82「…息なら吐いた」門番A.B、短気は損気
〜夕御飯まで時間が余ったらしく、近くにあるリレイの屋敷へ、様子を見る事にしたイツキ。相変わらず突っ掛かって来る短気に、イツキは〜
リレイを呼びに歩きだした冷静門番は、少しイツキたちを気にしつつ、その場を離れた。
しかし、屋敷の中には向かわず、庭の方へ向かって行った。
恐らく、未だに足運びの基礎、その練習を2人で続けているのだろう。
「チッ…」
「……」
睨んでいる事に気づいている筈なのに、一切の反応がないイツキに、勝手にイラつきを募らせる短期門番。
まるで、何時かのバカトリオの様な反応である。
バカトリオよりはるかに高い実力を持ち、リレイの屋敷で門番を務める様な人間が、同じ反応を見せた事に、イツキは…
「フッ…」
「ッ!!」
堪え切れなかったかの様に、鼻で笑った。
もちろん、堪えられなかったわけではない。
短期門番を煽る為にわざと漏らして、バカにしただけである…相手にバカにした理由は伝わらないのだが。
とここで、散々イツキを否定し敵視してきた者が、急にイツキに鼻で笑われた時にどうなるか…もう、分かりきったものであろう。
バカにした様な笑いを聞いた短期門番は、何故笑われたのか、本当に自分なのかも考える事もなく、ただ怒りを爆発させた。
別人の様に目を吊り上げ、威嚇する様に歯をむき出し、今にも襲い掛かりそうな前傾姿勢で、左に刺した剣の柄を右手で握る。
そして、短期門番が剣を抜き放ち、飛び出そうとし…
「おい!」
しかし、飛び出す事も剣を抜く事もできなかった。
その瞬間、剣を抜けない様に、握られた剣柄を上から抑える左手が、伸びてきたから。
そしてさらに続いて響いた、怒号。
「トビー!お前は何をやっているんだ!!」
「コズ!?離せっ…がっ!」
「頭を冷やせっバカが!」
お互いに名前を呼んだ事で、図らずも明らかとなった門番2人の名前。
微かに、威圧が混ざったその怒声に短期門番…もといトビーは一瞬動揺し、慌てて柄を抑える手を離さそうとする。
しかし、柄を抑えていた手の持ち主、冷静門番…もといコズはそれを許さず、そのまま空いていた右手でトビーの体勢を崩し、地面に引き倒す。
そして馬乗りになり、顔面に1発拳をお見舞いした。
頭を冷やせと言いつつ殴る…というシチュエーションは、フィクションでなら、一度くらいは見かけた事があると思う。
怒り狂っている者には火に油な気がするが、意外にも、殴られた者は本当に落ち着きを取り戻したり、興奮したままでもその場で止まる。
だが、誰もがこの方法で落ち着くわけではない。
「ぐっ…っにしやがる!」
トビーは、残念ながら逆効果なタイプであったらしく、更に怒りが増し、暴れ出す。
馬乗りになり押さえつけると言っても、柔道の様に固めているわけではないので、暴れられれば簡単に逃げられてしまう。
何が言いたいのかといえば、押さえつけていたコズも堪らず、流石に逃げられてしまったのだ。
しかし、慌てる事はあっても焦りはせずに素早く立ち上がり、イツキの前へ立ち…同僚の前に立ち塞がる。
イツキを襲おうとするトビーと、イツキを庇う位置に立つコズという構図が出来上がった。
側から見たら、完全にトビーが悪者である…が、忘れないで欲しい。
事の発端はイツキが煽った事であり、いくら短期なコズの頭が硬く、態度が悪かったからとはいえ、ここまで大ごとにはならない筈だったことを。
そんな、元凶であるが…
「…」
他人事の様に傍観しているだけだった。
取り押さえたり、手伝おうとする意思や気持ちなど、微塵もない。
と、そこで…対峙していた2人は、お互いにどうするか思いつかず、膠着状態となっていた。
そんな中、多少は落ち着きを取り戻した、様に見えたコズは、どういう経緯があったのか聞き出そうと、トビー話しかける事にした。
「…一体、何があった?いくらお前でも、斬りかかる様な馬鹿な真似を……」
「そいつがっ!俺を鼻で笑ってきたんだよ!」
「………は?」
話が聞ける状態だと思い、疑問をぶつけて見たのだが。
返って来た答えは予想以上に馬鹿らしく、唖然とすると共に、まだ混乱しているのかと勘違いしてしまった。
誰かに弁明する様に、トビーは誰彼構わず襲いかかる者ではない、と説明していたがそれは事実で、コズはそうだと知っている。
にも関わらず、いくら認められない相手だからとはいえ、襲い掛かるなど予想外で、内心かなり驚いていた。
だからこそ、どれだけの理由があるのかと、事情を聞こうとしたのだが、実はただ少し馬鹿にされただけだった。
それはもう耳を疑うか、相手の頭を疑うしかないだろう。
「鼻で…笑われた?」
「ああそうだよ!この、ふざけやがって!!」
その、あまりに程度の低い理由に、つい復唱してしまったコズに、その瞬間を思い出し怒りが再燃したのか、トビーは再度、イツキへ飛びかかった。
呆然としていた、その隙を突かれたコズは、横を抜かれることを許してしまった。
そして、今度は剣を抜かず走り、イツキのローブを掴もうとしたのか手を伸ばし、後数歩というところで…
「シッ!」
「っ…」
トビーの横っ腹を、猛スピードで接近した何者かが蹴り飛ばした。
トビーは悲鳴すら上げられずに吹き飛び、塀にぶつかり、その塀にヒビを入れて地面に落ちた。
急に現れた、その何者にコズはすぐさま頭を下げ、同僚を止められなかったことや、客を危険に晒したことを謝罪する。
「っ!すいません!──
その、何者かは、もちろんイツキでは無く、この屋敷の主。
「全く、なにをしているのですか?」
──お館様!」
リレイである。
蹴り飛ばした結果を見ることなく、イツキとコズに目を向け、状況把握に努める。
しかし、なにがあったかを推測するには情報が少なく、コズに説明を求めた。
「これは、何事ですか」
「トビーが、その…こちらの方に切り掛かりまして。一度は私が止めたのですが…不意を突かれ…。申し訳ありません!」
冷や汗を流して答えるコズ。
流れ落ちる大量の冷や汗は、己がトビーを止められなかった、そのペナルティーを恐れて…ではない。
同僚を止められなかったことへの悔やみや、トビーが辞めさせられるかもしれない焦り、そしてリレイから浴びせられる冷ややかな視線と威圧によるものだった。
事情を説明していくにつれ、どんどん強くなる威圧に、謝罪を繰り返す。
「私に謝られましてもねぇ…。襲われたのはイツキ様であって、私ではありませんし」
「同僚を止められず、申し訳ありませんでした!!」
そんなコズの謝罪を、バッサリ切り捨てるリレイ。
謝る対象が違うと仄めかされ、イツキへ深々と頭を下げ、とにかく謝るコズに、イツキは…
「ああ」
「…っ……」
…だけである。
一応、謝罪を受け入れた返事なのだが、頷くような肯定のジェスチャーも無く、無感情な平坦な声に、コズはダメだったかと、うな垂れた。
すると、進まぬ現状に見兼ねたリレイが、取り敢えず原因を知る為に、もう一度コズに尋ねた。
「イツキ様は許されています。うな垂れていないで、何が原因なのか話しなさい」
「!!ありがとうございますっ…」
「ふぅ…それで?」
相変わらず、プレッシャーは放ったままのリレイであったが、コズはそれほど悪いわけではないと、少し弱めていた。
そして、うな垂れている原因である、謝罪を跳ね除けられたという勘違いを正し、続きを促す。
コズは、イツキの返事が、拒絶では無く許しだったと分かり、先にイツキに感謝を述べ、今でも納得のいかない、些細な理由をリレイに話した。
「はい。トビーの話ですと、どうも…イツキ様に鼻で笑われて、馬鹿にされた…と」
「…はい?」
トビーの言っていた理由と、違いがないか注意して話したコズは、リレイの表情に唖然としたのもが浮かんでいることを見とめ、驚きと軽い絶望を抱いた。
表情に本音を出すことをしないリレイが、珍しくあらわにしていることに驚き、それだけ馬鹿な理由でキレたトビーの処分を思い、庇うのは無理かと思ったのだ。
唖然としてしまったリレイはというと、予想以上に下らない、小さすぎる理由に呆気にとられてしまっていた。
門番という割と大事な役割を任された者が、ただ鼻で笑われた程度で客に斬り掛かるなど、誰が予想するだろうか。
それも、質の低い見せかけではない、門を守っている者が、である。
この場が貴族の集まりでもないことも相まって、つい表情に出してしまったが、リレイは取り繕うこともせずに、イツキへ顔を向ける。
「知るか。一度だけ、息なら吐いた。それを勘違いしたのだろう」
「…そうでしたか」
「あの、バカっ…」
顔を向けられたイツキは、真偽を聞かれると分かっていたので、先に答えた…それも、真っ赤な嘘を。
リレイは、イツキが嘘を言っているようにも、取り繕っているようにも見えず、取り敢えずは納得した。
ただ、信じてはいないので、後でもう一度訪ねるつもりでいた。
しかし、イツキの人なりを知らないコズは、嘘だとは全く思えず、ただでさえバカな理由が、実は勘違いだったと分かり俯く。
そして未だ横たわる同僚にを視界に入れて、小さく呟き、歯を食いしばった。
コズの姿を目に留め、イツキへ向き直したリレイ。
本当にトビーか勘違いしたのかは分からないが、襲い掛かった事実は変わらないので、謝罪だけはした。
「イツキ様。今回は、大変失礼しました」
「別に」
「ありがとうございます。…それでは、アレの処分はこちらに任せていただいても?」
「構わない」
粗相…では済まない事態を引き起こしたトビーの、処分の一任を求めたリレイに、さもどうでも良さそうに任せたイツキ。
まあ、自分で引き起こした事なのだから、この流れも予想済みなのだろう。
例え、処分を任されたとしても普通は扱いに困るものだし、誰もが後は任せてしまうだろう。
「では」
イツキの許可を取ったところで、リレイは2回手を叩いて大きな音を出し、侍女を呼んだ。
ものの数秒で玄関から姿を現した、午前に会うことはなかった、本日初の侍女は、リレイの前まで近づく。
足を止めるとイツキへ会釈をして、軽く顔を伏せてリレイの命令を待った。
「どの様な御用でしょうか」
「アレを部屋に入れて置きなさい。…ああ、手当などいりませんよ」
「承知いたしました」
目線でトビーを示し、部屋…地下にある監禁部屋へ入れておく様に指示を出す。
侍女は、鍛えている男の大の大人を、似合わぬ侍女姿で軽々と担ぎ上げると、玄関へ消えて行った。




