68「しっかり覚えろよ?」廃人…?、頼みごと
〜廃人の様に残念な感じのミエリアの様子に、イツキはどう対応するか…?〜
目の前で、床に座り込んでひらひらの木屑を舞い上げては笑う、目が虚ろなミエリアの不気味な姿に、素で引いたイツキ。
ミエリアの乾いた笑いと、パサ…パサ…と、何かが落ちた音が続くことから、ある程度予想はしていた。
しかし、実際目で見るとなかなか不気味で、イツキでも、つい体まで引いてしまいそうになった程である。
もしサリーや孤児たちがこの状態を目撃したなら、盛大に顔を引きつらせ見なかったことにするか、小さい子なら泣くだろう。
「あはははー」
「……ふぅ」
もう廃人にしか見えないその行動と姿に、ため息すら漏れたイツキ。
このまま見なかったことにして帰れば、明日またここに来た時に、どのような対応をされるかわかったものではない。
近づくことすら躊躇うが、仲間になるのだから正気に戻させなくては、とミエリアの元へ歩き出した。
…元凶のくせに。
ミエリアの前に立ったイツキは両手を構え…
「…ミエリア」
名前を呼びながらパンッ、と音を立てて後ろへ下がった。
今回は両手でデコピン…ではなく、だだ手を打っただけなので、衝撃波でも飛ばない限り痛みなどある筈がない。
筈なのだが…
「いたっ…え?」
ちょっとした悲鳴をあげて正気に戻ったミエリア。
もちろん、衝撃波などの攻撃性のある事象は発生していないので、恐らくはつい声を出してしまったのだろう。
ミエリア自身も、何故悲鳴を上げたのかわからず、疑問の声を上げている。
「?…うーん、と…あれ?」
「ミエリア」
「あ、はい!…あれ、イツキさん……」
「今日はこれでここを出る」
「…ぅ」
ようやく正気に戻ったが、少し前の記憶がないことに首を傾げているミエリアを呼ぶと、条件反射の様にスッと立ち上がり返事をする。
そしてすぐに、目の前にいる人物がイツキであると気づいた…そもそも、目の前に人がいるとも認識していなかったが。
イツキを見たことで、狂っていた状態よりも前の…驚き固まった時の事を徐々に思い出していくミエリアに、追い討ちをかけるかの様に、孤児院を出ることを伝える。
頭の整理中に新しく情報が入って来たことにより、さらに頭がこんがらがり、訳が分からなくなって来て発した言葉は…
「イツキさんの真似とか無理ですよ!」
「…」
(整理が付かず、最初に戻ったか…)
口に出したかったが、驚きとその原因であるイツキがいなかった為に言えなかった、心からの否定の叫びであった。
急に時間が巻き戻ったかの様な発言をした理由は、イツキの考え通り、整理が追いつかづ振り出しに戻ったからである。
しかし、今更すぎるこの言葉に、普段のイツキなら間違いなく理不尽にイラついていただろうが、今回は全くイラつくことがなかった。
何故なら、もともとその話をする為にここに戻って来たからであり、むしろ、会話のきっかけとなり丁度良かった。
「無理だというがな…あれだけをするなら、1ヶ月もいらない。まあ、刀の使い方から始めた場合、もっとかかるかもしれないが」
「いやいや、1ヶ月ってなんですか!1ヶ月いらないんですか!?すごいですね!」
(やけに否定的だと思えば…また説明が足りていなかったか)
とりあえず、無理だ無理だと否定的なミエリアを前向きにする為、短期間で習得できる程度の簡単なことだと、間違いを訂正しようとすると…むしろ混乱が加速した。
イツキのことをよく知る仲間などなら、教えることが上手いから短期間で終わるとわかる。
しかし、どれだけ親し気にしようとも、イツキの事をほとんど知らないミエリアには、教えるのが上手いから期間が短いとは考えられない。
自分の能力を買い被っている、もしくはイツキが凄いから簡単だと思っているだけで、常人には難しい事を理解していない、と思ってしまっている。
まあ、これが普通の考え方なので、相変わらず説明が少ないイツキが悪い。
が、今回はどうにか自分の説明が足りないことに気づいた…ただ、それでも説明不足という認識で、そもそも説明していないことに気づいていないのだが。
もう少し、人外としての能力を発揮してほしいものである。
…まあ、それはさておき。
説明不足だと分かったならどうするか、それはもちろん説明を加える。
というわけで…
「安心しろ。お前はそれだけのスペックがあるし、私も指導は得意だから、問題ない」
「…………お願いします」
それはもう、自信過剰に思えるほど清々しく言い切るイツキ。
ドヤ顔も胸を張ることもなく淡々と事実を述べる辺りは、自信過剰にはないイツキらしさがあり、ミエリアも少しは信じることができた。
イツキの言うミエリアのスペックとは、身体能力なのか、そのほかの能力の事なのか、全く見当もつかないし、やはり過剰に見られているのではと思う。
それでも、指導が得意という事は何となく分かるので、問題ないという言葉は本当なのだろうと思ったミエリア。
何故そこまで自信を持てるのかと、疑惑による沈黙の間があったものの、イツキの言葉を信じてみることにした。
そんな時である。
「……木屑で遊ぶのは良いが、木版を壊すなよ」
「え?…は、はーい…?」(な、なんのことでしょう?)
柔らかかったイツキの雰囲気が急に硬くなり、これまた唐突に、取って付けたような話題に変わる。
あまりにも急な変わりように、目を白黒させていると、イツキに無言で返事を促され、とりあえずハテナが付きつつ返事をするミエリア。
と言っても、木屑で遊んでいたのは事実なのだが。
ただ、ミエリアはその時の記憶がないので全く心当たりがなく、やってもいない事を決め付けられた様な、釈然としない気持ちになっていた。
「では、な。これで帰る」
「あ……。イツキさん!今日は、ありがとうございました!」
そして、足音を立ててドアへ歩くイツキに、ハッと気を取り戻すと、本日数回目のお礼を、大声で言い放った。
イツキはドアノブに手をかけ、ドアを引く前に顔だけミエリアの方へ向けると、一言。
「ああ」
とだけ、返してドアノブを回し…
ダッ、という慌てて走って行く足音を耳にし、ドアノブから手を離す。
「?」
「一つ、頼みがあるのだが…」
「あ、なんでしょうかっ」
帰る筈なのにドアノブから手を話したことに、首を傾げるミエリアへ、体ごと振り返り話しかけるイツキ。
頼みごとがあるらしい。
急なことで詰まるが、イツキからの頼みならばとやる気を漲らせるミエリアに、伝える。
「伝言をな…しっかり覚えろよ?」
「覚えるだけなら大丈夫です!」
「そうか、そうだったな。ではいくぞ。…………だ。頼んだ」
「え〜っと……………ですよね。わかりました!お任せください!」
頼みごとをするくせに偉そうに忘れるなよと、念を押すイツキに、胸を張って自信満々に大丈夫だと答えるミエリア。
イツキは、ミエリアが計算の答えを覚えていた事や、とあるごとに頭の中で目で見た映像をリピート再生していた事を思い出し、納得する。
無事、伝言を任せられそうだと分かると、繰り返すこともなく1回だけ、言う。
覚えるには少し長めな気がするが、ミエリアは無事1回だけ覚えきれ、大役を任されたかの様に胸を張った。
「出るか」
「はい!」
こうして2人で部屋を出て、少しビクついた様子の少年を気にも止めず、イツキはそのまま小さい子組+サリーに見送られ、孤児院を後にした。
〜〜〜〜〜
イツキが孤児院を出てしばらくした頃。
ミエリアがキースに近づき声をかける。
「あ、キース君」
「ん?なんだ?」
「イツキさんから伝言です」
「っ、なんて?」
ミエリアから発せられた予想外の要件に、安堵したばかりだからか余計ビビるキース。
一体なんだと少し臆しながら、内容を尋ねる。
「えっと…『今回は良いが、覗くのは時と場所、相手を考えてやることだ』…だ、そうです!」
「マジか…」(意外と強い冒険者だったりするのか?…そういや、ランク知らねぇな)
そう、実はキースは、部屋に入って少し経った頃、まだ出てこないのかと覗きと盗み聞きをしていた。
その為、ビクついたり、イツキが何事もなく帰って行った事に安堵したりしていた…のだが。
まさかバレているとは思いもせず、内心ではかなり驚いていた。
何せ、部屋から出て来たイツキは、まるで気づいていなかったかの様に、素知らぬ顔で出て行ったのだから。
元々、この依頼を受けるのは低ランクくらいだとサリーが言っていたから、余計大して強くないと思い、結果覗きがバレていないと思っていた。
もしくは、バレていても何かしらアクションがあると思っていたのだ。
だとして、何故そこから実は強いのかという予想になったのかといえば。
キースの冒険者像は、戦いは出来ても粗暴で不器用というもので、イツキの様に細い大人しめな冒険者は、Fランク辺りの弱いのか、逆にAランク以上の強者というイメージだった。
イツキの場合、怒鳴り散らすことも壊して回ることもないく、器用な真似をして見せたから、中間のランクではない。
なら弱者が強者のどちらかとなり、今まで見聞きして来た事からE〜Fランクという弱さはないだろうと、強者の可能性に行き着いた。
わりと偏見に満ち溢れた予想だったりする。
「……」(つーか、覗きしてたの、メアにもバレてるって事か…面倒くせー)
イツキの冒険者ランクを知らないことに今更気づき、どんなに考えても分からないと思考を区切ると、ふと思った。
今さっき送られた、伝言について。
イツキが覗かれていることに気がつき、ミエリアに伝言を頼んだのなら、ミエリアも覗かれていた事を知らされている筈。
いや、知らされていなかったとしても、伝言の内容で分かりきっている。
つまり、覗いていた事をミエリアにもバレている訳であり、怒られでもしたら面倒くさい…などと考えていると。
「どういう意味なんでしょうねっ?」
「……マジ、か…」
間違いなく下の子たちでも気づけるであろう内容に、ミエリアが気づいていなかったことに安堵より先に、強い驚愕に見舞われた。
覗いていたことがイツキにバレていた、と知った時よりも遥かに強い驚きに、二の句が告げなかったキースであった。
〜〜〜〜〜




