悪役姫は今日も謎のまずい汁を嗜む。
「ういー……」
淑女にあるまじき声をもらしつつ、ミリアリアは黄土色の液体を飲み干す。
「お嬢様……さすがにその声はいかがなものかと思いますが」
そんなミリアリアを見咎めるのは侍女のメアリーだった。
この涙目が君の目には見えないのかと、ミリアリアはジト目を向けた。
「いえ、なんというか……これはもう出さずにはいられないものですから」
「だいたいなにを飲んでいらっしゃるんです? 見た目はどうにも飲み物とは思えないものを……毎朝飲んでいらっしゃいますが」
その通り。ミリアリアは毎朝似たようなものを飲んでいる。
そして毎朝同じような唸り声を上げていた。
「メアリーにしては鋭いわね。まぁこれはわたくしなりの健康法です。まずい汁と言いますわ」
「まずい汁……ですか? まんま過ぎませんかそれ?」
「わたくしもそう思いますが、それ以上のネーミングが思いつかないくらいマズイです。飲んだ瞬間、舌がしびれて全身が痙攣しながら、体にこいつを入れまいと全力で拒否してくるような味ですわ」
ミリアリアはこのまずさを表現しようと言葉を尽くすが、まるで表現出来ている気がしない程にまずいそれがまずい汁だ。
だが説明のかいあって、メアリーにもその一欠けらくらいはまずさが伝わったようだった。
「なんでそんなもの飲んでるんですか!」
「決まっているでしょう? 健康にはいいからです。少し飲んでみますか? ちょっと多めに仕入れていますから、分けてあげますわよ?」
そう言ってミリアリアが差し出すとメアリーは心の底からいやな顔をしていた。
しかし、侍女という立場が彼女に逃げることを許してはくれなかった。
「……そうですね。侍女としては、今まで毒見もしていなかったのは問題あると思います……ので」
そう言ってメアリーは震える手を伸ばす。
そしてミリアリア自慢のまずい汁を口に含むと、ビクッと体を痙攣させて崩れ落ちた。
「メアリー! どうしました!」
「お、おぶ……あぶぁ」
そして口から乙女が出してはいけないうめき声を出していたメアリーはなんとか白目から回復すると、飛び起きて叫んだ。
「なんてものを飲ませるんですか! やばいですよ! 亡くなったおじいさまの顔が見えました!」
「あらー……口に合わなかったかしら? 貴重なものなんですけれどね」
「口に合う人類がいるとは思えませんよ! 舌に乗せただけで全身しびれて、意識が吹っ飛びました!」
「そう言ったではありませんか。……なれると、まぁ、飲めないことはないんですのよ? 痙攣は5回くらい飲めば収まりますし。他にも赤色のまずい汁とか青色のまずい汁とかあるんですが」
「いったい何の健康法ですか! 死にますよ!」
残念ながらこのまずい汁はメアリーには合わなかったらしい。
まずいからだろうか? まずいからだな、間違いない。
栄養ドリンクなど概念もないこの世界では、受け入れられないのも無理はなかった。
「……ふぅ。仕方がないですわね。この最高のドリンクの良さがわからないだなんて。場合によってはいくら出しても欲しい人は沢山いるほどの逸品だと自負していますのに」
「……適当なことをしていると本当に体調を壊しますよ?」
「簡単に死なないように頑張っているんですから止めないでくださいな」
心底信じていないという視線を隠そうともしていないメアリーにミリアリアは苦笑した。
「まったく……ただでさえイベントの気配がして落ち着かないのですから、頑張りに水を差さないでくださいな。毎朝飲むのはつらいんですわよ、あれ?」
泥水を濃縮し油絵具で色だけ付けたみたいな味は、毎度乙女にあるまじき唸り声をあげてしまうくらいには強烈なのである。
困ったものだとメアリーを見る視線に、メアリーはメアリーで納得いかなさそうだった。
「汁については後でしっかりお話ししましょう。しかし……イベントでございますか? 何かあったでしょうか?」
「さて、あるかもしれないし、無いかもしれない。でも近いうちにあるような気がする予感みたいなものですよ」
イベントの気配がする、言葉は漠然としているが、全くでたらめということはない。
「……ふぅ。そうね。いずれ向き合わねばいけない時も来るのでしょうね」
ミリアリアが物思いにふけりながら漏らすと、メアリーは心配そうにミリアリアの顔を見た。
「今日は……もしかして調子がお悪いのですか? 成人前の女の子にしては言動がちょっと気持ち悪いですが?」
「メアリー?……貴女とは今すぐ向き合った方がいいかしら?」
「丁重にお断りいたします」
原作、光姫のコンチェルトの攻略キャラとの邂逅が、ミリアリアの危機感を煽っているそんな感じである。
ひとまず無難に……食事をおごったり、プレゼントを上げたり、アドバイスをしたりして切り抜けているはずだが、どうなるかはまるで分らない。
「ああでも……一番肝心な相手とまだ出会っていないんですわよね」
ミリアリアは誰にも聞こえないように呟く。
ヒロインの女の子。第2王女ライラ。
本作のヒロイン的な位置にいる女の子は現在本気で子供だろう。
まだ学園にも入学していない今、会う機会はそうないはずだが現在までの遭遇の順番を考えると、そろそろかと備えるのも悪くはない。
作中の登場人物達と次々に接点を持っている現状、こうして朝の健康法を続けていられるだけでも幸運なことなのだから。
いつこの生活が終わってもおかしくはないと、ミリアリアは考えることが多くなっていた。
「まぁ縁はあるんでしょうからね。それにしても悩みが多いですわ。お母様からもアレから音沙汰がありませんし。わたくし自由過ぎじゃないかしら?」
「それは……ミリアリア様が自由にしていた方が利益を生み出すからでは?」
「なにそれ? 初耳ですわメアリー」
「そうですか? 新型馬車の売れ行きも好調だと聞き及んでおります。お嬢様考案の料理の数々はレストランなどでも提供されているようですよ?」
「だから聞いていませんわよ!? 何がどうなってそうなるんです?」
「お嬢様は……自らの影響力を自覚した方が良いです」
「そうかしら? まぁおいしいものが増えるのはよいことですわね」
ちょっと関係ないところで影響もあるようだが、ミリアリアは欲しいものを手に入れようとしているだけなので後悔はない。
難しく考えたところでこういうことは仕方がないのだ。
「まぁわたくし姫ですし、そう言うこともあるでしょう。 さて今日は何をしようかしら? また新しい魔法の開発でもしようかしら? メアリー? 魔法のブラックコーヒーの新しい味を試してみたりする?」
「……謹んで辞退させていただきます」
あら遠慮しなくてもいいのにとミリアリアは笑う。
「それじゃあ、少し息抜きしましょう。庭園のバラが見頃なのでしょう?」
メアリーの反応を楽しみ、満足したミリアリアは窓から美しい庭園を眺めた。
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