悪役姫は未熟を悟る。
ミリアリアの一日は一杯のドリンクから始まる。
「えーフルーツ入れて、コマツナ入れて―、ダンジョン産の秘密のお薬を一瓶入れてー術でミックスー。ハイ! 出来上がりですわ!」
愛用のジョッキになんとも形容しがたい色になった液体を注ぎ入れ、一気に口に流し込む。
「ゴェェェッフ……」
あまりにも乙女にあるまじき胃袋の奥から出てくる声は、誰にも聞かせられないミリアリアの秘密だった。
「グフッ……全部、一度には無理なんですわよね」
続いて二度目。
すべて口の中に流し込んだその時、侍女のメアリーはやってきて口を膨らませているミリアリアを見て、深々とため息をついた。
「……ミリアリア様、何をしていらっしゃるんですか。昨日のアーサー様誘拐事件もしばらく城では語り草になりそうですよ?」
ああ、そんな見られたくなかったものを見て冷たい反応をしないでほしい。
しかしあーさー……アーサーとは?
文脈から昨日の赤毛君の顔が頭をよぎって、ミリアリアの記憶が全力で警鐘を鳴らした。
「ぶふぉ!」
「ミリアリアサマ!? クッサ! 臭いですよミリアリア様!?」
大慌てで拭くものを取りに行ったメアリーの足音を聞きながら、ミリアリアは脳髄を氷漬けにされたような寒気に襲われていた。
自分と同じくらいの子供で赤毛のアーサーなど一人しかいない。
主人公の一角であるワイルド系美形騎士を思い出し、ミリアリアはブルリと身を震わせた。
「まさか……アレがアーサー君だったとはマジヤバですわ。勝てたからよかったものの危うくフレアザンバラれるところでした!」
一対一のガチの決闘とかにしなくて本当によかった。
でも、思い描いていた半分も凄味を感じなかったのだから仕方がない。
「ああでも、本編始まる前なんてクソザコですわよねー。まだ戦ってないんですもの……」
だがそれも無理もないことかとミリアリアは考え直した。
この世界の平均レベルはとても低い。
なぜならレベル上げなんてあやふやな目的でモンスターをチョメチョメしまくるのはやべー奴だからだ。
ミリアリアは予定外の遭遇に冷や汗を拭いつつ、どうしたものかと息をついた。
「やっぱりもうちょっと他人のパラメーターとかしっかり見れたらすぐわかるんですけどね」
ゲームじゃ見れたはずなのに、ミリアリアには未だ精霊術でそれを完全再現できていない。
精々自分の能力値をRPG程度見ることができるくらいで、他人はダメだ。
ゲームの主人公は名前はもちろん好感度まで見れていたのだが……これはおそらくはゲームの主人公の属性、光属性の得意とするところなのではないだろうか?
しかし光の属性なんてレア属性、そもそも希少でお目に掛かれるものではなく、まして検証などできるわけがない。
「お母様に聞いてみようかしら? 考えてみればレベルの数値化とか、女王にぴったりの技能なんですわよね。わたくしも自分のレベルが分かるあたり、光だけしか無理ってわけでもないんでしょうけど……」
こればかりはわからない。
日々精霊術の勉強をしているが、そんな話は欠片も存在しないのが困りどころである。
ミリアリアが頭を抱えていると、若干秘薬の匂いを漂わせているメアリーが拭く物を持って大慌てで戻って来た。
「ミリアリア様! 大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫ですわ……。まぁ、普通に見える方がおかしいですわよね」
「何か?」
「何でもありませんわ。もっと鍛えなきゃなって思っただけです」
「……え? これ以上ですか?」
「何言ってるんです? 当たり前ですわ!」
ギョッとするメアリーの考えすらわからないが、それは当たり前のことなんだから、地道にやろう。
ミリアリアは冗談ばっかりと彼女の肩を叩いた。
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