漂流者 2
リアルが忙しくなったため、投稿が遅れました。すいません。
「ようしいいぞ!降ろせ!!」
輸送船の1隻から、上陸用舟艇である大発に均土機が降ろされる。トラ4032船団がやってきた島には、当然ながら船を横付けさせられる埠頭などの港湾施設はないため、輸送船の荷物や航空機は、1回1回デリックで大発や小発、さらには無動力の艀に移して岸まで運ばなければならない。
こうした作業が各船で行われていた。もちろん、降ろす荷物は膨大な量であるし、さらに海上に落とさないようにデリックは慎重に動かさなければならない。必然的に時間を食う。
「やはり揚陸には作業を食うな」
「せめて陸軍の揚陸母船のような船があれば、楽なんですが」
陸に設置した指揮所から作業を見守る寺田は、時間の掛かる揚陸にやきもきしていた。そんな彼の言葉に、大石がすぐに反応して自分の所感を述べる。
「揚陸母船?そんな船を陸軍は持っているのかね?」
「はい。船体内部に上陸用舟艇の格納庫を備え、急速発進させることが可能な特殊船です。中には飛行甲板を搭載して、陸軍空母と呼ばれる船まであります」
「ほう。海軍から離れていた間に、そんなものを陸軍は開発しおったか」
「あれば便利なんですけどね。特に今回のような上陸作業では」
トラ4032船団は海軍向けの物資や部隊を運ぶ船団であったので、構成される船は全て海軍が徴庸した特設艦船か商船だ。陸軍の虎の子である揚陸母船は、当然ながら加わっていない。
「まあ、ない物ねだりしても仕方があるまい。それよりも、今は基地作りだ……と言っても、我々には出番はない。後はよろしく頼むぞ、河村中佐」
「任せてください少将。ありあわせの資材で急ごしらえの物しか出来ませんが、敵の空襲があるわけでもありません。1ヶ月もあれば、それなりの物を造って見せますよ」
と意気込みを語る第三種軍装で身を固めた男。今回船団に乗り合わせた第99設営隊隊長の河村三郎中佐だ。
設営隊とは、海軍の工兵部隊と言うべき部隊で、最前線における基地の建設や設置作業を行う。有名な所では、ガダルカナル島の戦闘の焦点となったルンガ飛行場を造ったのも彼らである。
この部隊の特徴は、戦場における飛行場の建設や築城作業を行うため、技術士官を含んでいること。また民間からの徴用者、すなわち軍属が占める割合が高かった。
99設営隊の場合も、隊長の河村こそ海軍士官学校出の陸戦隊士官であるが、その他の士官は全て技術士官であった。
そしてこの部隊の特徴としては、南方の基地の梃入れのために編成されただけに、最新の土木機械を数多く備え、さらに兵員や武器に関しても比較的定数に近い数を要していた。
これまでの日本の設営器具と言ったら、極少数の自動貨車などを除けば、シャベルやモッコと言った、人力頼りの部分が大きかった。
しかし99設営隊には、国産の最新式の均土機や排土機などが配備されていた。しかも内地で飛行場の急速造営演習も経験しており、寺田らの期待も高かった。
彼らの仕事は、まず陸上の拠点となる建物や兵舎の建設。さらに飛行場やその付属施設、簡単な港湾施設も含まれていた。
「いやあ、大したもんですな。あんな機械が造られるとは。さすがは50年近く未来から来ただけあります」
「いやいや瀬野中尉。私の頃だって、ああ言う機械はまだなかったぞ」
と上陸してくる車両や土木機械に関心しきりなのは、春日大佐と瀬野中尉の二人であった。二人を含めた「海棠」と「耳成」の生き残りの将兵は、寺田らによって1階級昇進となっていた。
本来こうした階級を上げる権限は、如何に少将の寺田でもできない。これを行うのは人事権を握る海軍省の仕事だ。
しかしながら、現在トラ4032船団は帝国海軍の指揮系統から完全に隔絶されている。また「殉職扱いならば、1階級昇進しているだろう。長年苦労してきた彼らに、それなりのことはしないとな」と言う論理で、寺田たちはこの場扱いでの特進をさせていた。
彼らは1階級昇進した階級章を付けた真新しい制服を身に纏っていた。漂流して数年経ち、元々来ていた制服は大分くたびれていたので、やはり補給物資の中にあった新しい衣服を寺田は彼らに支給したのであった。
もちろん、こうした処置は彼らの士気を上げたのは言うまでもない。
そして、寺田が彼らにそうした処置を行ったのには、もう一つ理由があった。
「今回は君たちに本当に感謝だ。原住民との交渉が上手く行ったのは、君たちのおかげだ」
この島に拠点を築くと決めた寺田らトラ4032船団の幹部陣であったが、この島には原住民がいた。占領地において、現地住民の支持を得ておくことは、重要なことである。そうした苦い経験に関しては、日本軍は満州事変以来教訓豊富であった。
しかしながら、この島の原住民に会ったことすらない寺田たちには、交渉の場を設けることすら容易なことではない。そこで、この島に漂着して既に3年以上経っている春日や瀬野らに交渉の場を設けるように指令した。
この作戦は上手く行き、貴重ではあったが船団内に載っていた煙草や酒、菓子などと言った嗜好品の一部を手土産に、寺田らは原住民の村長と会談を持つことが出来た。その結果、原住民の生活地域に一切手を出さないと言う条件で、湾周辺や島の内部の利用許可を得たのであった。
「この島の原住民は、温和で余所者にも好意的であるのが助かりました。それも、この島が様々な面で恵まれているからでしょう」
春日の言葉に、寺田は頷く。現在までに湾周辺地域を航空偵察などで調べてみたが、この島には複数の川があり、平坦な土地も多い。土壌も肥沃で、耕作するにはもってこいだ。また温暖な気候であるため、少なくとも寒さで苦しむことはない。
食することの出来る自生の木の実も多いらしい。らしいと言うのは、そうした植物の多くが日本から持ち込んだ図鑑や資料には載っていない未知なるものだからだ。「耳成」や「海棠」の乗員が上陸当初食料の確保に苦戦したのは、この未知の植物ゆえに手が出せなかったからだ。
今は原住民から教わるなどして、おおよそ食すことのできる植物はわかるとのことだ。原住民から種や苗を入手して耕作している植物も同じだ。
とりあえず、食料確保にはあまり苦労しなさそうだ。後は伝染病が恐ろしいところだが、「耳成」や「海棠」の乗員でそうした病に感染した例はないとのことなので、直ぐに恐れる必要はなさそうだ。
もちろん、研究は必要だが。
とにかく、そうした気候や環境が、原住民に余所者を受け入れさせるだけの余裕を作り出しているらしい。
「指揮官。準備できました」
水兵が寺田たちを呼びに来た。
「おう。それじゃあ、行こうか」
「「「はい!」」」
4人は用意された車に乗り込む。揚陸され整備の済んだ錨のマークを付けた95式小型乗用車「くろがね」と、94式自動貨車だ。
「くろがね」は小型の四輪駆動車で、連合軍のジープほど汎用性はないが、それでも人を運ぶだけなら充分な性能を持っている。
「くろがね」には運転手と寺田、大石、春日が。94式トラックには運転手と瀬野が運転席に、そして荷台には護衛役である陸戦隊隊員と地質調査の経験がある海軍技術士官が乗り込んだ。
「出発!」
トラックを前にして、2台は道なき道を進みだした。自動車と言うのは、基本的に道路を走ることを前提にしている。もちろん、軍用であれば不整地走破能力が付与されているが、それでもタイヤを使用している車両である以上、どうしてもデコボコ道は苦手だ。
「揺れるな」
「道路を走っているわけではありませんから、仕方がありません。それに、側車よりは遥かにマシですよ」
「まあな」
側車とは、サイドカーつきのオートバイのことだ。自動車化が遅れている日本軍では、その側車ですら貴重な機械化戦力となる。屋根があり、四輪の自動車に乗れるだけでも贅沢なことだ。
舌を噛まないように注意し、悪路に揺れる車内で我慢すること一時間あまり、2台は目的地へと到着した。そこは一面荒涼とした丘陵地であった。しかしながら、そこからの光景に、寺田も大石も目を見張った。
「寺田少将。御覧下さい。あちらにあるのは黄鉄鉱、向こうはボーキサイト、そして銅です。いずれも地面に露出しており、その埋蔵量は計り知れません」
春日が地面に露出している鉱脈を指差して説明する。一つの山が、丸々そうした鉱物資源で出来ているようだ。自国内では資源をほとんど産出しない日本に産まれた人間としては、その光景は羨望以外の何者でもなかった。
「たまげたなあ。これが元の世界にあれば、アメリカなど恐れるに足りなかったんだがなあ」
「今の我々にも過ぎた代物ではありますがね」
大石が溜め息を吐きながら言う。現在のところ、彼らには目の前のその鉱物資源を掘り出し、加工して利用するだけの力はない。
「利用法については追々考えよう。とにかく、これだけの資源があるとわかっただけでも、スゴイことだぞ」
今は利用できない。そう、今はだ。今後拠点を作り、採掘に必要な人数や機材をそろえられれば、利用できる可能性も出てくる。寺田にその未来予測に、自然と笑みを浮かべずにはいられなかった。
彼は満足そうに文字通りの資源の山を見終えると、一考に力強く言う。
「よし!次行くぞ、次!」
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