悪役姫は対峙する。
『ミリアリアって普通に嫌い。ヒロインたちがかわいそう』
『いやいや、いい悪役だからヒロインが輝くんだ。なくてはならない』
『やっつけられればそれでいい。そんなことより攻略対象が推せるか推せないか、それが問題だ』
『ゲームが楽しい。正直ストーリーはどうでもいい』
何なのこの方たち?
闇の中には数百、数千にも及ぶ人がいた。
ミリアリアを、そしてこの世界を誰かが見ている。
ミリアリアはそんな彼らと繋がっていて、今まで確かにミリアリアも彼らを見ていた。
そしてここにきて、ミリアリアという少女は知ったのだ。
薄い板一枚の仕切りのむこうから向けられる、熱く、激しく、しびれるような情念を。
自分に向けられるのは憎しみに近いそれが多いが、そんな一面的なものだけじゃない。―――その根底にあるのはただただ混沌とした感情の波。
そして―――
「―――ハッ!」
ミリアリアは目を開けた。
どうやら強力な攻撃で、一瞬意識が飛んでいたらしい。
全身がくまなく痛いが、特に頭が恐ろしく痛かった。
だがそんなことより、長く共にあった友人達のことを理解したこの時は、狂ってしまいそうなほどの怒りと、喜びに満ちていた。
「なに!?」
だが今は絶賛戦闘中である。ミリアリアは熱い吐息を吐き出した。
そして戻って来たミリアリアは死ぬ寸前であっぶねーと最上級ポーションを飲み干し、空き瓶を投げて叩き割ると、薬の滴る口元を扇で隠す。
こういう時こそ優雅に決めるのがミリアリアの美学だ。
破れた服は、闇魔法で綺麗につくろった。
せっかくだからちょっと背伸びをして、大人っぽくシックなドレスにしてみよう。
ミリアリアは全身に走る痛みを無視して、再びダークの前に立つ。
「なぜ立っている……!」
「なぜ? ―――何言っているんです? まだ始まったばかりですわよ。わたくしでなければ死んでいたでしょうけど」
闇の精霊神ダークの必殺パターンは開幕にHPを1に削り切る特殊攻撃からの、回避不能精霊術のとどめだ。
だがそんなことミリアリアはちゃんと知っていた。
それはプレイヤーで言うところの即死パターンで、逃れるすべはない。
本来であれば、その攻撃が来ないことを祈るしかないところだが、ミリアリアの場合2度目に期待を持つことは出来なかった。
だが一度目にこの攻撃パターンが来ないとは言えない。
そこでミリアリアは策を練った。
「死ぬほど痛かったですけど。うまくいったのだからとやかく言うのはやめましょう」
ミリアリアは策の成功に満面の笑みを浮かべて、ダークに扇を突き付けた。
「あなたの技は確かに驚異です……しかしわたくしにはこれがあります」
そして誇らしげに自分の胸元に光るブラックダイヤモンドを突いて見せた。
「……宝石だと?」
「そう! ブラックダイヤモンドを装備した時、わたくしの適性、闇の精霊術に限りその属性の攻撃を受けると生命力がわずかに回復するのです!」
今回の場合はHPが1になった瞬間から全HPの10パーセントほど。
回復の程度は微々たるものだが波状攻撃を受ける前にミリアリアのHPは1から回復していた。
しかしそんな説明だからこそ、ダークは納得していなかった。
「ばかな! そんなもので私の精霊術から生き延びることなどできるわけがない! 何をした!」
「何と言われても、そのわずかに回復した生命力であなたの攻撃を耐えただけですわ。即死でなければ回復が間に合いますからね」
助かるかは賭けだったのは間違いない。
そしてミリアリアは耐えきった。
だがダークはせっかくのネタ晴らしだと言うのに全く信じてくれなかった。
「人間がそんな化け物じみた真似が出来るか!」
「マジひどですわー」
本気で苛立たし気なダークにミリアリアは無理もないかとその言葉を肯定する様に頷いて見せた。
「まぁそうですわね。ただの人間なら例えレベルを限界まで鍛えたところで無理でしょう。でも……わたくし頑張りましたの。あなたの攻撃に耐えるために、人体改造は済ませています」
「じ、人体改造? なんだそれは」
狼狽えるダークに、ミリアリアはもったいぶってくるりとその場で回って見せた。
「ふふん……気になります? 気になりますわよね? いいでしょう! あなたにだけ特別に教えてあげます! 秘密はこれですわ!」
ミリアリアはジャジャーンとバッグの中から土色の液体の入ったガラス瓶を取り出すと、ダークの表情が歪んだ。
「それは……まずい汁!」
「おお! 知っていましたか! そうです! これを飲みました! 黒、白、赤、青、土色、緑全色コンプです!」
「それを飲んだのか……うぇー」
本気で嫌そうな顔をするのはショックなのでやめてほしい。
毎朝の日課が頭をよぎり、ミリアリアは軽く地団太を踏んだ。
「失礼ですわよ! これがあなたの攻撃を打ち破ったのです!」
「……まずい汁でどうやって?」
訳が分からないと本気で訝しむダークは、どうやらこの汁の効果を知らないようだった。
「えぇ? 知らないんですの? 知らないのなら教えてあげましょう……このまずい汁は」
ミリアリアは今まで言いたくても言えなかった、その最高の効果を披露した。
「パラメーターの基礎ポイントを一プラスするのですわ!」
そうなのだ。
このまずい汁こそこのラストダンジョンのやりこみ要素において、戦闘面で究極のアイテムと言えた。
それぞれの色のまずい汁は各種パラメーターに対応していて、基礎ポイントを上昇させるのだ。
最終的にはお気に入りのキャラクターをその世界最強の存在へと押し上げるための最終ギミックと言っていいだろう。
低確率で落っこちるそれらの素材を集めるのはものすごく大変だった。
ミリアリアは毎日毎日ブラックコーヒーを駆使しながら睡眠時間を削り、モンスターを狩って、まずい汁をコツコツ溜めて飲み続けた。
毎朝リバースしそうになるのを乙女の根性のみで耐え、ん? 飲めるかな? くらいに飲みなれてしまうのだから、人間とは大したものである。
正直これをしなくていいなら、もうちょっと早くここにこれたはずだ。
だがこうして万全に仕上げたのは、ミリアリアが知っていたからである。
ラスボスからは逃げられない。闇の精霊神に挑めば、さすがに死ぬかもしれないと。
正直今まではパラメーターという存在を信じるしかなかったから信じてきたが、死のギリギリまで追いつめられること前提で挑めるほど、ミリアリアは妄信することができなかった。
「そう……全ては記憶の知識故。言っても理解はできないでしょうが、わたくしは一人ではないのですわ」
そして最後にミリアリアの背を後押ししたのは物語のヒロインである―――ライラだ。
ミリアリアが目指した理想の姿、そこにきちんと到達できるかどうか?
その答えを知るためには、ここに来るしかないと思い出せた。
少なくとも、まだ足りないかもと恐れて二の足を踏む姿はミリアリアの理想とは程遠かった。
「さて……わたくしは最悪を乗り越えました。本当の戦いはここからってところですわ!」
弾丸の在庫は十分! 精神力も気力もみなぎっている。
ダークの攻撃を乗り越えられたということは、ミリアリアの知るパラメーターという概念は信じるに足りると証明できた。
もはやこれ以上万全な状況はない。
更にダメ押しで、ミリアリアはキャリーバッグから薬を取り出すと、一気に2本ほど飲み干して、床に叩きつけた。
防御強化バフと、攻撃強化バフも上乗せである。
これで正真正銘出し惜しみなし。
ミリアリアは湧き立つ力に、アドレナリンを噴出させる。
「さぁ! このミリアリアを認めさせてあげましょう! 話はそれからです!」
「なるほど……確かにただの人間ではないか」
ダークはククッと笑い、少しだけ楽しそうに再び戦闘態勢をとる。
「いいだろう! 付き合ってやるぞ! その力を見せてみろミリアリア!」
闇の精霊力がダークから溢れ出した本気のプレッシャーはまさに神がかっていた。
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