悪役姫は最悪を引き当てる。
聖なる光の結界で封印された部屋で、闇の精霊神は眠りについている。
永遠の眠りは部屋に入った瞬間に解ける、実にRPGらしい仕様である。
「あなたが闇の精霊神ですか……」
ミリアリアは、ここに至るまで出会ったモンスターとは比較にならないプレッシャーを目の前の闇から感じていた。
黒い人型の闇は石で作られた椅子の上にいて、動かずにミリアリアを見ていた。
「そうだ。私の名はダーク。闇精霊の主だ」
おう、やっぱりいたかー。マジヤバですわ。
ミリアリアはある意味胸をなでおろした。
ここでなぜかいないなんて言われたら、残念な結果だと言わざるを得ない。
「よかったですわ。ちゃんといてくれて。ここまで降りて来た甲斐があったというものです」
「私を目の前にして……悠長なことを言うのだな」
喜んでいるミリアリアにダークは訝し気にしていたが、襲ってくる気配はなかった。
これなら話す目があるとミリアリアは目を輝かせた。
「まぁ、それなりに時間をかけて降りてきましたから、ここで急いては損というモノです。わたくしは……そうですね、ずっとあなたと話をしたかったんですから」
それはゲームとは関係ない、ミリアリアの望みだった。
だが言われた方はと言えば、当然困惑していた。
「話を? ハハッ……ひょっとして願いを叶えてくれなどと言い出すのではないだろうな?」
「まさか。そんなつまんないことを言うつもりはありませんわ。願いがあるなら自分で叶えたいですしね」
「ほぅ。それは殊勝な心掛けだ。では私と何を話したい?」
「ええ。実はわたくし、提案したいことがあってここまで来ましたの」
「提案だと?」
聞き返すダークにミリアリアは頷く。
そう、それはミリアリアがずっと考えていたことだった。
だからためらわずに、ミリアリアはダークに問うた。
「ええ。闇の精霊神ダーク。わたくしと一緒に来ませんか? わたくし達、気が合うと思いますの」
「……はぁ?」
本気の困惑がダークから伝わってくる。
我ながらミリアリアも、まぁおかしなことを言っているなと自覚はあった。
「初対面で気が合うと言われてもな。正直私はお前と気が合うとは思えない」
「まぁでしょうね……。でも、わたくしはわたくしがここに来られたこと自体に運命的なものを感じていますわ」
これは偽らざるミリアリアの本音だった。
こうして悪役である自分が、一生訪れることのないはずの場所で裏ボスと対面している。
本来出会うこともなく終わるはずの相手と会えている、この現状が運命的でないはずはない。
だがミリアリアが本気だからこそ、ダークの困惑は当然だ。
「意味が分からない。具体的にどうしたい?」
「まぁ、そうですわね。例えば……あなた、わたくしと契約することは可能かしら?」
ミリアリアが尋ねるとダークは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん。私を封印した血族が何を言う。滅ぼすことはあっても力を貸すなど願い下げだ」
契約とは、精霊の力をより引き出す儀式の事である。
人間と精霊が双方で契約を結ぶことで成立し、双方に様々な恩恵を得られることで知られていた。
だが、相手が精霊神ともなれば、その恩恵は殆ど一方通行みたいなものだろう。
人間はそれくらい精霊神にとって取るに足らない存在なだけに、ダークの反応も当然だった。
ただ、いきなりへそを曲げるのはどうかとミリアリアは口を尖らせた。
「……闇の精霊神。思っていたより短気ですわね」
「聞こえているぞ娘」
「これは失礼。でもわたくしは契約することは可能かどうか尋ねたのですわ。そもそも不可能なんて言われたら、それこそ話になりませんし」
「ふむ……では教えてやろう。契約は可能だ。私が認め、お前が受け入れれば契約は成立する。だがそれがどうした?」
生真面目に説明してくれるダークにミリアリアはふむふむと頷いた。
「いえね。今からあなたに私を認めさせるわけですが……本当に契約を結ぶのもありかなと思っていまして。ご褒美があった方がやる気が出るでしょう?」
そして扇を引き抜いて、キャリーバッグから追加の鉄球を取り出した。
ミリアリアとて、会話だけでことが収まるとは思っていない。
ミリアリアの記憶ではダークと何度も戦っていたが、ダークはミリアリアを知らない。
そしてミリアリアも完成させた自分をダークに見せた覚えはなかった。
戦意を感じ取り、ダークが椅子から腰を上げる。
「ほぅ、私に認めさせるか……だがそれは不可能だ。お前からは私を封印した人間と同じ匂いがする。妙な匂いも混じっているようだが……どちらにせよ気に食わん」
「……あなた、わかりますの?」
「さてな、とにかく契約など諦めることだ」
そう口にしたとたんダークからの圧が増した。
拒絶の意思が、突風のようにミリアリアに飛んできたが、ミリアリアは扇の一薙ぎでそれを霧散させる。
髪の毛が軽くそよぎ、ミリアリアは優雅に口元を隠して、目を細めた。
「そんないつのことかもわからないことで嫌われても困ります。顔も知れないご先祖様の事情など知ったことではありませんわ。わたくしは初対面のあなたと話をしているんです。目の前のわたくしを見て話をしてくださいませんこと? それとも目を合わせるのは苦手かしら?」
ミリアリアは怯まない。
そこで初めて闇の精霊神ダークは、ミリアリアに興味を示した。
「ほぅ……言うなお前。いいだろう……認めさせたいというのなら、貴様、覚悟があるということだな?」
「当然。お相手くださるかしら?」
「その気概は買ってやろうか。久しぶりの客だ」
ダークから迸る強大な闇が、その体を中心に渦を巻く。
迸る闇が膨れ上がり大きな人型を形成すると、その背から翼をはやし、額から角をはやした悪魔のような姿に変わった。
さて、イベントの開始だとミリアリアは鉄球を展開し、扇を構えてダークを見上げる。
「そう来なくては。人類の到達点。レベル99ミリアリアちゃんの力。存分に堪能してくださいまし」
「ふん……」
戦いは今始まるのだと、ミリアリアは闘志を燃やしていた。
だがダークの初動を注視していたミリアリアはその瞬間、最悪のシナリオに愕然としてしまった。
ダークの右腕に黒い力が収束する。
あまりにも早く実行されるその攻撃をミリアリアは知っていて、ただ焦った。
それはいけない。
攻撃にはパターンが存在する。
いくつもあるパターンの中で、しかし裏ボスともなれば、引いてはいけないパターンが確かにあった。
そのパターンを引いてしまった己の運の悪さに、さすがのミリアリアも動揺して叫んでいた。
「……! 初手それは反則ですわ!」
キンと甲高い音を立てて発動された精霊術はダークを中心に封印の間に広がり、ミリアリアを吹き飛ばす。
術でドレスをいくら強化していても、この攻撃には関係がない。
ゲーム中、苦しめられたプレイヤーが数多く存在するダークの専用技「ダークネスウェーブ」。
その波動は全方位に飛び回避不能。そしてその効果は相手のHPを1にするという猛悪なものだ。
初手のみ溜めなしで打ち出されるそれは、裏ボスを舐めるなという悪意にも似た意思を感じる。
そして最悪なのは、当たり判定の後にやって来るスタン効果だった。
「確かにお前からは人間とは思えない力を感じる……だが―――」
派手に吹き飛ばされ、扉に叩きつけられたミリアリアはゴホリと血を吐いて、ダークを見ていた。
「一人で我に挑もうというのが愚かなのだ……」
ダークの言うことは正しい。
「……そうですわね」
ミリアリアはそのことをよく理解していた。
ダークはでたらめに強い。そしてその強さは基本的にレベル99など推奨レベルでしかない。
ここは隠しダンジョンで。
クリア後に楽しむための施設で。
本来総力を結集して挑むべき場所なのだ。
ダメージで寒気が走り、ミリアリアは肩で息をする。
「さぁこれで終わりだ……」
ダークは更に5発の精霊術を同時に展開した。
想定した最悪のパターンは続く。
一斉に放たれる闇系最上位精霊術、アンクラシアの波状攻撃はミリアリアの前に脱出不可能な暗闇を出現させた。
闇はすべてを押し潰す。
事実ミリアリアもその周囲も、間違いなく押し潰された。
「っ……!」
ミリアリアは激しい痛みと共に闇の底へと落ちてゆく。
勝利を確信したダークはつまらなそうにミリアリアに背を向けた。
「これで終わりだ身の程をわきまえぬ小さきものよ。……私は眠る。それでいい―――」
決着はついたとその背中は語っていたが―――やっぱりこの闇の精霊神は見切りが早い。
ミリアリアは薄れゆく意識の中で闇の奥の蓋を開けた。
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