悪役姫はジャングルを行く。
ブラックカーペットでレオンのための足場を作りつつ、ミリアリアはジャングルの奥へと進む。
ミリアリアは気楽なものだったが、一方で侍女のメアリーは終始微振動していた。
「……あのー今更なんですが私もいかなきゃダメですかね?」
「まぁ不安なのはわかりますわ」
馬車の中は快適そのものであるが、間違ってもここは観光で訪れる様な場所でないことは明白だった。
一歩馬車の外に出れば、人類がまだ遭遇したことのないレベルの凶悪なモンスターに八つ裂きにされることだろう。
「でもここまで来たら人類未踏の地を一緒に楽しみましょう? 大丈夫! 辛くなったからっておいて行ったりしませんわ!」
「町に戻ってお待ちしているという選択肢もあると思うのですが? というか先ほどの冒険者の方々と一緒に置いて行ってくれてもよかったと思うのですが?」
「ダメですわ。精霊王様とお茶を飲むんです。素敵でしょう?」
きっぱりとそう言ったミリアリアにメアリーの瞳のハイライトが薄くなった。
「だから! 何なんですかそのよくわからない計画!」
「よくわからないとは失敬な。前々からの計画ですわ。ダンジョン攻略の前にまず里帰りです! ダークの……上司?さんにも失礼の無いようにしておかないと後々死亡フラグになりかねませんわ!」
「会いに行くことがすでに死亡のリスクを高めていると思うんですけど……」
メルヘンあふれる素敵な予定だと思っていたミリアリアだったが、残念ながらメアリーにはそうとも思えなかったようだ。
残念。しかし変更はない。
そしてこの計画にメアリーは必要不可欠だとミリアリアは確信していた。
「あなたの力はこの場の誰より必要なのです。大丈夫! わたくしが保証してあげますわ! あなたのお茶は一流であると!」
「うーん褒められても嬉しくない時ってあるんですね、あとせめて保証するなら身の安全にしてもらいたいです」
「なぜです! 誇っていいですわ! お土産にいいお茶は選んだつもりですが、わたくしではとてもその魅力を伝えられません」
「ミリアリア様ももう十分お茶の入れ方、お上手でしょうに」
「まだまだ貴女には適わないですわメアリー。メイドさんは最強ね」
実際お茶の腕前はミリアリアはメアリーの足下にも及ばないだろう。
まぁそれでもよくここまでついてきたものだとは思うけれど、言わぬが花というやつだった。
「はぁ……まぁ今更ですね。しかし、やっぱり不思議ですね、何でこの馬車こんなに揺れないんですか? 今森の中を走っているんですよね?」
「それはそうよ。わたくしのブラックカーペットの上を走っているんだから。ん? いや……新開発の精霊式エアサスペンションのおかげ? それとも……メタルプリンプリン衝撃吸収タイヤかしら?」
「ちょっと待ってください? そんなもの使ってるんですか? この馬車?」
「最新式ですわ。すれちゃうとちょっぴりカラメルの匂いがしてお腹が減るけど、自己再生能力が優秀でパンクしない優れものなの」
「……いえその、森の中は道ですらないと思うんですが」
「ふっ。ないならなぎ倒せばよいのですわ―――わたくしが道を走るんじゃない。わたくしが通るところが道となるのですよメアリー」
ミリアリアは心からそう断言した。それが可能なように迷宮で特訓したのだ。
その上この車をけん引している黄金の獅子、レオンは実際相当な高レベルのモンスターなので樹木とか体当たりでなぎ倒してくれる。
メタルボディは最高である。
メアリーは開いた口が塞がらない様子だったが、すとんと肩を落として諦めた。
「……まぁ、楽しそうで良いことだと思いますけれどね」
「でしょう? そうでなければ王国を出たかいがありませんわ!」
ミリアリアはふふんと鼻の穴を膨らませて満面の笑みを浮かべた。
そうとも、せっかく原作から解放され、真の自由を手に入れたのだ。
後は今まで積み重ねた経験を生かして、見たいものを見に行くことに躊躇いはない。
幸いミリアリアは原作通りすべてを失うこともなく、こうして道連れもいるのだから。
揺れが少ないわりにやたら豪快な音が響く道中をミリアリアは心から楽しんでいた。
「でもやっぱりたどり着けないんですわよね」
「うむむ……」
しょんぼりと肩を落とす子供姿のダークは大分可愛いが、今は置いておこう。
ミリアリアは責めることはせずにポンポンと彼の頭を撫でた。
「でも確かに妙ですわ。もっと簡単にたどり着けると思ったのに」
「いや、流石に幻の迷宮に簡単に着くわけがないと思うんですけど?」
「それはそうですけど、ダークの案内なのに簡単に着かないというのがおかしいんですわ」
ツッコミを入れるメアリーに、しかしミリアリアは真顔で返した。
確かにそう簡単に見つけられる迷宮ではないとは思うが、この旅は精霊であるダークの提案と道案内が付いているのだ。
そうなると少々腑に落ちない。
「ふむ……これはあるかもですわね。ちょっと車を止めてくださる?」
ミリアリアは車内からヒラリと飛び出て、ひとまず車の屋根に飛び乗った。
そしてそのまま周囲を眺めると、そこはやはり深い森の中だった。
「何か引っかかりますわ。見落としがあるのに、そこに気が付けないような……」
何かおかしい。
その直感に従ってミリアリアは扇を取り出し、何もない場所を見た。
「何かあるのかミリアリア?」
「まぁ見ていなさいな」
ダークが不思議そうに尋ねてきたが、ミリアリアも所詮は勘である。
扇に力を込めて扇ぐ。
何もなければ風が吹くだけだが―――ミリアリアの目の前の空間はグニャリと歪んで姿を変えた。
ミリアリアは不敵な笑みを浮かべて、優雅に扇で口元を隠しながら驚愕する仲間達に言った。
「ふっ、なるほど。何かの術で惑わされていたんですわね。歪みに向かってまっすぐ進みなさい、たぶんそこが目的地ですわ!」
我ながらよくわかったものだとビックリなのだが、仲間たちはもっと驚き顔である。
「ええ……なんでわかるんですか?」
「……どんどん人間離れしていくんだなお前は」
あれー?
ミリアリアは予定していた反応とのあまりの違いに思わず不満を漏らした。