悪役姫は遊ぶ。
続いてミリアリア達が向かったのは細工師の店である。
装飾品を専門にしている細工師は、目の前に置かれた鉄球を見て、ごくりと喉を鳴らしていた。
「あの……お嬢様。この鉄球は一体?」
「これを綺麗に装飾してほしいいんですわ。つるつるになる様に磨いて、穴は絶対にふさがないように。ああそれと、宝石をあしらってほしいの」
ミリアリアは満面の笑みでそう言った。
ちょっと効かないモンスターがいるからって、この鉄球はお気に入りである。
今後とも末永く愛用していくつもりだった。
こんなに素晴らしい提案なのに細工師はしかし非常に曖昧な表情を浮かべていた。
「は、はぁ」
「……メアリー。アレを出して」
「はい……お嬢様」
ミリアリアの指示に従いメアリーは、取り出した袋の中から指輪をいくつか取り出す。
袋の中には今まで買ったいくつもの宝石がはまっていて、どれも大粒の一級品だ。
「これを使ってくださいな。なるべく急いでくださると嬉しいですわ」
ミリアリアはニコリと笑い圧を掛けた。
全員が全員正気を疑うような目でミリアリアを見ている気がするが、そんなものを気にしていては話が進まないのでこのまま頑張る。
「……本気ですか?」
「もちろんですわ!」
実はメアリーからも信じられねぇみたいな視線を感じていたが、ミリアリアはあえて黙殺した。
これは大いなる実験なのだ。
浮遊で浮かべる鉄球に、宝石で装飾を施せば、果たして装備品としてサポートが加算されるのか?
ミリアリアとしては、実に興味深い実験である。
こちらの本気具合は店主に伝わったようで彼は深々と頭を下げて、ミリアリアの仕事を請け負ってくれた。
「……わかりました。おまかせください。完璧な仕事をお約束いたします」
「そう言うの大好きですわ。追加で10個ほど同じサイズの鉄球が運び込まれるので同じように細工してくださいね。楽しみにしていますわ!」
「わかりました。ではそちらもお受けいたします」
こちらはノータイムな当たり中々誠実で順応するのが早い店主だった。素晴らしい。
一仕事終えて帰りに寄ったのはちょっとおしゃれな喫茶店だった。
紅茶にアップルパイを頼んでみたが、できれば食べたかったプリンはやはり存在しないらしい。
「ねぇメアリー? プリンプリンはいるのになんでプリンがないのかしら? モンスターのプリンプリンがいるから、お菓子にプリンと名付けないのかしら?」
「よくわからないですが、プリンプリンを食べたいと思ったことはないです」
「えー」
卵が先か、鶏が先か。
もしミリアリアがプリンを再現しても、うえープリンプリンみたいでキモイとか言われちゃう悲しい上に納得いかないのはノーサンキューだ。
「それはともかく甘いものは幸せの味ですわね」
「はぁ……」
「どうしたのですかメアリー? ため息は幸せが逃げますわよ?」
「いえ、今日一日お嬢様のお供をしていて、全く何をやっているのかわからなかったものですから」
困り顔のメアリーだが、ミリアリアも確かに説明した覚えはない。
だが説明したところで意味があるのかは疑わしいとは思っていた。
「そうなの? かなり楽しいことをしていましたのに。完成が近づいてきましたわよ?」
「完成ですか? 何が完成するのかお聞かせいただいても?」
「そんなの、パーフェクトミリアリアちゃんに決まっていますわ!」
「……」
ミリアリアが即答したら、メアリーが黙った。
なんとも言えないその表情は完全に理解を放棄したようにも見えた。
ミリアリアはちょっと気に入らなかったので頬を膨らませて、アップルパイの幸せ成分を補給した。
「まぁいいですわ……。わたくしとて、濃霧の向こうにぼんやりと見えているだけのものです。理解するのは難しいでしょうとも。ざっくり言うと武道も精霊術も頑張って一流の装備も揃えちゃおうという話ですわ」
非常に大雑把ではあるが、計画としてはそれ以上でもそれ以下でもなかった。
だが説明自体はわかりやすかったらしくメアリーは首をかしげてミリアリアを見ていた。
「そ、そんなに強くおなりになりたいんですか?」
「そうですとも? 見込みがないかしら? わたくし、我ながら最近の上達は中々のものだと自負しているのだけれど?」
「そ、それは間違いありません。というか、ここ最近のお嬢様は……本当に素晴らしく成長されていると思います。……時々奇行が目立ちますが」
「奇行とか言うんじゃありません。お姫様マインドが傷つきますわ。そういう貴女もちょいと最近遠慮がなくなっているのではありません? ちょん切りますわよ?」
「やめてくださいお願いします。以前は何というか……強烈ではありましたがわかりやすくはありましたので」
「……どんな感じだったか、15文字以内で応えなさいな」
「……わがままが摩訶不思議に」
「はいふけーい。ミリアリアは傷つきましたわー」
「も、申し訳ありません」
頭を下げるメアリーに、ミリアリアは新しく注文したアップルパイと紅茶をさしだした。
「まぁ貴女も食べておきなさい。おいしいですわよ」
「そ、そう言うわけには……」
「あら? わたくしが注文したものなど食べられないと? メアリーが食べないと捨てるしかありませんわよ?」
「……いただきます」
「よくってよ」
観念して一口食べたメアリーにミリアリアはにっこりと微笑む。
「まぁこれから、頼る機会は沢山あるのだから、メアリーには今まで以上に協力してもらいますわ」
「……このタイミングでそういうことを言ってしまうのですね」
「そりゃそうです。多少変化しようとミリアリアはこんなものですわ」
だけど、そろそろ強さも安定してきた頃合いだ。
先日の狩りの件で本格的におかしいと思われているわけだし、そろそろコソコソせずにミリアリアという存在がどれほどの実力があるのか周囲にじっくりと認識させたほうが、結果的に問題は少ないはずである。
例えば、適当にモンスターと戦えることを示しておけば、大手を振って狩りの機会も増えるという寸法だ。
ミリアリアが秘密にすべきはメインの狩場のみである。
「今までだって別に隠してはいませんでしたが、これからはわたくし、もっとオープンに行きますわ。ただの優秀で美しいお嬢様では収まらないところを見せてあげましょう」
「と、言いますと?」
「わたくしの実力を本格的に見せてあげますわ。たぶん……今半端ないですわよ?」
「……なんだか怖いんですが。頑張ってください」
もぐもぐ開き直ってメアリーはアップルパイを頬張る。
それなりに語って満足したミリアリアはお茶を飲んで立ち上がった。
「アップルパイもいいですけど、やっぱり今はプリンですわね。城に帰って作りましょうか?」
「えぇ……いやさすがにそれは……マズそうでは?」
ふてぶてしい侍女を持てて、ミリアリアとしても頼もしい限りだ。
まぁいやな顔をされたからと言って、ミリアリア自身が食べたいのに遠慮する気など欠片もないが。
ちなみに後日振舞ったプリンは見た目はともかく味は好評だった。
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