ロドリーゴの苦悩
1
イーヴ共和国の首都とされているマプロ市は、共和国の中ではかなり東に位置する都市である。
これはその昔、このマプロを拠点に西へとオルフェス辺境伯国が領域を広げていったからである。
歴史もさることながら西へはヴィンタリ、東へはマグナテラ帝国第二の都市ノイベルク、と交通の要衝でもあるため、経済活動が活発なことでは世界で五指に入ることは疑いようが無い。
人口は建設以来他を圧して多く、現在では七十万人に達しようかという大都市である。
街はいつも人で溢れかえり、それも様々な地域からの人であるので眺めるだけで一日がすぐ過ぎるほどだ。
人口だけならば世界にはまだ上回る都市がないこともないのだが、城壁で緩やかな正方形に縁取られた街に皆が入ろうとすれば、これは間違いなく世界一の人口密度の街が出来上がる。
マプロは建設以来の城壁のまま、どんどん人々が建物を建て増してでも内側で商売をして発展していったのだ。
城壁の外にも建物はあるが、それは夜眠るための住まいであることがほとんどで、昼はほぼ全員が市内で何かしらの商いに勤しんでいる。
この街を中継点にして南のアグバール帝国の帝都アシュベルタ、西のカーラン王国の首都ウォニアを結ぶ交易路こそが「金の道」と呼ばれる世界の富の大動脈なのである。
南から運ばれた贅沢な装飾品や香辛料が東からの精巧な鉄製品に換わり、西から来た魔鉱石やその加工品が香辛料と換わる。
それらは人の手を介する度に多くの貨幣を身に纏っていった。
ここを本拠とするスカラー家がいついかなる時も五大商随一の勢力を誇ったのも当然のことであった。
このような街では日々多くのものが飛び交う。
それは形ある物であることもあったが、人の多さに比例して形なき物ものも増えていく。
マプロには世界中の情報が集まったのだ。
多くのものが飛び交えば、それをきっかけにして様々な想いを抱く者も生み出さずにはいられない。
ある者は希望を掴み、またある者は絶望を掴まされることもある。
少なくともこの街で、四月一九日からのロドリーゴ・モルフィオーニは間違いなくその後者に属する者となったのだった。
2
モルフィオーニ家はクリフィノ市に古くからある家系の一つで、ロドリーゴはその当主である。
妻はエルクーロ・コレク先代市長の妹であるため、アルフォンソの義理の叔父でもあった。
早くに妻を初産の際亡くした後も再婚せずにいたのは、彼が若い頃からエルクーロに心酔していたからだった。
そして義兄の死後も、義理の甥を守り立てていく思いの揺らがぬ硬骨漢でもあった。
その彼がマプロに滞在しているのは、昨年商談で訪れてからすぐ季節が冬になったためである。
大陸の中心からやや北西に位置して内陸のこの地では、冬になると北のハクサ山脈と中央部の中央山脈の間を時折猛烈な吹雪が襲う。
降雪量自体は少ないため街々が雪に埋もれてしまうことこそないが、その強く冷たい風にもし移動中にさらされれば、少人数の旅ではまず命はない。
徒歩旅のテント程度では簡単に飛ばされてしまうし、馬車であっても今度は馬が耐えられない。
もし吹雪を生き延びても薄く硬く積もった雪が街道をかき消してしまうため、余程街の近くでもないかぎり路頭に迷ってしまう。
イーヴ共和国で本格的な冬に都市間を移動しようと思うならば、よく見るもので六頭曳きの馬車馬まで格納するほど大型の馬車を使う方法に限られるのである。
このように移動が制限されて不便な冬かと思いきや、イーヴ商人はそれもまた商売にとって必要な時期であると認識していた。
共和国の都市には多かれ少なかれ冬になると足止めを食った商人が集まる。
その商人たちが活発に世界各地の情報を交換し合うため、注意深く耳を傾ければ次の春からに活きる話が聞ける大きなチャンスなのである。
そのためロドリーゴもそのままマプロで越冬していたのだった。
そして、冬の間足踏みしていた分、春になった途端の商人の動きも活発極まりない。
実に様々な地方からそれらの人々がさらに新しい情報を持ち寄るため、ロドリーゴはそれらも土産にしようと、帰路に着くのをやや遅らせていたのである。
それが幸か不幸か、彼をクリフィノの運命を大きく左右するであろう話に、一足早く触れさせたのだった。
3
それは彼がそろそろマプロを発とうと方々へ暇乞いをしている最中のことであった。
滞在中に知己を得て以来、月に二度くらい食事を共にするようになった共和国最高評議会議員のランベルト・ルビッリが彼に忠告してくれたことで知りえたのである。
それはコアディ派の議員がクリフィノ市をラナホウン王国へ割譲する議案の提出を控えているという衝撃の内容であった。
聞いた瞬間あまりの驚きに立ちくらみがしたが、なんとか耐えたロドリーゴはそれが議会に諮られた際の議決の可能性を聞いた。
ルビッリ議員によれば、まず議決されるだろうとのことであった。
共和国最高評議会とはその名のとおり、イーヴ共和国の最高意思決定機関である。
実際には諸都市の独立性が高いため、特に内政に関しては影響力が著しく低いという実情はあるものの、対外的にはここでの決定事項が共和国の総意となる。
人口が概ね五千人以上の都市で選出された人物を議員として指名する仕組みを採り、議員は現在一二二名である。
しかしこの議員指名のプロセスは共和国建国の瞬間から五大商によって骨抜きにされているのである。
選出対象となる都市はすべて五大商いずれかの影響下にあり、彼らが送り込んだ人物を推薦するよう仕向けられていたのだ。
自派に何人の議員を持っているかが五大商の勢力を測る一つの目安にもなっているのである。
ルビッリは南部の都市ホルトを拠点とするベクルッティ派に所属していたが、ここは反コアディを掲げて久しい。
そのため彼らは否決に票を投じる。
コアディ派とスカラー派は共同歩調を取るとして、後はケンプロ派と、南東のカンドロ市を本拠とするマズマティコ派の出方が問題である。
マズマティコ派は自派に不利な議案でないかぎりスカラー派に追随することが多かったが、比較的共和国志向の強い彼らが領土割譲となれば賛同する可能性は低い。
そうなると後は伝統的に反スカラーであるケンプロ派が反対票を投じれば議案は膠着する可能性が大きい。
法のうえでは多数決で決することになっている評議会だが、慣習的に三分の二以上での可決でない場合、反対派の再投票請求やそれにともなう演説などで時間を浪費し、うやむやになることが多かったからである。
もっとも、このことも評議会から影響力を失わせている原因の一つではあったが。
ともかくそうなればいかにスカラー・コアディ連合で占める議席が他派より多くとも、この議案は流れることもありうる。
だが、どうやらルビッリ議員によると今回はなぜかケンプロ派が賛成に回る噂が聞こえているらしいのだ。
4
それを聞いてからロドリーゴは一旦まとめた荷物をすぐに解き、情報収集と議員への陳情、特にケンプロ派の議員への陳情に一心不乱に取り組んだ。
しかし、これも評議会の常だったのだが、議決させるつもりである議案は提出のはるか前から水面下で決着が着いているものなのだ。
彼の努力も空しく、五月八日に議案は即日議決された。
ケンプロ派の議員は全員賛成票を投じたらしかった。
評議会においてクリフィノ割譲の理由は、イーヴ建国運動の頃まで遡って述べられた。
この時の争乱に乗じてマグナテラ帝国・カーラン王国・ラナホウン王国が続々と旧辺境伯国へ侵攻し、各地を一時的に支配下に置いたことがあったのである。
しかし各国が牽制し合った結果、イーヴ共和国建国と同時に和平条約をそれぞれ締結し合うことで、それらの地は補償金と引き換えにイーヴへと返還された。
この補償金支払いは今も続いているのだが、議案は土地に最後までこだわったラナホウンの領土割譲要求を認めるべきとしたものであった。
もちろんこれは発議者であるコアディの建前なのだろう。
本心では何故クリフィノをラナホウンへ引き渡したいのか、ロドリーゴには皆目見当もつかなかった。
だが、彼にはそれがわからなくとも、故郷の消えつつある命運を救うより他に道はなかった。
ロドリーゴはもはやクリフィノがこの絶対的窮地を脱するまでは帰らないと決めて、アルフォンソへ手紙をしたためた。
それは受け取った者たちに絶望を伝え、同時に覚悟を促すものであった。
クリフィノの人々は、彼から十日ほど遅れて同じ気持ちを味わうこととなった。
手紙がアルフォンソの手に届いた創暦九一〇年五月二〇日は、クリフィノに住む人々から平和な日常が奪われた、目に見えた最初の日となったのだった。




