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愛するロボットの秘密  作者: 綾沢恵理子


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1、消えた研究者

挿絵(By みてみん)




 若くして数々の功績を残したA I研究者である杉崎美奈子(すぎさきみなこ)は、突如置き手紙と辞表を残して姿を消した。


 『目標は達成した。私は戻りません』


 助手の近藤尚也(こんどうなおや)が手紙に気がついた頃には、もう遅かった。


 なぜ急に姿を消したのか。若手のホープでもある彼女は世間でも注目されるほどの研究者だ。近藤は所長から「三日以内に見つからなければ警察にも報道陣にも公表する」と言われた上で、杉崎先生を探すよう命じられた。「近藤は杉崎にとって片腕のようなものだ。何があったのか話してくれるだろう」という言葉を付け加えられて。


 しかし電話も繋がらない上に家に行っても誰も出ない。


 気落ちした近藤は先生の人柄や仕事でのやり取りを思い出す。


 先生はサバサバとした性格の女性で、研究に熱心。一人で黙々と作業する時の集中力は誰も近づけないくらいだった。仕事に対して強い責任感もあり、もう少し助手を頼ってよと思う時もあったが、なんでも一人でこなすタイプの人だった。だから、決して研究を投げ出すような人ではなかったはずだ。


 でもコミュニケーションをとっていたのは仕事上のものばかりだった。仕事上学歴やどこに住んでいるのかは知っていてもプライベート……どんな生い立ちで休日は何をしているのかは一切知らない。


 プライベートのことは知らないことだらけだ。先生の片腕だと自負していた気持ちが萎んでいくような気がした。


 ──私はあるものを作り終えるのが目標なの。その目標を叶えるために研究者になったの。


 先生は『目標』があると何度か教えてくれたことがある。置き手紙にある目標とはそのことだろうか。その目標が叶ったからいなくなったのだとしたら、彼女をそこまで動かしたきっかけとは何なのか。


 目標がわかったら先生の居場所にたどり着けるに違いない。それは先生の研究したAIや論文などの中にあるのではないか。先生の言葉を頼りに手掛かりを見つけ出そうと研究室を探った。




 気がついたら夜の十時を回っていた。夜遅くまで探してみたけれど、それらしいものは見つけられなかった。秘密裏に所長から指令されているのは自分だけだ。自分一人で部屋にこもっていたら時間を忘れてしまった。


 明日も探そう。疲れた体と頭を引きずりながら歩いて帰る。


 大して明かりもない道の脇には小川が流れている。木々のみずみずしい香りと、暗くて川面は見えないがせせらぎの音。疲れが癒やされる自然音だ。機械だの書類だのばかり触っていると、たまには自然に触れたくなるものだ。


「たまには外の空気を吸わないとだめね」


 この声!


 思わず近藤は声を上げて、手に持っている鞄を落とすところだった。


 杉崎先生!


「私も人間ってことかしら」


 どこか皮肉をこめた笑い。間違いない。探していた先生だ。そして声は近くから聞こえる。車道の対向車線を車が一台通る。眩しくて目を細めた先に、見つけた。土手に座り込んでいる女性二人がいる。一方は杉崎美奈子、そしてもう一人は知らない女性だった。年齢三十前後に見える先生(そういえば年齢も詳しく知らない)よりも、少し年上に見えた。


「機械ばっかり触ってないで時々自然も触らないと」


 ずっと横で話を聞いている女性がうんうんと頷くのが見えた。お付きの人だろうか。若くとも数々の功績を上げる人ならばお付きの一人でも雇うのだろうか。


 いや、それとも姉とか? どこか顔が似ているような印象を受ける。


「私、今すごくいい気持ち」


 相手の女性から何も声は聞こえない。首を縦に振るだけ。相手は何も言っていないが、先生は言った。


「そう思う? やっぱりわかってくれるのは嬉しいな」


 嬉しそうに先生がくすくすと笑った。あどけなさの残る子供のような笑いは、声を出すたびに小さな花が咲いていくよう。笑顔から光が漏れているのか、どんな顔をしているのかが暗がりの中でもよくわかる。


 先生ってあんなふうに笑うんだ。研究室で、あんなふうに笑ったことってあったっけ? いくら研究の成果を出しても、目標は達成してないからの一点張りで笑わなかった。


 この頷くだけの女性は先生にとってそんなに心を許せる相手なのか? 


 知りたい。その人のことも、先生がどうしていなくなったのかも、色々と。


「杉崎先生」


 先生は声を聞くなり表情を一変させた。


 さっきまでのような笑顔は消え去る。近藤の存在に気がつき、血の気が引いて顔が白く変わっていく。次は眉を顰めて苦虫を噛んだような表情になっていった。


 土手に座っていた先生はその場に立ち上がると、女性の腕を掴んで立ち上がらせる。


「何があったんですか? どうして研究所を」


 先生が近藤を睨みつけたのがわかった。その鋭い目つきに思わず言葉を止めてしまった。


 他にも言いたいことはたくさん用意してきた。もちろん先生を責め立てる言葉ではなく励ます言葉も賞賛する言葉もだ。どれも喉の奥に詰まって出てこない。


「よかったら僕がお聞き……せ、先生!」


 手を伸ばした頃には、先生は走り出して暗い闇の中に消えていった。


 何も聞き出せなかった。研究室での先生は分からないところがあれば教えてくれる人だったのに、何も答えなかった。助手として信頼関係があると思っていたのに違ったのか。


 近藤はしばらく立ち尽くしていた。



お読みいただきありがとうございます

ぜひ次のお話もお読みください(^^)

次の更新は8月10日12:30頃です

杉崎先生は姿を消した。

どこに行ってしまったのか。今何をしているのか。

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― 新着の感想 ―
杉崎先生が研究室では見せなかった笑顔と、近藤の前で一瞬にして表情を変える場面が印象的でした。最後の余韻も気になります。
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