女神のおはすところにて・・・4


 部屋割りの結果、シャナとワカバが一番奥の部屋、そして、アブデュル、キラの部屋というように玄関へと近付いていく。ワカバはそれを考えるだけで荒野に一人取り残されているような感覚に陥った。もし、キラ達が消えてしまっても、彼らがワカバの部屋の前を通ることがないのだ。ワカバは必死になって耳の感覚を研ぎ澄まし、何も聞こえてこないことに安堵しつつ不安を扇がれていた。そして、足音が耳に響いてきた。大勢で何かを責めたてるような、ばらばらなのに揃った足並みの音だった。音が止まると扉が開く音が聞こえ、怒鳴るような、押さえ付けているような声が響いてきた。地獄にいるような気分だった。この音には嫌な記憶がある。布団を頭から被っても眠れない。音が気になって仕方がない。


 みんなはそれぞれの部屋にいるのだろうか、いないのだろうか。考えれば考えるほど拠り所がなくなって、あの神父という人の優しい顔でさえ微笑みの仮面を付けた悪魔のように思えてしまう。ラルーがいけないのだ。こんな時に現れるから、ランドの言葉を信じられなくなってしまうのだ。だから、やはりラルーが悪い。そうだ、全部ラルーが悪い。あの時、ラルーがワカバを置いてどこかへ行ってしまったから、ワカバはキラに会い、こんなにもラルーの言った言葉が信じられなくなっているのだ。だから、あの時ラルーの言った「あなたは悪くない」という言葉が正しいのだ。「全てはわたくしの過ちに起因するのです。だから、あなたは悪くない」


 しかし、人間のキラやシャナがいなくならないということも、また信じられない。このまま人間の傍に居続けると、もしかしたらおとぎ話に出てきた魔女のように焼かれてしまうのかもしれない。人間は魔女が嫌いなのだ。そして、魔女は人間を恐れる。何も出来ないと思っていた人間は、時に魔女を油断させて牙を剝く。ワカバの場合はもっと最悪だ。何も出来ないワカバは何でも出来る人間に殺されるのだ。

考えれば考えるほど冴えてくる目を開き、ベッドから降りた。扉を開けるとその隙間からシャナの叫び声が、キラの静かな声がすとんと耳に入ってきた。


「だいたいねぇ、誰が好き好んで魔女なんかと一緒にいるっていうの?」

「……そうだな」


 ワカバの耳は閉じられた。ワカバがいるからいけないのだ。だから、みんなが困っている。


 気付かれないように扉を閉めたワカバは、重い足をやっと動かして、ベッドへと戻り、その上で膝を抱えた。このまま消えてしまえばいいのに。ワカバは出来るだけその体を小さく小さく縮めこんで、時を過ごした。何も見たくない、何も聞きたくない。そんな思いが無意識にワカバの瞳を固く閉じさせて、両手でその耳を覆わせた。


 そして、真っ暗だった部屋の中に明かりが広がるのを感じたワカバはその光の向こうを覗った。シャナが扉を開けたようだ。キラは見えない。


「何してるの? ねぇ、ちょっと散歩に出掛けない? あたし今すっごくむしゃくしゃしているの」


首を傾げるワカバにシャナはまだ続けた。


「耳なんて塞いでるから大事なことが聞えないんでしょっ? いいから来なさい」


マーサよりもずっと高圧的で有無を言わせない雰囲気があった。そして、ワカバの閉めたはずの心の扉の鍵穴から覗くようにして、シャナはワカバに声を掛けてくる。マーサの場合は鍵穴の向こうが楽しいもので溢れているのだと思えたが、シャナの場合違う。その鍵穴から覗く赤い瞳に恐れをなして、ワカバの扉は開かざるを得ない感じだった。シャナはワカバをワカバとして扱う数少ない人間である。そして、それはキラのものとは違う。シャナはワカバにワカバでいろと強要してくるような気がするが、キラは別に強要してくることはない。


 キラは……


ワカバの思考途中で、ワカバはシャナに手をつながれ、そのままシャナに引っ張られていった。木の床は少し軋みながらワカバとシャナの体重を受け止めて、ワカバを馬鹿にしているようにも思えた。外にはさっきワカバをその音で怖がらせていた風が、今度はワカバの体に氷を刺すかのように吹いていた。もちろんシャナも同じで、シャナはその寒さで腕を抱きかかえるようにして、小刻みに足踏みをしている。


「寒いっ!」


ワカバのほんの少し上からシャナの凍える声が聞こえてきた。


「ちょっと待ってて」


不思議そうにワカバを見つめたシャナはワカバを一人残して、また来た道を戻っていった。ワカバは一人だったが、さっきよりも孤独ではなかった。ちょうどワカバの真上に満月には少し足りないお月様が白く輝いていた。


 寒さは感じるが、それを寒い、と騒ぎ立てるほどではないくらいにワカバは冷え込んでいた。それはきっとワカバが弱くてシャナを信じていないから、だということにつながるのだろうと思うと、それがさらにワカバを冷え込ませた。


 シャナは「寒いっ寒い、寒い」と連発しながら戻ってくると、ワカバの頭から毛布をすっぽりと被せた。シャナがワカバの背中をさする。ワカバの目頭が熱くなり、それを堪えることに必死なワカバがいた。泣けば溶けてなくなってしまう。さっきまで消えたいと思っていたワカバは、そんな恐怖を感じた。


「ちょっと寒いけど、今夜はあの教会の中で眠ることになったから。心配しないで、あなたを一人にはしないわ」


ワカバはぎゅっと毛布を掴み、顔を隠した。シャナはワカバの肩を抱き、そのままワカバを誘導するようにして歩き出した。



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