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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
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女神のおはすところにて・・・2


「あの子、魔女なのよね?」


ここの教会の謂れを知らないシャナは教会の中でも全く動じることのないワカバを見て、いや、むしろ楽しそうに見えるワカバに対しての不安が過ったのだろう。それはシャナがキラ達と一緒にいる理由を失くしてしまうということにつながる。ただ、ワカバが魔女に見えようと見えなかろうと、ワカバは歴とした魔女であり、高額報奨金のかかった者であることに変わらない。


「あの子、ワカバって名前? いくら聞いても答えないのよね」


その言葉がキラの胸の奥にずんと刺さって重たい痛みを蘇らせた。もちろんシャナがわざとその言葉を選んだわけではないのも知っている。こんな風に感じるのは、キラに後ろめたさがあるからで、そう感じることに納得できていないからなのだ。だから、シャナが悪い訳ではないのだ。しかし、目の前にいる者に対して、恨みがましく思ってしまう。キラはそう感じながら、意識を『ジャック』へと戻す。そして、ワカバという名前をそんなにたくさんの人間に知らしめて大丈夫なのだろうかという疑問にぶつかった。魔女はジャックと同じく名前を偽る者だ。それは特定されることが身の危険に繋がるからであり、どこの誰でもないから、である。そして、名前を握られるということは、弱みを握られることと同等になるからだ。


「あいつは大丈夫なんだろうな」


「あぁ、アブのこと? 大丈夫よ。そんなに頭のまわる奴じゃないし、欲もないから」


それは見て取れた。この人見知りの強い土地で、アブデュルとワカバがいなければ今夜泊まる宿すら危なかった。キラが教えた嘘をアブデュルが誠実におどおどと村人に告げれば、すべてが真実のように受け止められた。


「魔女騒ぎでワインスレー行きの船が止まってしまって、噂であの山を越えればいいと聞いたので」


いや、真実ではなく、明らかに嘘だということを見抜かれて、どちらかと言えば胡散臭い連中を自分達の力で葬り去ってやろう、という算段までつけられているという方が合っている。彼らはアブデュルの頼りなさに対して全く恐れを抱くことなく、上位に立ったという喜びを味わった。よって、キラ達は通報されることもなくここに留まることが出来たのだ。シャナは再び口を開いた。きっとアブデュルが戻って来るまでの暇つぶしにされているのだろう。そのついでに何かキラから面白いものでも拾えれば、儲けものという感じなのかもしれないし、キラもシャナと話していればワカバという存在から少し遠い場所にいることが出来る気がしている。そして、同時に、まだそんなことを考えるのか、と呆れている自分にも気付かされた。キラは一体どこまで足搔けば気が済むのだろう。


「ここって魔女を鎮める場所なのよね」


「あぁ」


「だから、あの子はあんなに静かなの?」


キラは黙ってワカバを見つめた。ワカバは聖なる場所で苦しみもだえるようなこともなく、平気な顔をして崇め祀られている白石の聖母を、好奇心たっぷりに見つめている。リディアスが言うように、本当にそんな力がここにあるのならば、ワカバはそれをも超える力を持つ魔女なのだろう。


「お前らは何でついて来たんだ?」


キラはシャナに顔を向けずに呟いた。それはまるで独り言のようだった。答えを求めたわけでもない。ただ、ぽっかりと空いてしまった何かを埋めたいがために続けた会話だった。


 キラ自身どうしてこんなにも頭がすっきりとしていて、何も考えられないのかが分からないのだ。ここに来るまではそうではなかった。思うようにならないことにもこの二人がついてくることにも、ランドがキラとワカバのつながりを知ったことにも苛々していたし、ワカバが喋らないことにも気が滅入ったままだった。やはりここは邪気を鎮める効果を秘めているのかもしれない。


「あたし達の勝手でしょう? あたしはあたしがいいと思ったことをしているだけよ」


 いや、キラの求めた答えはこれではない。尋ね方がまずかったのだ。きっと。


ワカバに掛けられた賞金狙いなのなら、キラと共にいるということは全く得策ではないということを伝えたかったのだ。機会はいくらでもあった。例えばランドを使えばどうにでもなった。あの兵士だってそうだ。ここの村人にだって同じことが言える。日の当たるところでは、キラは弱者なのだ。キラからワカバを奪うことなんて、とても容易い。


「勘違いしないでよ、別にあんたたちの味方ってわけじゃないんだから」


「いや、魔女の同行者と見られることに抵抗はないのか?」


キラだって、このシャナ達が味方だとは思ってはいない。しかし、シャナの周りにあった空気がほんの少し動いて、柔らかくなった気がした。


「あたしね、あの子にキャンプで会ってるの」


「キャンプで?」


優位に立ったことを喜ぶシャナの顔がキラの目に映った。


「そう、あの子ね、あなたのことを必死になって探していたの。なんか、それが面白くて。ちょっと一緒にいてもいいかなって思ったのよ。だって、あんな子が世界を揺るがす力を持っていて、リディアス誇るあの鉄壁から逃げ出して、その目を逃れている。興味が湧かないわけないじゃない。だから、同行者じゃなくて、あたしとあなたはライバルよ」


 少しずつ時間が動いていくのを感じた。時間を動かすのは、いつだってキラではない。そして、キラであってはならない。ジャックは自分の意思で動いてはいけない。しかし、それらはキラの中で蛻の空のような響きしか残していなかった。教会の扉が開かれる。アブデュルが神父を連れている。


「神父様が今夜泊まる部屋を用意してくれるんだって」


アブデュルの歓声で静けさはすっかり消え、キラの時間が動き出した。キラは絶望しきっていたのだ。大きく言えば世界に。小さくまとめれば自分自身に。だから神などという者の効果を信じたくなるし、全てをあきらめて流れに身を任せてしまおうなんていう考えに陥ってしまうのだ。だから心が動かず静かになる。


「おい、行くぞ」


キラが声を掛けるとワカバが立ち上がり、首を傾げて一歩踏み出した。




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