悪役姫はお茶会を楽しむ。
オリエンタルな香り漂う神聖な箱庭で精霊王様とお茶を飲む……誰もが憧れるシュチエーションにミリアリアは大いに満足して、お茶を啜る。
かなり奮発したいいお茶だ。
精霊にも大丈夫なのか少し不安だったが、カップを傾ける精霊王様は美しい顔を笑顔で染めていた。
「うん……いいね。いい香りだ。お茶なんて何千年ぶりだよ」
「よかったですわ。ねぇ? メアリー?」
「ひゃい!」
緊張でガチガチのメアリーは、しかしよくやったと言わざるを得ない。
精霊王様がメアリーに視線を移すと尋常ではない汗をかいていたが。
「君がこのお茶を入れたのかい? ありがとう。とてもおいしかったよ」
「ひゃひゃい! 恐縮です!」
「ふふん。私のメイドはすごいんですのよ」
まぁちょっとお茶を運ぶメアリーがカタカタ言っていてヒヤヒヤしたが、こうして飲めるところまでこじつけたのだから問題ない。
ミリアリアが胸を張ると精霊王様はカップを置いて静かに手を組んだ。
「じゃあ、話を聞かせてくれるかな?」
「ええ。ではまず、わたくしの話をしましょうか。わたくしはミリアリア。とある王国で元々王女だった者ですわ」
ミリアリアが語ったのは、もはや懐かしささえ感じるとある第一王女の奮闘記である。
少し長い話になった。
しかし精霊王様の目はだんだんと点になり、時には笑いがこらえきれていなかったので掴みはOKだった。
「―――というわけで、城で大暴れして飛び出した後、冒険者に登録して馴らしと軍資金集めもかねて、暴れていたんですけど、いい感じに資金もお土産も用意できたので当初の目的通りこの精霊宮のダンジョンを目指して来たというわけです!」
「アッハッハッハ! それ全部ホントなの!? めちゃくちゃ過ぎじゃない? 王女様が冒険者だなんて!」
「あらら。精霊王様ならわたくしが嘘をついているかどうかなんてお見通しなのではなくて?」
「いやいやまさか! 精霊王なんて呼ばれているけど、決して僕は万能というわけではない。それこそ、そこのダークのようにただの一精霊でしかないんだよ」
「あら? そうなんですか?」
「ああそうとも。そうだな……しいて違いを上げれば、こうして意志を持った年季が違うかな? 僕達はね、色んな精霊が沢山混じって生まれたんだよ。本当に沢山ね。そう言う意味じゃ君と似ているかもしれない」
「……それはどういう意味ですの?」
「どういう意味も何も……君の中に「いる」でしょ?」
事も何気に精霊王様が放った一言でミリアリアの表情は凍り付いた。
「ものすごい数の意識だ。よくそれで正気が保てていると不思議なくらいだよ」
「へぇ。やっぱりわかりますのね。流石精霊王様ですわ。このミリアリアちゃんファンクラブディープラバーズを見抜くとは恐れ入りました」
「……ファン、なんだって?」
「ファンクラブですわ。わたくしを好きな人たちの集まり……みたいなものでしょうか?」
「それが……君の中にいるその意識の正体だと?」
「妙なお話ですけれど、それが一番近いと思っていますわ」
ミリアリアは彼らから多くを学び、力を借りた。それは間違いのない事実だった。
自信満々のミリアリアに、精霊王様はおずおずと尋ねて来た。
「ちなみにだけど、ディープラバーズっていうのは?」
「わたくしが付けたとある方々の名称ですわ。中々ナイスだと思いませんこと?」
「うん! 訳が分からない!」
精霊王様に笑顔でこんなことを言わせてしまったミリアリアだが、悔いはなかった。
「コホン。まぁわたくしも胸を張って説明なんて出来ないんですけどね。自分の事なのにお恥ずかしいですわ」
「大抵そんなものだよ。自分が何でできているかなんて、僕だってふわっとしているし」
「そうですわよね。真理ですわ!」
アッハッハと笑うミリアリアと精霊王様だった。
案外和やかに会話は進んでいた。だがそうもいかないところに精霊王様の意識が向くと、緊張は露骨に伝わって来た。
「さて、ダーク。我が愛しい子よ、よく帰ったね」
ビクリと震えるダークである。
「あ、ありがとうございます……精霊王よ」
「うんうん。で? 闇の精霊神? だったかな? うんとっても強そうだね」
「い、いえ、その呼び名は人間達が勝手に付けたものでして……」
「そうなの? どこかでやんちゃして、ずっと封印されてたんだろう? シャインの封印は強力だからなぁ」
「……面目ないです」
へぇダークを封印したのって光の精霊神なんですのね。
そりゃあ我が国の地下にいたんだからそう言うことなんだろうけれども、当人から聞くと不思議な感覚だった。
ミリアリアは歴史って続いているんだなと妙な感想が浮かんだ。
「ミリアリア様……なんだか闇の精霊神様が形無しでは?」
「言わないであげましょう。いつだって親を前にしたら子どもなんてこんなものですわ、知らないけど」
「そう言えば、クリスタニア様を前にしたミリアリア様もこんな感じですね」
「…………知らないですわ」
ええい、メアリーめ。若干頭が上がらないのは認めますわ。
ミリアリアは叱られるダークを遠い目で眺める。
すさまじく久々の里帰りともなれば、なるほどあんな感じかもしれない。
その姿が妙に自分の姿と重なって、ミリアリアは固く口をつぐんだ。