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81「ほら、飛べ」再度立ち塞がるバカ、消えて…降って来たバカ

やっと、イツキが鍛治師の元を訪れた、その目的が果たされた。用事もないので帰ろうとしたイツキは、鍛冶場を出て…〜

 イツキの複数…2つあった目的は、 とりあえず達成された。

 とりあえずというのは、イツキの求める結果には届かなかった為である。

 それでも、必要な物…もしくは必要な事が分かり、道標になったので達成と見ている。


「じゃあ、今度こそ終わりかぁ?」

「ああ」

「おぅし…んで、どうするんだぁ?」


 数十分前の事をしっかり思い返して、他に目的を言っていなかったか確認して、尋ねたシュエン。

 少し前に間違えて、また同じ過ちを繰り返さないための念の入れようだった。

 そして、目的は果たしたので、終わりというのは当たっており、イツキは頷かずに肯定した。


 …と言っても、思い返すという事が功を奏した、というわけでもないが。

 もともとイツキは目的は複数あるとしか言っておらず、思い返しても2つで終わりかどうかなど分からず、意味がなかったのだ。


 まあ、功を奏しようが奏しまいが、正しければどちらでもよかったシュエンは、正しかったと分かり、何故か意気込んだ。

 本人も意気込んだは良いものの、終わってどうするのか知らないし、どうすれば良いのか分からず、やや間を空けてイツキに問うた。


「帰る」

「お、そうかっ…それもそうかっ。用事がなくなったんだもんなぁ」


 イツキは短く、此処を出る事を伝える。

 シュエンも自分で納得した様に、もう目的はなく用事がないので、いつまでも鍛冶場にいても意味はない。

 いや、シュエンの作業を見ていられるなら、意味がないとは口が裂けても言えないだろう。

 最高峰の鍛治師の腕を見学できるのだから。


「ではな…」

「はやっ…おう、またなぁ」


 シュエンが納得の声をあげた時点で、既に背を向けドアに手を掛けていたイツキは、振り返り一言。

 そして、用事がないとはいえ、あまりの切り替えの早さに少し面食らっていたシュエンも一言返すと、イツキはドアを開け放ち…


「世話になった」

「っ!?」


 今度は振り返らずに、それでもしっかりシュエンの耳に届く様に、礼を言って出て行った。

 予想外も予想外のお礼に、数秒前の比ではないほど面食らったシュエンは、今度は反応することもできずただ閉まるドアを見つめ続けていた。


*****


 わざと不意打ちで礼を言い、狙い通り固めることに成功したイツキは…


「…」

「おい、テメッ…」


 外へ出た瞬間目に入った、目の前に立つ大柄の男に一瞬目を向け…そのまま無言で元来た道を戻りだした。

 何の反応もなく無視され、そのまま通り過ぎていこうとしたイツキを、喧嘩腰に呼び止めるその男。

 誰か…それは。


「さっきはよくもっ」


 今までいた鍛冶場へ入ろうとしたイツキを、邪魔した男である。

 無視して中へ入ろうとしたイツキに腹を立て、殴りかかったところを返り討ちにあい、今の今まで気絶していた。

 イツキが出てくるほんの数分前に飛び起き、一部記憶が抜け落ちていた為、その場に残り続けてくれていた知り合いに、事情を聞きいていた。

 すると、ちょうどイツキが出て来たので、なにも考えず、目の前に立ちはだかった…のだが。


「待てっつってんだろぉが!!」


 一度目をよこしたきり、一度も意識を向けない事に、先程蹴り飛ばされた怒りも混ざり、完全にブチ切れた大柄の男。

 一言も『待て』とは言っていない事にも気づかず、怒りに身を任せてイツキへ殴り掛かりながら叫ぶ。

 事情を知らない周囲にいた者たちの、主に細身の女性から悲鳴が上がる。


 そんな中、少しでも武に心得がある者は、殴られそうになっているイツキを見て、弱者だと勘違いをしてかなり危険だと思い、男を止めるために駆け出した。

 しかし、男の方がはるかに早く、誰もが殴られてしまうと次の瞬間を予想し、中には目を瞑ってしまう者もいた。

 駆け出した者たちの努力もむなしく、その大きな拳が細身でオーブ姿の者(イツキ)に当たった…と思われたその瞬間、小さな呟きと共に──


「ほら、飛べ」

『『……ぇ?』』


「────ァ…」


──男の姿が消えた。

 駆け出した者も、その一部始終を傍観していた者も、全員が突然の男の消失に、呆けた声を上げ、静寂が広がる。

 目を瞑っていた者は、周りの声と予想外の無音にハテナを頭に浮かべ、そっと目を開く。

 すると、頭上から声が…


「──ぁぁぁあああ!!」

『『!?!?』』


 何かと思い、誰もが空を仰ごうとした。

 しかし、誰もがその声の主を捉えることは、敵わなかった…顔を上げた瞬間にはすでに、その声の主が落下していた為に。

 何かと目を向けた周りの者たちは、その降って来たに、その姿に顔を引きつらせ、悲鳴すらあげられなかった。

 その、降って来た者とは、もちろん…


「ぐっ、がぁっ!!」

「!!おい!ダンズ!!」


 突如として姿が消えた、大柄の男である。

 ボロボロになって叫びながら落ちて来た男は、地面に激突すると苦悶の声をあげ、そのまま動かなくなる。

 落下の衝撃か、それとも別の要因なのか、男の腕や足は捻れ・折れ曲がっていた。

 地面に叩きつけられてすぐに気も失っており、痛みに叫ぶこともなく、瀕死といっても過言ではない体で横たわっていた。


 そんな大柄の男の名前を呼びながら、走って近づく一人の別の男。

 大柄の男、もといダンズが気を失っていた間、付き添っていた知り合いであった。

 それを皮切りに、周りにいた者たちは、悲鳴や一転して心配の声を上げだし、騒がしくなっていく。


 …と、そこまで状況を説明したところで、間違いなくこの阿鼻叫喚を作り出した、元凶であろうイツキはというと。


「…」

(殺して、都市外まで蹴り飛ばした方が良かったか?)


 などと、現場からそれなりに離れ、中央区画までやってきた所で、物騒極まりないことを考えていた。

 何故、それなりに離れた場所まで、既に移動しているのかといえば…わざわざ走ったのではない。


 実は、ダンズが殴り掛かってきて、それを返り討ちにしたイツキは、その後も止まることなく歩き続け、さり気なくその場を後にしていたのだ。

 その場に止まれば間違いなく、さらにややこしく面倒な事になると考えた故の行動である。

 面倒だと分かっていたなら、撃退はせずにただ避けて、事を鎮めればよかったのではないか、と思うが…


 ダンズがまたしても殴り掛かって来た時点で、イツキはダンズが害となる存在だと認識した。

 故に、四肢の一つや二つを使い物にならなくする事は、確定していたのだ。

 なので、平和な終わりはあり得なかった。

 しかし、その瞬間を大勢に見られては、流石に不都合であった。

 そのため、誰の目にも映らぬ速さで返り討ちにする必要があった。


 何をしたのかといえば、まず、高速でダンズへ振り返り、その勢いを使い、踵でダンズの腹を蹴り上げた…ちょうど前傾姿勢になっていたので。

 そして、手の届かぬ高さまで上がる前に3発、腕と脚に1発ずつ入れ、ついでに、痛みで上昇下降中に気絶しないように、遅れて気つけの一撃を足の甲に入れた。

 後は、3発入れた際も殺さなかった、振り返った勢いを使って元の方向に体を向け、何事もなかったかのように歩きだした。


つまり、超高速で反転しつつ、蹴り上げの力だけでダンズを空へ吹き飛ばし、反転した勢いで元の位置に戻る前に3発入れる。

そして、勢いに逆らわずに元の位置…男を背後にした向きに直ったのだ。


 こうして、返り討ちにした事を悟られずに、半殺しにしたのだった。


 今回はこの方法で誰にも気づかれなかったが、もしイツキが注視されていたなら、流石に怪しまれることはあっただろう。

 動体視力がよければ、一瞬はイツキがブレて見えた筈だし、手の位置やフードの裾、足の向きなどが微妙に変わっている事にも気付けた、はずだから。

 しかし、誰もが男の拳や駆け出した者などに意識がそれていた為、気づくことはできなかった。



 これが、一連の…というか、一瞬の真相であるが…

 イツキは、ダンズが回復した後のことを考え、殺さずに留め、生かした事に少し気を引かれていた。

 変に証言され、非難された場合の面倒を考えて。


 証拠が残らぬよう、きっちりとどめを刺した上で、都市外にでも蹴り飛ばしていれば、イツキが犯人だとバレる可能性は無かっただろう。

 少なくとも後悔することはなかった。

 ならいっその事、今から瞬殺して来ようか…などと、さらに物騒な事を考え…


(いや、ギルドマスターかシュエン…それかアイツにでも話を通せばいいか)


まるで名案が閃いたかのように、一つの案として組み立てていき、さて実行しようかという時、権力のある面々を浮かべ、他人任せにする事に決めた。

 あいつとは、宿のオーナーである、リレイのことである。


 もちろん、庇ってくれるかは分からないが、イツキの危険性を理解している者たちである。

 それに、正当な理由があるにもかかわらず、突っ掛かって来て、いきなり殴り掛かって来たのはダンズなので、イツキが完全に悪いというわけではない。

 というわけで、動いてくれる可能性はそれなりにあるのだ。


 ただ、イツキがもっと穏便に、紹介状があると説明したり、取り押さえたりすれば良かっただけの話なので、まだなんとも言えない。


(本当に、面倒な)


 確かに、イツキの立場に立てば誰もが面倒か、もしくは不安に思うだろうが、完全に自業自得である。

 …まあ、相手がイツキを特定できるとも限らないし、そもそもイツキがやったという確証がない。

 まだ、この件についてはなんとも言えないのだ。


(少し、足運びの様子だけ見て、夕食を取るか)


 これ以上は考えてもあまり意味はないと、思考を打ち切ったイツキは、少し時間が余ったので、リレイとマリスの様子を見に行く事にした。


 *****


 歩く事、1分未満。

 リレイの屋敷前までやって来たイツキ。

 リレイの屋敷には門があり、もちろん、門の前には門番がいる。

 そして、まだ担当は同じ2人組だった。

 つまり…


「またお前か!今度は何の用だ!?」

「おい、落ち着けって。多分、様子を見に来たとかだろう…で、いいか?」

「ああ」


 終始、イツキを嫌い噛み付いて来た短期門番と、仲裁に入っていた冷静門番がいるという事で…案の定、イツキを見て噛み付いて来た。

 相変わらず、一般人にしか見えないイツキの姿に、未だに実力者だとは信じてはおらず、むしろ苛立ちが強まっていた。

 冷静門番は、こうなる事は分かりきっていたと、内心でため息をついていた。


 そしてイツキは、こちらも相変わらず、短期門番を眼中にもないという態度で無視し、冷静門番の問いに頷く。

 その態度が、さらに煽っているというのに、やめる様子は全くなかった。


「はあ!?様子を見るって、何様だよ!」

「バカか…それは俺の言葉だろうが。とにかく、俺はお館様に話を通してくる。お前は静かにしてろよ。アンタも、少しだけでいいから、平和な姿勢でいてくれ…頼むぞ」

「知るかよっ」

「……」

「はあぁ…」


 アホみたいな理由で、さらにキレる短期門番を諭しつつ、煽るのをやめてくれと、言外に伝えてくる冷静門番は、門を離れる際に二人の顔を交互に見る。

 しかし、全く受け入れず、もう1人は反応すらしなかった事に、大きくため息を吐くのだった。

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