来客 2
「汚い船だな」
双眼鏡で不明船の姿を確認した大橋が最初に口にしたのは、それであった。
やってきたのは、おそらく1000トンもない小型の船だ。船体は白く塗られているようだが、その分そこかしこに汚れや錆が目立っている。長い航海をしつつも手入れを出来ていない証拠だ。もちろん船体だけでなく、上部構造物も以下同文だ。
また煙突からはどす黒いとまではいかないが、かなり濃い煙が出ている。燃料の品質が悪いか、ボイラーの調子が悪いのだろう。
「武器はなさそうだな」
見た限り、軍艦ではない。イメージ的には小型の貨物船か、大型の漁船といった所だ。砲塔や発射管らしきものもない。
「信号兵。不明船に発光信号を送ってみろ。内容は貴船の国籍を答えられたしだ」
「了解」
信号機が点灯し、発光信号を不明船に向けて送る。日本語の信号が通じるとは思えないが、念のためだ。
すると、すぐに反応があった。相手からも発光信号が焚かれ、さらにマストにスルスルと旗が上がる。
「艦長、信号は理解できませんが、不明船のマストに緑の旗が上がりました!」
部下の言う通り、大橋も双眼鏡越しにそれを認めた。
「緑の旗か。確かこの世界での白旗だったな」
つまりは戦闘の意思なしを示す旗だ。
「艦長、どうしますか?」
「こちらも緑の旗を上げろ。ただし戦闘配置はそのままだ」
この世界で緑旗=白旗と判明した直後、トラ4032船団司令部では全艦船に緑の旗を用意させ搭載した。もちろん、万が一の衝突を防ぐための準備である。だから今回「音無丸」も容易に緑旗をマストに掲揚することが出来た。
スルスルと「音無丸」の信号マストに青旗が上がる。ただし、砲や銃座に配置した兵員はそのままだ。万が一相手の緑旗が偽装であったりすれば、彼らは即座に砲門を開くこととなる。
だが心配したようなことは起こらなかった。接近してきたボロ船は、「音無丸」から500m程離れた場所に停止し、錨を入れた。その位置もまた、「音無丸」の動きを何ら掣肘する位置ではない。
そして、左舷舷側からボートを降ろし始めた。
「お客様が来るぞ。歓迎の準備だ」
「しかし、言葉通じますかね?」
「う~ん。役に立つかわからんが、あの語学手帳持って来い」
語学手帳は、トラ船団内部で急遽作成された簡単なあいさつや単語を記したものだ。言語は捕虜にから聞き取ったマシャナ語、さらにはその地方言語(占領地の言語)であるタスト語、他にルリアの故郷の言葉であるエルトラント語、瑞穂島の原住民が使うケルミ語など、とにかくこの世界で把握できた言語全てが記載されている。
現状異世界人とのコミュニケーション構築は重大事であるため、この語学手帳は貴重な紙やインクを動員して作られ、少なくとも1隻に一冊は搭載されていた。
それを部下に持ってこさせて手にすると、ラッタルへと向かう。見れば、不明船から手漕ぎのボートが一隻向かってくる所であった。
「ラッタル降ろせ!」
右舷側の乗降用ラッタルが降ろされる。手漕ぎボートは、その下へと付けられた。
「音無丸」の誰もが緊張した面持ちで、そのボートから上がってくる人間を見つめる。上がって来たのは3人。いずれも、頭からローブのようなものを纏っている。
彼らはラッタルを上り切ると、歩みを止めて固まった。
ラッタル周辺を取り囲む「音無丸」の乗員(一部の者は小銃や拳銃を手にしている)に驚き、警戒してしまったようだ。
その中から、大橋は意を決して航海長の相見大尉を連れて前に出る。そして、固まっている3人の前で直立不動になり敬礼する。
「ようこそ。日本国海軍特設砲艦「音無丸」へ。私は艦長の大橋明人中佐であります」
「同じく、航海長の相見允大尉であります」
とりあえず、通じないであろうがまずは日本語で自己紹介する。言葉は通じなくても、礼を込めて応対すれば、その態度を相手も読み取る筈だ。するとその効果が出たのか、相手が頭にかぶっていたローブを脱ぐ。そして、その素顔を見て大橋も相見も驚いた。
(若いな。それに、女もいる)
現れたのは、若い白人だった。外国人の年齢は日本人からだと推し量り難いが、少なくとも30は越えてなさそうだった。そしてその内の一人は女性だった。
すると、その中の一人が前に出て口を開く。
「○□☆△」
もちろん、大橋たちには意味はわからない。それでも、一つだけわかったことがある。
(マシャナの言葉じゃないな)
マシャナ人は大橋たちの基準からすると黄色人種であるから、目の前の3人組がマシャナ人でないことは容易に想像がついた。そして彼らが口にした言葉もまた、捕虜たちが口にしていたマシャナ語とは違っていた。
そこで大橋は、語学手帳を開いてマシャナ語以外で「こんにちは、初めまして」と問いかけて見た。
すると、エルトラント語で話しかけると、相手も反応した。
「□△☆○」
だが大橋らには聞き取るのは無理だった。そこで、かなりぎこちないが「私、エルトラント語、上手くない。ゆっくり、頼む」と言ってみた。
すると相手は、大橋に向かって先ほどよりもゆっくりと、一つ一つの単語を口にしながら話しかけてきた。
「わたしたち メカルク公国の 使節です。あなたたちは 一体 何者?」
語学手帳を辞書にして、たっぷり数十秒かけて相手の言葉を翻訳し、こんどはさらに同じ時間を掛けて言葉を訳し、ゆっくりとエルトラント語で話す。
「我々は、日本国海軍だ」
「日本国とは?」
「ここから南西に行った場所にある島国だ」
「エルトラント王国とは違うのか?」
「違う」
「マシャナ帝国の属国か?」
「違う。むしろ我々はマシャナと敵対している」
文字にすると。わずかな文字数の会話である。しかしながら、双方母語ではないエルトラント語を介在しての会話であり、特に日本側は翻訳に時間を掛けているので、たったこれだけ会話するにも10分以上の時間を要した。
とにかく、自分たちが日本国の海軍であること、日本国はマシャナとは違う国であることを伝える。
「あなた方はどこへ行くのか?」
「我々はエルトラント王国に向かっている」
「エルトラント王国はマシャナ軍の侵攻を受けているが、危険ではないか?」
「国からの命令なので、いまさら引き返すわけにはいかない」
「護衛も無しでは、命を捨てるようなものでは?それに、あなた方の船はボロボロではないか」
見たところ、メカルク公国の使節団と名乗る彼らが乗ってきた船は、長い航海でボロボロであった。そんな非武装のボロ船で、戦闘海域に突っ込むなど自殺行為以外の何物でもない。大橋はそう思った。
それに加えて、大橋はチャンスだと思った。
(彼らを味方に付けれれば、補給などの問題が解決できるかもしれないぞ)
メカルク公国と言う国がどのような政体の国で、どこにあるのかは大橋にはわからなかったが、少なくともマシャナの敵対国ではあるらしい。敵の敵の味方とは絶対に限らないが、味方に引き込める可能性はある。
「我々は間もなく国に帰るが、良ければ一緒にこないか?」
大橋は彼らを瑞穂島に、一緒に来るように提案した。彼らが向かうエルトラントが危険というものがあるが、今現在外の世界とは隔絶されている日本国が、新たに外交関係を結ぶチャンスである。
しかし、相手も慎重だった。
「今ここでは決められない。一端船に戻って検討する」
「了解した。もし一緒に来るのであれば、我々が道案内する」
「わかった」
「ところで、あなたの名前をまだ聞いてないが?」
「ハインス・オットーと申す」
「私はアキト・オオハシ。この船の長だ」
「では後ほど。キャプテン・オオハシ」
会談はいったんそこで終了し、メカルク公国の施設たちは自分たちの船に戻って行った。
「あちらさん、一緒に来ますかね?」
「さあな。まあ、来ないなら来ないまでだ。とにかく、俺たちの敵にならなきゃいい」
大橋は部下の問いにそう答えた。
「戦闘配置はどうしますか?」
「一端解除しろ。ただいつでも配置に付けるようにだけはしておけ」
「了解」
万が一に備えたものの、大橋自身はそんなことあり得ないと思い、余裕の態度であの煙草もどきに火をつけて吸うのであった。
そして数時間後、再びボロ船からボートが出されて「音無丸」にやって来た。今度は、漕ぎ手以外先ほど大橋と会話したオットーだけが乗っていた。
彼はタラップを上がってくると、大橋に面会を求めた。
「キャプテン。よろしければ、我々はあなた方の国を一度訪問したい。つきましては、道案内をお願いしたい」
「了解した。では、3時間後に出港するがよろしいか?」
大橋は時間的猶予を置いて出港する提案をした。これは相手の船が整備中の場合など、出港までに時間が掛かることを予想しての配慮であった。
ちなみにこの世界。時間の単位は地球と同じ秒、分、時間を使い、1日は24時間。1年は365日だ。だから時間の概念は同じである。
「それで構わない。よろしくお願いする」
「わかった。それでは、我が国まで責任を持って案内させていただく」
大橋が手を差し出すと、オットーも手を差し出し二人は握手を交わした。
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