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Ephemeral note ~少女が世界を手にするまで  作者: 瑞月風花
儚い記憶の物語(第二部)
34/91

スキュラの怪物・・・3


 霧散。きっとそういう言葉が合うのだろう。シャナが空を見上げると赤い鳥が水竜の頭上で円を描いて舞っていたのだ。そして、シャナが手を出す前に、まるでため息を吐き出すようにして、水竜がその形を留められずに揺らいで最後には消えてしまった。シャナはただ茫然と立ち尽くしていた。手に残っているのは確かに一度はその魔力を引き寄せただろう空っぽの缶詰がある。本来ならばその缶はあの魔力の塊だった水竜の全てを吸い込むはずだったのだ。


「お嬢様……あの、どうしましょう?」


見下ろす先には魔力缶詰生産機をそのリュックにしまう男がいる。何の得があって付いてくるのか、シャナの父親が管理していた工場の長だった男の息子アブデュルだ。


「知らないわよ。でも、……それに、さっきすれ違った子」


シャナはキャンプでの出来事を思い出していた。いや、それよりもずっと以前のことも含めて。


「アブ?」


アブデュルがシャナの言葉に反応しないことを気にして、シャナはもう一度、話しかけた。


「さっきの女の子? あ、キャンプで僕のこと知り合いと間違えた子ですね」

「そうよ」


アブデュルを知り合いと間違えて追いかけて来たくせに、その容姿の異なりように驚いて目を丸くしていた、女の子。そして、逃げるように謝って、去って行った、おそらく魔女だろう少女。オリーブで出会った魔女とは全く違う。しかし、どこか同じ雰囲気を隠し持つあどけない魔女。シャナはオリーブで出会った魔女のことをアブデュルには伝えていない。


 その魔女はシャナに賞金首の魔女の特徴を伝えて教えた。


「関所に戻るわ。水竜は消えたんだもの。とりあえず褒賞金、強請ってみるわ。誰もあたし達が解決してないなんて証明できないしね」


みるみるうちにアブデュルの顔が蒼くなる。シャナはそんなアブデュルを放っておいて、関所へと向かった。


 シャナが魔女の手配書を手に取ったあの日、オリーブであの魔女が言った。


「あなたはお金が欲しい訳じゃありませんでしょ? 捕まえるのではなく、その魔女に頼んで御覧なさい。きっとあなたの望む過去を叶えてくれるはずですわ」


 シャナの望む過去。それは、何も失われない過去。しかし、魔女の言った言葉を真っ直ぐ過ぎるアブデュルには、決して伝えられないとシャナは思っていた。いや、それよりも、その言葉の後に続いたその魔女の言葉がシャナには居心地が悪かったのだろう。



「望んで下さるのなら、時の英雄にして差し上げますわ」



  ★


 関所の中ではおそらく先程の水竜騒ぎの目撃者である娘が膝を抱えて座っており、そして、騒がしい男女が国の兵士に詰め寄っていた。


「今すぐこいつを出すことだって出来るのよっ」


半分脅しのように叫ぶ赤い髪の女。そして、わなわなと震えて何も出来ない黒い髪の男。女が関所の中で兵士に突っ掛かっている。女はリディアスの兵士相手に出来もしないことを言い張っているのだ。彼女の出来ることは空っぽの缶詰を開けることのみ。


「だって仕方がないじゃない」


震えて何も出来ない男に、女はそう囁いた。女の名前はシャナ・クロード。一応社長令嬢という。そして男は使用人、らしい。社長令嬢たるものがこんなことをしなければならなくなったのは、このリディアスが彼女の父の作り上げた魔力缶詰会社を潰してしまったからだ。そのお陰で多大な借金を背負った父親は首を吊った。しかも未遂。重要な脊髄に傷が付いてしまったために全身が動かない。中途半端に生きてしまった彼は廃人同然になった。とにかくお金が必要なのだ。生きて行くためにも、伸し上がるためにも。


「お前ら、それ以上突っ掛かってみろ? 反逆者として首をはねるぞ」


「ちょっと! あぁ、もう! 最っ低。褒賞金をくれるって言ったのはそっちでしょ!」


拳を突き上げて、兵士に戦いを挑もうとするシャナを必死でアブデュルが抑えている。シャナは空っぽになった缶詰を憎らしく思い、もっと憎らしい兵士に投げ付けた。その缶は壁にぶつかり軽い音がした。それが余計にシャナの気に障ったらしい。あの水竜が入ったとは思えないが、確かに手応えはあったのだ。しかし、確かに入ったはずの魔力は缶の中から確実に消えていた。


 アブデュルが兵士に縋るようにして謝っていた。


「すみません。ごめんなさい。許してください。お嬢さまに悪気はないんです」


兵士はシャナのしたことにもアブデュルの謝罪にも全く気を留めず、もう一人の証人に近付いた。事実確認をしようと思っているのだ。確かに水竜は存在していた。しかし、消えてしまっていた。もちろんシャナが封じ込めたのではない。おそらく最初の被害者であるこの娘なら、何か知っているかもしれない。しかし、彼女はここへ逃げ込んできてから、ずっと椅子の上で膝を抱えているだけ。何を聞いても首を横に振るだけなのだ。


「何があったのか、少しでも教えてくれないか?」


その娘は何も答えず、やはり頭を振る。恐怖のため口をつぐんでいるのか、それとも何か意図があってのことなのか、その兵士には全く分からなかった。ただ、彼はどこかでこの娘を見たことがあるような気がして堪らなかった。どこで、だっただろう……。彼の記憶はかなり曖昧で、はっきりと思い出せない。しかし、確かにどこかで見たことがあった。兵士は自分の記憶に溜め息をついて、その娘から離れた。時が来れば思い出すだろう。とにかく人員不足の今は、さっきの混乱でごった返した民衆整理、舟の順延整備、情報提供など、猫の手でも足らず、その辺の虫の足まで借り出されそうなくらいに忙しかった。



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