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漂流者 3

 寺田少将率いる一行が次にやって来たのは、先ほどの資源地帯から30分ほど再びデコボコ道を走った場所にあった。こちらは周囲が鬱蒼とした原生林となっている場所であった。


 そしてその原生林の入り口には、如何にもありあわせの材料で作ったと言う感じの、幾つかの掘っ立て小屋と煙突が立ち並んでいた。一行はその横を通過し、原生林の中へ入った。


「閣下、ここからは歩きましょう」


 春日の言葉に、寺田が頷く。


「そうだね。これ以上は危険そうだ」


 車内にいてもはっきりとわかる、油の臭い。随分と昔、アメリカのテキサスの油田地帯を視察したときに嗅いだのと同じ臭いだ。一行は車から降りて、歩いていく。歩いていくと、さらに臭いが強くなった。


 そしてしばらく歩くと、森の中に黒々とした池があった。


「こいつか」


「はい。見ての通り原油です」


 春日の言葉に、大石参謀が目を見開く。


「本当に石油が自然に湧出しているとは……ここは宝島ですな」


 石油が自然に湧出する場所は、油田近くをはじめ世界中に数多くある。しかしながら、先ほどみた黄鉄鉱やボーキサイトの山の近くに油田まであるとなれば、出来すぎていた。


「しかもここだけではありません。この森の中には、かなりの数の自然湧出の石油があります」


 瀬野が得意げに言う。


「だろうね。これだけ臭うんだからね」


「この臭いのために、原住民たちはこの森に近づこうとしません。つまり、掘り放題ということです。まあ、我々ではほとんど掘りようがありませんでしたが」


「そうだね。専門家もおらんかっただろうし」


 瀬野や春日ら、先に流れ着いた「耳成」や「海棠」の乗員たちがこの油田を発見したとしても、使い様がないだろう。まず掘り出すための道具がない。そして例え掘り出したとしても、石油はそのままでは使えない。


 石油と一言で言っても、艦船で使うのは主に重油。航空機の場合はガソリン。自動車はガソリンと軽油といった具合に、使う油の種類は違う。これらを造るには原油を蒸留して精製しなければならない。


「海棠」の乗員たちは自艦用の燃料だけでもと努力したらしいが、艦内にあった道具では充分な燃料を掘り出せず、また採掘や精製に関しての石油技術者がいるわけがなかった。


 それでも、さすがに帝国随一の教育機関である海軍兵学校や機関学校を出た秀才たちがいたわけであるから、何とか知識と道具をフルに動員して、小規模ながら油田開発と精製場を造っていたのはさすがであった。これが森の入り口で見た掘っ立て小屋の正体である。


 これはこれでスゴイことであったが、そうは言っても「海棠」のような駆逐艦でも必要とされる燃料はトン単位だ。それだけの石油を採掘し、精製するなど不可能であった。また、海岸からそれなりの距離にあるため、運ぶだけでも相当な苦労をしなければならなかった。


 このため、春日ら「海棠」の乗員たちは、月に数日間最低限の発電機を動かすのに必要な燃料を運ぶだけで精一杯であり、この島に漂着してから一度も海上に出たことはなかったと言う。


「だが我々が来たからには、状況は大きく変わるぞ」


「油田と製油所の拡張は、船団の資材でなんとかなるでしょうが、問題は専門家が不足していることですね。この間のように、将兵の中にいれば良いのですが。」


「だがやらねばならん。でないと、我々は干上がってしまうからな」


 懸念する大石に対して、寺田は強い言葉で返す。


 トラ4032船団に積まれている各種資材を使えば、油田や精製所の拡張は容易なことだろう。ただ問題なのは、石油関係の技術者が不足していることだ。こうした技術者が必要とされるのは、占領地域であっても油田のある地域、すなわち旧蘭領東インドシナや、日本国内の新潟や秋田の油田地帯となる。


 トラ4032船団が目指していたトラック島やラバウルには油田などなかったから、当然採掘や精製に関する技術者は載っていない。かろうじて石油を運ぶタンカーの乗員たちがいるが、彼らは運ぶのが専門家であって、掘ることの専門家ではない。


 あとは、大石の言うように徴兵された将兵や、志願してきた予備学生士官などから探す方法もあるが、こうした専門的な技術者は大概軍属として徴兵されることなく、油田地帯へ送り込まれているので、あまり期待できないものであった。


 こうなると、あとは彼ら自身が持ち合わせている知識や技術、さらには先に油田を掘って精製していた「海棠」乗員たちの経験や勘を頼りにするしかない。


 こうでもして燃料を確保しなければ、トラ4032船団は備蓄燃料を全て使い切ってしまい、航行するどころか、艦船を維持することさえ不可能となる。もちろん、搭載している航空機や自動車と言った文明の利器も軒並み使用不能となる。


 近代戦には、かくも石油と言う資源が重要なのであった。


 こうして油田の確認を終えた一行は、船団泊地の方へと戻る。もちろん、戻る道は行きと同じくデコボコだらけの道だ。


「海岸まで油を送るとなると、パイプラインか道路の整備も必要だな」


「パイプラインは資材的に可能か微妙ですよ」


 舌を噛みそうになるのに注意しながら、寺田と大石は今後の石油の運び出しについて話し合う。


 石油を内陸から海岸線へ運び出す方法が幾つかある。まず直接パイプラインを据え付けて送る方法だ。確実で迅速に輸送可能だ。ただし、そのためにはパイプラインを作らなければならず、トラ4032船団の手持資材ではとても出来そうになかった。


 そうなると。


「道路か鉄道か……鉄道の方が見込み大ですね」


「しかし、鉄道と言っても我々の船団にはレールや機関車なんか積んでないだろ」


 油を海岸まで送り出す方法は、間接的な輸送方法。自動車か鉄道を使った運び出しとなる。しかし、ただでさえ数少ない上に、輸送力の小さな自動車を使っての輸送など非効率過ぎる。しかも、自動車となれば道路の整備も必要だ。これだけのインフラ整備は容易なことではない。


 一方鉄道の方は、自動車に比べて遥かに輸送効率が良い。1台の機関車に多数のタンク貨車を連結すれば、大量の石油を海岸まで運び出せる。また投入する人的資源も自動車輸送に比べて、遥かに少ない人数で済むと言う利点もある。


 ただこちらもレールの敷設が必要であるし、機関車や貨車も用意しなければならない。もちろん、そんなものトラ船団には積まれていなかった。そうした物が積まれるのは、支那やタイ、ビルマなど鉄道が敷かれている地域向けの船団であった。


「ですが、鉄道のレールや車両の製造でしたら、比較的簡単なのでは?幸い鉄資源はありますし、軽便のような小さな規格の鉄道から始めれば、何とかなるかもしれませんよ。機関車だって、最悪自動車や自動貨車を改造すればいいのです」


「なるほど、その手があったか」


 そのような大石の話を聞いている内に、寺田も出来る気になってくる。


「船団に戻ったら、さっそく各艦の艦長や船長たちと話し合わなきゃいかんな」


「なんか、社会主義(アカ)の軍隊になったみたいでいい気分じゃないですけどね」


「仕方があるまい。帝国海軍が消滅した今、こうでもしないとそれこそ船団はバラバラになるぞ」


 現在トラ4032船団が行う重要事項は、一部を除いては、一度各艦長や船長からなる幹部会議にかけることが常態化していた。本来であれば、船団指揮官は寺田なのだから、彼が命令してしまえばいいだけの話だ。


 しかし、彼の地位を保証するべき帝国海軍が消滅した今、その権利を振るうことは難しくなっていた。一応今は指揮系統は保たれているが、反乱が何時起きても不思議ではない。


 幹部会議に掛けて重要事項を決定しているのは、そうした事態を防ぐための、一種のガス抜きであった。


 そしてどうして大石がそれを社会主義(アカ)的と言うかと言えば、これはロシア革命やスペイン内戦などの軍艦内部で、幹部を殺害した水兵中心の革命委員会が、艦の行動を決める際に会議を開いていたことに由来する。


 もちろん、そんな無茶苦茶な指揮系統が成功した試しはない。少なくとも、大石は知らない。


「それにだぞ、大石参謀。我々は戦闘のプロだが、別に開発などのプロではない。君は多少物知りだがそれでいいかもしれんが、分からんことのほうが数多い。船団内全ての人間の知識を結集しなければ、立ち行かないんだ」


「それは私も重々承知してはいますが……」


「まあまあ少将に大佐も。今は目の前のことに集中しましょう。まずは生き残ることが先決でしょう」


 と現実的なことを言うのは、「海棠」艦長の春日中佐だ。さすがに3年間も無人島生活をしていただけある。


「春日中佐の言うとおりだ。何よりもまずは、船団と将兵を食わせることを考えよう」


「それはわかっているんですがね……敵の存在もありますし」


「それも問題だな」


 トラ4032船団の前途に待ち受ける不安材料は膨大であった。先ほどの高揚した空気から一転、その不安を意識した寺田は、口を閉じた。


 

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