75「少し訂正をな」大袈裟な事実、意識の外
〜鍛冶屋の男が言う、世界中の人々の命が、イツキとどう関係するのか、理解できたと思いきや?〜
*説明が多めになっています
「お前が思っているより、遥かにたくさん、強者は存在するんだ!」
さて、どういう事か、詳しく説明しよう。
***
まず、男がイツキに自身の危険性を表しているもの…死臭や死の気配といった、大量に人を殺した証が、強者には隠せていないと指摘し、隠せる様に意識させた。
その理由は、世界中の人々の命と、一応イツキの為だった。
では、イツキがうまく隠せる様になったとして、それがどう世界中の人々の命と、イツキの為になるのか。
それは、前者は戦闘に巻き込まれ命を失う者、後者は戦闘になる面倒、がなくなるから。
もしイツキがこれからも、隠しきれていない状況で生活していき、世界中を見て回ったなら、いく先々で戦闘になるといっても過言ではない。
何故なら、この世界には地球と比較できぬほど、強者…イツキレベルの人外が存在する。
冒険者でいうと、SSSランクなら余程裏稼業の者に経験がない限り、まず気づく事ができ、経験さえあればSランクでも可能性はある。
さらに、冒険者に登録していない強者など、たくさん存在している。
むしろ、冒険者登録している方が少なく、故に男は勘違いしていそうなイツキへ、思いの外、強者がたくさんいることを教えた。
と、いうことで、世界中を移動すれば意外なほど、イツキの脅威さに気づける者と出会えるのだ。
そして出会えば戦闘になる。
相手は危険の芽…どころか満開のイツキを排除する為に。
イツキは、事情がない限り、向かってくる敵に対し逃げる事はなく、害になるものは例外なく潰す。
戦闘は避けられず、他の命を何とも思わないイツキと、何が何でも排除しようと向かってくる強者との戦いである。
間違いなく周りに甚大な被害が出るだろうし、相手が周りを気にする様な者なら、イツキはそれを利用する為、やはり犠牲は出てしまうだろう。
そもそも、イツキの本気の殺気が撒き散らされたなら、一般人どころか中ランク冒険者にも耐えられない。
つまり、強者との殺し合いが始まってしまったら、人里離れた場所でない限り、犠牲者は免れないのだ。
それがいく先々で起こるとなれば、それはもうかなりの勢いで人口が減っていくだろう。
そうなる前に討伐隊が組まれると思われるが、それすらもたくさんの策で跳ね返し、完膚なきまでに叩き潰す。
まあ何にせよ、かなりの犠牲者が出ることは間違いないのだ。
そう結論に至った男は、隠せる様になることで、死ななくていい命が救われる、と表現した。
イツキの面倒についてはそのままの通り、いちいち行く先々で戦闘になる事がなく、討伐隊などもない。
普通に暮らすことはでき、面倒が無くなる、ということである。
面倒がなくなるだけで、男はイツキが負けることを、一切考えていなかったりするのだが、それだけ尋常じゃない実力を持っていると確信していた。
ちなみに、イツキが男の感情を読んだ際、保身の為と考えたが、あながち間違ってもいない。
この忠告をすることによって、イツキに借りを作り、自分の身を守る…もしくは、何らかのアクシデントの際に手を借りようとしたのだ。
その思いと、世界中の命とイツキの事を考えた上での忠告だった為、イツキは男をうまく読めなかった。
***
男の説明の後半で、何が言いたいのか理解していたイツキは、男の意見に内心でかなり納得していた。
確かに、イツキの脅威さに気づける者がかなりいるなら、それなりの確率で戦闘になるだろうし、いざ戦闘が始まれば周りにも被害が及ぶだろう。
隠せれば面倒が減るし、忠告にも意味はあったと。
「どういうことか、もう分かっただろぉ」
「そうだな…」
「何だ、また文句かぁ?」
「少し訂正をな」
男の同意を求める言葉にも、本心で認める程には正しと感じていた。
しかし、何やら否定したい事があるらしい。
文句でもあるのか、また含みのある言い方に、いい加減呆れしか浮かばなかった男。
「訂正だぁ?何だよぉ」
「確かに、気づかれるとは思っていなかったが、隠せないわけではない」
「何を……っ!?!?」
「どうだ?」
しかし、次の瞬間には呆れなど吹っ飛んだ。
何故なら、あまりにもあり得ない事が起きたから。
イツキが訂正すると言い、何を訂正するのかと怪訝な顔をした男は、イツキの言葉にさらに眉を潜めていた。
そして床に落とした視線をイツキに向けると、そのあり得ない事が起きていた。
「何処に行ったっ!?」
目の前にいたはずのイツキが、いきなり姿を消したのだ。
何度も言う様に男はかなりの実力者であり、目の前にいる者の気配を、見失うなどあり得ないのだ。
もちろん、男の認識できる範囲から外へ転移されれば、流石に追い続けるなど不可能であり、見失ってもおかしくはない。
だが今回は違う。
魔法を使った痕跡もなく、瞬時に移動した様子もなく、しかし完全に範囲内にイツキが存在していなかった。
一体どう言うことかと、ついにイツキを警戒し始めると、ふと思い出した。
消えたと思った瞬間、『どうだ?』と声がした事を。
つまり、移動したのではなく姿が見えなくなったという事。
そう結論付けたが、なら何故気配を感じないのかとまた疑問にぶち当たる。
「これが答えだ」
「なっ!…ずっとそこにいたのかっ?」
「ああ」
男が疑問を抱いた事を察してか、姿を現したイツキ。
消えた時からずっと、イツキが立っていた位置を視界に入れていたにも関わらず、いつの間にか姿を現していた事。
それに、何もない所から急に現れたなら、その現れる瞬間が目に映る筈なのに、現れた瞬間も見えなかった事に、驚愕する男。
しかし、男もただ驚くだけではない。
動した形跡も…かといって透明になったわけでもない、そして不自然な現れ方から、一つの答えを思いつく。
確信、とまではいかないが、それなりの自信を持てる答えを思いつくと、確かめる為に一つ問う。
もともと答えるつもりなのか、あっさり肯定したイツキは、近くに置いてあった座れそうな箱に勝手に座る。
「勝手に座るなっ、中身はくず鉄だから良いけどよぉ…じゃなくて。そこにずっといたってことは、ただ気配を消していたわけじゃないってことかぁ?」
「少し違う」
「あん?どういう…」
人の家だというのに、平然と許可もなく物に座ったイツキに、状況を忘れてツッコむ。
気を取り直すと、答えを確信に近づける為の最後の問いをぶつける。
てっきり肯定が返ってくると思っていた男は、一部とはいえ否定された事に面をくらい、何が違うのかわからず聞き返した。
イツキは、もう答えて良いだろうと決め、どういう原理で男がイツキを認識できていなかったか、説明する事にした。
「お前の浮かべた答えは正しい。確かに、意識から外し、認識ができない様にしている」
「じゃあ何が違うっ…普通に俺の考えを読むなよぉ。…で、何が違うんだぁ?」
ナチュラルに男の思い浮かんだ答えを読み取り、答え合わせを始めたイツキ。
あまりにも自然に言い放った姿から、つい普通に何が違うのかと聞き返しそうになり、読み取られた事をジト目で非難し、普通に聞き返す。
「意識を外す方法」
「…つまり、なんだぁ、ただ気配を消しただけだとぉ?」
「ああ、その通りだ。気配を消すといっても、程度がある。殺意や闘志などの意思を隠すもの。存在圧を消すもの。…魔力も。その全てを極限まで消すと、意識が外れ、再度意識できない」
「っ…なるほどなぁ」
何が違ったのか、それは『ただ気配を消しただけじゃないのか』の部分であり、意識を外す方法が別にあると予想していたこと。
実際は気配を消し、その効果の中に意識を外すものがあった。
しかし、男には気配を消すだけで見えなくなる原理がわからず、誤魔化しているのかと、疑わしげにイツキを見る。
イツキは、その勘違いを晴らすため、少し詳しく説明をした。
その説明に、息を呑んで神妙な面持ちで聞く男は、予想外の方法にも、納得の声をあげた。
「理屈は、分かる。だから見えていても認識できない…意識していないものが見える筈もない。しかもタチが悪いことに、見えていないから動いてもわからない、かぁ」
イツキが急に消え、急に現れた理由がわかり、スッキリした様子の男。
***
気配とは、生物を認識する上で大切なものであり、多少の例外はあるが、意思や感情、存在圧、魔力が含まれる。
まず、生物が持つものとして、意思や感情は言うまでもないだろう。
存在圧とは、生物が存在していれば必ず発している、気配の代表とも言えるもの。
背後に気配が…や、見えないのに『建物の中には2.3.4....9人居る』と当てることができる、よく気配として扱われる。
殺気や怒気、覇気など『気』とよばれるオーラの様な威圧も、イツキの纏う死臭や死の気配も、含まれる。
そして、この世界での話だが、生物は皆魔力(魔素)を持っているため、魔力も気配に含まれる。
その気配を全て極限まで消すと、生物は対象を意識できず、見えているのに、匂いがするのに、音がするのに認識できない。
正確には、見えている筈なのに姿が捉えられない…すぐ近くにあったのに見つからない『ミ⚪︎ケ!』みたいな感じになるのだ。
誰にも気づかれたくない際には、とても重宝する技術である。
簡単に表すと、気配のない透明人間になる様なものだ。
実際透明ではく、監視カメラなどにはしっかり映るので、生物の五感を欺くだけの為のものであるが。
ちなみに、以前説明した『気配を隠す』は、原理は全く別物である。
***
さて、イツキの訂正が終わったところで、ふと男は気づく。
「あ〜、てことは、1回目で隠せていない事に気づいて、それ以降はしっかり隠せたっ、てことかよぉ」
何の事かと言えば、行く先々で戦闘になる云々の事で、それはイツキが上手く隠せていない場合の話だった。
しかし、今はというと、イツキが脅威だと判断される材料…死臭もその気配も完全に隠されており、異常な死臭を知っている男でも感じ取れなかった。
つまり、元から隠す事はできる事であり、ただ前の隠し方で十分だと思っていただけだった。
その為、例えこの場で気づくことがなくても、1度目の戦闘で気づき、隠す様になっていた。
つまりは、それ以降は戦闘もなく巻き込まれる人もいないわけで、世界中の人々の命の為、というのはあまり意味がなかったのだ。
「ああ。ただ、その一度の戦闘が無くなってだけでも、十分だ」
無駄足を踏んだと、若干萎えている男に、イツキはフォローするかの様に、意味があったことを教える。
「おっ、本当かぁ!」
「…借りができたな」
現金なもので、実りがあったと分かれば、あっという間に元気が戻った男。
目的の一つ、イツキに借りを作る事に成功した。
説明文が多くて申し訳ないですorz




