一話 猛将と軍師
三国志熱が再燃してしまったので……。
一応、世界観は短編『剣、二振り』と共有しております。
感想へのコメントは、何かの話を投稿または更新した際の活動報告で行っております。
返事が遅くなると思いますので申し訳ありませんが、お許しください。
かつてこの大陸には、壮絶な戦いの時代があった。
その時代の世は乱れ、まさに乱世の様相を呈していた。
多くの国が争い、さらに多くの人命が失われた。
命の価値が最も安価だった時代である。
その戦乱の世に、メロードとカルースという二つの国があった。
この二国もまた、乱世を担う国々の一端だった。
メロードとカルースの狭間。
若干メロードに寄った位置にあるファラオン平原で、両軍は血と命を散らしあっていた。
歴史に名を残す事もない兵士達が敵を倒そうと剣を振るい……。
草の緑が赤く染まり、歩みを阻む死屍が山と築かれた戦場。
その勝敗は今、カルースの勝利で幕を閉じようとしていた。
力の均衡が崩れ、それと共に士気の低下したメロードの軍は撤退を開始する。
カルース軍はそれを容赦なく追い、メロード軍を蹂躙しながらメロード王の指揮する本隊を目指した。
そんな中、今もなお士気を失わず、長柄の戦斧を敵の血で染め続ける武将が一人。
戦場を騎馬で駆けていた。
その武将は、髪を短く揃えた長身の女性である。
彼女の名はエミーヌ。
メロード一の猛将と呼ばれる者だった。
彼女は一人でも多くの味方を逃そうと、自分の部隊を率いて前線で戦い続けていた。
「獲ったぞ!」
彼女が一人の兵士を戦斧で屠ると、その隙を衝いてカルースの武将が背後から斬りかかって来る。
「それは世迷い事だ!」
エミーヌは叫び返し、後ろに向けて戦斧の石突を突き入れた。
先端の尖った石突が、斬りかかってきた兵士の首を貫いた。
戦斧を振り、絶命した兵士の身体を払い落とす。
そして、新たな血を吸ったその戦斧を掲げ、叫びを上げる。
「我が名はエミーヌ・キャラダイン! この赤き戦斧の閃きを恐れぬならかかって来い!」
彼女の周囲を染める味方の血とその名乗りに、カルースの兵士達は恐れ慄いた。
そしてそんな彼女を遠くから眺める二人の男がいた。
一人はカルース王。
もう一人は、カルース王の側近を務め、今回の戦で王の補佐を担っていた軍師。
エリオット・バルトランである。
「なんという強さだ」
カルース王はエミーヌに対し、畏怖の混じった感嘆を漏らす。
エミーヌの凄まじい戦いぶりに、その声は少し震えていた。
「なぁ、エリオット」
「……」
王に声をかけられたエリオットは、エミーヌを眺めたまま黙り込んでいた。
「エリオット?」
「はい。申し訳ありません。少し見入っておりました」
「それは無理もあるまい」
エミーヌほどの豪の者はそうそういない。
騎馬のみならず、配下の兵すらも手足のように扱い、カルースの兵を塵芥の如く屠りさっている。
さながら、戦に必要な能力を全て備えたかのような武将である。
「恐らく、あれがメロード一の猛将と名高いエミーヌ・キャラダインでしょう。聞きしに勝る武勇ですね」
エリオットは動じた様子もなく、羽扇で口元を隠しながら言う。
その隠された口元には、笑みすら浮かべていた。
「あれで女なのか?」
「ええ。可愛らしい顔をしていらっしゃるでしょう?」
カルース王は返答に困った。
ここからではよく見えないが、パッと見た限り長身の男が暴れているようにしか見えない。
「お前の言う事はよくわからんが……。勝ち戦だというのに、あれのせいで今も犠牲が増えている。どうにかできないか?」
「自軍の被害を抑えたいというのであれば、そのように致しましょう」
「どのようにするのだ?」
「まず、敵本隊への追撃を中断しましょう」
「何?」
カルース王は怪訝な顔をする。
彼としてはこの戦いでメロードの戦力を徹底的に叩き潰したいと思っていた。
ここで逃してしまえば、メロードは体勢を整えてカルース軍の進軍を再び阻む事となるだろう。
そうならないように、潰すのだ。
「陛下の考えももっともです。しかしそもそも陛下がメロードに攻め入った目的は、その土地を欲しての事ではなかったはずです」
「確かにそうだが……」
「であればこそ、ここでエミーヌ将軍を捕らえる事に全力を注ぐ事を進言致します」
カルースはエリオットの言葉に興味を持った。
他の者が口にする事ならば疑う所だが、この男が口にすればそれがどのように突飛な事であろうと信じる価値はある。
エリオットがそう言うのならば、きっと何か考えがあるのだろう。
この男には、常人では及びも着かぬ事柄が見えている。
「いいだろう。その言葉、他ならぬお前の物だからこそ信じよう。続けろ」
「ここに詰めている本隊を動かしてエミーヌ将軍の部下、その一部でも良いので包囲します。その後、追撃を中断させて手の空いた戦力を用い、さらにその包囲を囲う大きな包囲を作るのです」
「エミーヌは包囲しないのか?」
「はい。その必要は無いかと思われます。彼女は自らその包囲へと捕らえられる事となるでしょう」
エリオットは答えると、小さく微笑んだ。
「わかった」
カルース王は各部隊に伝令を走らせた。
それによって、部隊が大きく動く。
エミーヌは攻撃の手が緩まった間に、自軍を見る。
追撃が止んでいた。
部隊のほとんどが敵の届かない場所まで逃げ、もはや足止めする必要もないだろう。
「撤退するぞ!」
エミーヌは号令をかける。
「エミーヌ様! 左翼を担っていた兵士達が包囲されております!」
「何だと!」
部下に言われて見ると、確かに一部の配下がカルースの兵士に包囲されていた。
その様を見ると、エミーヌはすぐに決断する。
「お前達は速やかに撤退し、陛下の本隊を追え」
「エミーヌ将軍は?」
「私はあいつらを助けに行く」
答えると、部下が止める間も無く馬を走らせる。
戦斧を振り上げ、敵の包囲へ向けて突撃した。
包囲の背後から突撃を受ける形となり、カルースの兵士達は戸惑った。
その戸惑いを衝かれ、包囲は易々と食い破られる。
エミーヌは部下達の元へ辿り着く。
「将軍!」
「行くぞ! ついてこい!」
号令を発し、破った包囲の輪が戻らぬ内に脱出を図る。
一度破れた包囲は容易く破れ、部下共々脱出に成功する。
が、そこでエミーヌは馬の歩を止めた。
それ以上、進むべき場所がなかったのである。
包囲を脱した先には、さらに厚く大きな包囲が完成していた。
恐らく、この戦場に投入された全ての戦力が彼女を囲んでいる。
平原を見渡す限りに兵士が埋め尽くし、さながらそれは海のようであった。
であるなら、さしずめエミーヌの取り残された場所は孤島という所であろうか。
気付けばその孤島にはエミーヌの部隊しかいなくなっていた。
前面には戦術士が配され、その後ろに歩兵が敷き詰められている。
包囲を破ろうとすれば戦術士による魔法の炎が降り注ぐ事だろう。
その攻撃を凌げたとしても後ろには歩兵の層が待ち受けている。
過剰とも呼べる戦力を前に、彼女もそこに活路を見出す事はできなかった。
「なんという事だ……」
彼女は呟く。
絶望的な気分だった。
そしてそれは自分の身を案じて出た感情ではない。
自分だけならいざ知らず、自分に付き合ったために仲間がここで果てる事を思うとやりきれない……。
そう思っての事だ。
そのような事は断じて許されない、と強く心に覚悟を抱き、戦斧を握る手に力を込めた。
先頭を行けば、魔法は自分に集中するかもしれない。
それを耐え抜いて突き進み、活路を開く。
我が身朽ちようとも、背後の仲間だけは無事に帰す。
彼女が決意を固めた、その時である。
「メロードの将、エミーヌ! 貴殿が投降すれば、兵士の命は保証するとのお達しだ」
カルースの将と思しき男が、そう声を張り上げた。
その言葉を理解した時、エミーヌは戦斧を迷う事無く手放した。
エミーヌが投降すると、両手を後ろに縛られてカルース王の陣へと連れられた。
カルース王の前で、彼女は座らされる。
自らを見下ろす敵国の王を彼女は睨み上げた。
「猛将エミーヌ。たいしたものだ。貴様一人のせいで、我が軍は必要のない犠牲を強いられた。とても大きな犠牲だ」
「それは喜ばしい事だ。私一人で貴様の心胆を寒からしめる事ができたというのなら、奮戦の甲斐もあった」
敵国の王を前に、恐らく命を取られるであろうという段にあって、エミーヌの目に怯えはなかった。
「だが、これ以降はそのような事も起こらぬ。貴様の首はここで刎ねる。胴を無くした頭で、貴様の国の最後を見届けるが良い」
カルース王の言葉に、エミーヌ将軍の表情に始めて口惜しさが滲んだ。
メロードはあらゆる面でカルースに劣っている。
国土の大きさも、資源も、兵の数も……。
それでもこの戦、ある程度戦えたのはエミーヌという存在があったからだ。
しかし、メロードには彼女と比肩する武将がいない。
次の戦で勝つ事はできないだろう。
この王の言葉は的を射ている。
そしてそれが解かっていながら、ここで朽ち果てる事しかできない自分をエミーヌは悔しく思った。
「お待ちください」
そんな時、そう声をかけて一人の男がエミーヌの前へ現れる。
身長はあまり高くなく、むしろ低い。
身体つきはほっそりとしており、肌も白かった。
顔つきは幼さを残し、作る表情は柔らかな微笑である。
その表情もあり、子供のようにも見える。
そんな男だった。
「エリオット」
カルース王がその名を呼ぶ。
「エミーヌ将軍の命、今しばらく私にお預けいただきたい」
エリオットの言葉に、カルース王は目を強く見開いた。
「殺すなと言うのか?」
「如何にも。この者、ここで殺すには惜しいかと思います」
エリオットは事も無げに答える。
「この者は、我が国の将兵を多く殺したのだ。その命以外に、何でその罪を贖えよう」
カルース王の声は怒気を孕んでいた。
しかしそれを受けながら、エリオットは涼しい顔で答える。
「僭越ながら、別の形で贖ってもらえば良いかと」
「別の形だと?」
「はい。彼女の奮戦に感銘を受けて命を助けた。そうメロードに伝えるのです。そして、それに免じてメロードへの侵攻を取りやめる、と」
「侵攻を取りやめるだと? それでは、ここで散った兵達の命は無駄になるではないか。それに後顧の憂いを絶つため、メロードを併呑しろと進言したのはお前だったはずだ」
「はい。確かに。ですが、兵の命が無駄となったわけではありません。少なくとも、この戦があったからこそこれ以上の犠牲を回避できるのです」
「これ以上の犠牲を回避できるだと?」
カルース王は怪訝な顔をした。
エリオットは、エミーヌへ目を向けた。
「彼女、エミーヌ将軍はメロード王とその妻、その両者と幼馴染です。公私共に深い付き合いをしているとか……。その身がカルースにあるならば、果たしてメロードの王はカルースを攻める事ができるでしょうか?」
カルース王は、エリオットの言わんとする事の一端を理解した。
「エミーヌを人質とし、和平を結ぶのか?」
「はい」
そのやり取りを訊いたエミーヌは色めき立つ。
「何だと! 卑劣な事を!」
エリオットは羽扇で口を隠し、そんな彼女を一瞥した。
羽扇で隠した口元が笑みを作る。
実の所、エリオットはこの策には半信半疑であった。
というのも、メロードの王がエリオットの思う通り、エミーヌへ人質としての価値を見出すかわからなかったからだ。
しかし彼女が激昂したという事実は、その策が有効であるという事の証左となる。
エリオットは羽扇を口元から離し、エミーヌへ笑顔を向ける。
その笑みに胡散臭さを覚えたエミーヌは、険しい表情を一層深めた。
エリオットはカルース王へ向き直る。
「それで目的は果たせるでしょう」
「確かに、そうかも知れぬ」
答えるカルース王だが、まだ釈然としていないようだった。
その迷いを断つようにエリオットは続ける。
「ご安心を。彼女には人質としての価値があります。加えて、メロードは初戦にて大敗を喫しました。被害も大きい。余程の暗愚でない限り、停戦を求められてこれを受けないという事はないでしょう。後顧の憂いを絶つにはそれで十分です」
「なるほど」
「それに……彼女を生かしておけば、さらなる使い道があると思われます」
含みを持たせて言い、エリオットは微笑む。
「……何か考えがありそうだな」
「彼女は陛下の覇道、その一助となるでしょう」
「……よかろう。その口車に乗るとしようか」
「ありがとうございます」
エリオットは深く礼をした。
その視線をエミーヌへ向ける。
「お聞きの通り、貴殿には平和の架け橋となっていただく」
「貴様の思惑通りに行くものか!」
エミーヌは父母と友人に詫びる。
そして、歯を舌へ乗せた。そのまま噛み千切ろうとした。
「あなたが死ねば、再び多くの死者が出ますよ」
エリオットがまくし立てると、エミーヌの歯が止まった。
「貴殿が虜囚の辱めに耐える限り、少なくともメロードとカルースの戦で死者が出る事はないでしょう。形はどうあれ、それは平穏と呼べるものです。貴殿の個人的な感情だけで、それを無に帰すつもりですか?」
メロードの兵士達は、そのほとんどが徴兵された民衆達だ。
誰もが戦いたいと思って戦っているわけではない。
彼らが戦うのは、きっと国の家族を守りたいからだ。
そして、エミーヌが人質となって両国の戦が回避できるならば、民衆達が悲壮な覚悟で命を賭ける必要はなくなる。
そう、私一人が屈辱に耐えれば、確かに平穏は訪れるのだ。
口車に乗る事は気に入らないが……。
エミーヌは言葉を返そうとして、しかしその口を閉じた。
エリオットはそんな彼女に微笑む。
その表情が気に入らず、エミーヌは顔を俯かせた。




