悪役姫は正気を保つ。
「どこだ!探せ!」
「何が起こったんだ!」
「ふふん。マジチョロですわね!」
淑女の前でフルフェイスの兜などしているから、いざという時足元をすくわれるのだ。視野が狭い。
バタバタと兵士達が走り回る中、脱出に成功したミリアリアと一行は声の誘導に従ってフードをかぶった男と対面していた。
大柄なというか若干丸みを帯びた男はミリアリア達一向を王都の中に招き入れると、人気のない倉庫のような建物に案内した。
「さて。お招きはありがたいですが……そろそろあなたの素性を教えてくださらないかしら? そろそろ我慢が限界ですわ」
「ハハッ……相変わらず、苛烈な方ですね。ミリアリア様」
ミリアリアの問いに男はフードを取りさると、金糸のような髪がこぼれ落ちた。
「お久しぶりですね。お会いしたかった」
そして真ん丸ボディの金髪男性にミリアリアは首を傾げた。
誰?
頭の中はそれだけである。
「……ええっと、どちらさまだったかしら? たぶん初対面だと思うんですけれど?」
「そんなミリアリア様! この顔を覚えていらっしゃらないと!?」
「顔はー……若干? 似た人を見たことがあるような?」
誰だっただろう? ミリアリアはじっと謎の人物を凝視する。
「……ちょっとお待ちください?」
そしてハッと閃いたミリアリアは試しに精霊術を使い、地面からにゅっと観光地にあると伝え聞く顔だけ出す看板をはやしてぽっかり空いた穴に、男の顔をはめてみる。
「ミリアリア様? 一体何を?」
「ごめんあそばせ。確認ですわ」
ずっぽりと、丸いのを看板の穴に差し込むと、恐ろしくパーツの整ったイケメンが現れた。
その顔を見てミリアリアは彼が何者であるか、漸く思い出していた。
「ひょっとして……エドワード様?」
「おお! 思い出していただけましたか!」
キュッポンと看板から顔を引き抜いたエドワードは、弱イケメンオーラを輝かせていた。
しかしミリアリアは穏やかではいられない。
出来る限り……そう。出来る限り忘却の彼方へ忘れ去り、断片的な情報と結びつかないようにと無意識に封印していた記憶が、名前によって結びついてしまった。
我が内に繋がる同胞たちも、阿鼻叫喚の大嵐である。
なるほど、エドワード様。現実は無常だったそういえば。
作中屈指の王子様として名をはせていた貴方は、ちょっと目を離した隙に更にお太りあそばされましたか?
ミリアリアは意識が飛びそうだったが何とか踏みとどまって、にっこりと笑みをゆがめると、ぼろが出ないように扇でかくした。
「え、ええ、まぁ……たぶん思い出しましてよ? お久しぶりですね……」
「はい!」
エドワード様。その笑顔だけはあの頃のままヒヨコ君でバラ色だった。