悪役姫にはこだわりがある。
黒ミリアリアは妙に邪悪な表情で扇を広げた。
『話位しますわよ。すべてを捨て、女王を辞めるなんて……いったいどういうことですの?』
「今度はこう来ましたか」
またベタな試練で来たなと、ミリアリアもまた広げた扇の下で苦い顔をした。
能力だけじゃなくて、トークまでされるとちょっと笑えない。
確かに黒ミリアリアは、ミリアリアの中にいた。
何も知らずにあがく、第一王女という未来にあったはずの自分自身だ。
だがだとしたら、なぜそんなことを質問するのか?
どういうことも、何もバッドエンドしか待っていないとわかっているのに、そこにこだわる意味なんてあるわけがないと言うのに。
「参考までに聞きたいですわ。貴女はどうするのが正解だと思うんですの?」
『知れたこと! すべてを手に入れ! 完全無欠の女王としてハミング王国に君臨する! これ以外ありませんわ!』
ただ胸を張ってそう断言する黒ミリアリアの答えは、予想もしていない斜め下だった。
「え? 真面目に言ってますの? わたくし」
『当然ですわ―――それでこそミリアリアはミリアリア足りうるのです。そうは思わなくて?』
「……」
ああなるほどそう言うことかとミリアリアはある意味で、納得した。
「それが―――あなたの考えるミリアリアのあるべき姿だと?」
『その通り―――。役割を果たさないミリアリアはミリアリアではありませんわ』
黒いミリアリアは高らかに笑う。
そう、ミリアリアという存在は本来彼女の言う通りのモノだった。
物語を知れば、当たり前のことだろう。
ミリアリアは悪役だからこそ輝く存在なのだから。
「そうですわね……」
ああ、とミリアリアは呟く。
ミリアリアの中にある、隣人達にすら動揺が広がるほどに、衝撃はあった。
ミリアリアにだって理解はできた。だって心の中のかれらはその物語にこそ心を震わせたのだから。
そしてミリアリアが悪女だからこそ……繋がっている何か達は強く力を貸してくれる。
ミリアリアちゃんファンクラブ。「ディープラバーズ」
ミリアリアがそう呼んでいる沢山の人の意志だ。
ミリアリア達の事を未来に至るまで知り尽くしている彼らの知識を最初、ミリアリアは前世の記憶か何かではないかと思っていた。
だがそうではなかった。
これから先に起こる可能性の端々まで見通している彼らはまるで神の様ではあったが、それもまた違う、ただのこの世界のファンである。
しかしこの記憶はたった一つの想いだけで繋がっている。
そして残念ながら、この先までそうなのかは正直ミリアリアにすらわからない事だった。
「……」
この様ではまともに力を借りることはできまい。
ミリアリアは自分の力のみで、自らを打倒しなければならないらしい。
「これは本格的に試されていますわね」
『あなたは所詮偽物なのですわ! 大人しく消え去りなさい!』
「……ですが」
襲い掛かって来る黒ミリアリアを、ミリアリアはじっと見つめた。
彼女の言い分も、まぁ間違ってはいないのだろう。
しかし気が付くとミリアリアはギリリと音がするほど奥歯を噛みしめていた。
扇は真っすぐ脳天めがけて飛んでくるが、それをぎりぎりまで引き付け―――。
「ふん!」
『ぎゃん!』
カウンターで脳天を一撃である。
自分相手に加減なんて一切なかった。というよりもどんな相手よりも全力でぶん殴った。
さらにミリアリアは地面に張り付いた自分の頭を右足を振り下ろして踏んづけてやる。
ズドンと黒ミリアリアの頭蓋骨が地面に打ち込まれピクリと痙攣するのを見て、ミリアリアは深いため息を吐いた。
「……調子に乗って、勝ちに走った時ほど馬鹿を見る。……本来のわたくしの弱点ですわよね?」
光姫のコンチェルトにおいて、ラスボスミリアリアは最後までライラを下に見て負けた。
そう、何も知らないまま真剣にやればミリアリアは負ける。だがそれは知らなかったからだ。
「ミリアリアは女王を目指し、惡の華道を飾るべき……あなたの言うこともわかるのです。でもね? 勝利を目指さないのはわたくしではない」
悪役とはそう言うものだと納得できるほど、ミリアリアはお人よしではない。
「……それをすべて知った上で同じ間違いを繰り返すのであれば、そんなものミリアリアですらありませんわ」
どんな悪党にだって美学というものがある。
そしてミリアリアのそれは今も昔も、勝ちにこだわらねば意味がないのだ。
「アホですか。そんなに死にたいのなら、わたくしがここで消滅させてあげますわ」
『く! こんな無様な!』
ガン!
更に踏んづける。
ミリアリアは氷のような視線で黒ミリアリアを見下ろした。
「まさしく無様ですわ」
訂正しよう。これが強いなんて言うのは勘違いだ。
薄っぺらい役割に固執するなど自分などとは断じて認めない。
こんな無様なものにミリアリアは負ける気がしなかった。
「それと、わたくしに神の視点を与えたのはあなた方でしょう? 今更馬鹿な心変わりは―――やめていただけます?」
自分でもゾッとするほどの冷たい声が出た。
踏んづけられたミリアリアは輪郭が乱れて、かき消える。
そして同時に内面のざわめきも収まって、ミリアリアは自分の胸に優しく手を当てた。
これで勝ったことになるのかしら?とミリアリアは周囲を見渡した。