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最近忙しくて筆が止まっています

申し訳ありません


花ちゃんの展覧会の日。


襟付きの水色のシャツに白いスカート、紺のサンダルといういかにも普通の女子高生の背景に溶け込める私服を着た私は、朝一番に兄に美容院に連れて行かれた。

そこは兄の友人の勤める美容院で、カットモデルとしてやってくれるため、料金はただなのだと言っていた。


…諭吉、出番ねえ。

得意げに諭吉見せびらかしていたくせに使わないらしいよ。


いつも通り髪はしたの方で二つに結んでいたのだけど、美容院の前で兄にむしりとられた。



そんでもって、美容院の空気に押しつぶされそうな私を尻目に、兄はその友人に声をかけるのだ。



「髪質は悪くないと思う。でも髪の量多いから、とりあえず…高校生だしストレートパーマでいい?」

「おう。俺よくわかんないから任せる」



ぐっ、と親指を突き立てた兄。

す、すすすす、ストレートパーマ?パーマかけるの?

私の動揺をよそに、兄の友だちである美容師さんは仕事をしていく。軽く髪の毛を揃えてから、変な液体をかけられて、そのまま丁寧に丁寧に髪の毛を伸ばされる。

癖っ毛ではないから、前髪はやらないほうがぺたんとならなくていい、と言われたので言われた通り従う。こういうのは喪女が口出ししない方がいいのを私は知っている。

髪にラップをかけられてしばらく放置すれば、あとは洗うだけ。こういうの、気持ち良くてすごく眠くなった。というか寝た。遠慮がちに起こされて恥ずかしかった。雑誌を読んでた兄が爆笑したので肘鉄を食らわせておいた。


そうしてあとは乾かされたりすれば、終わりだ。

鏡に映った自分をみてなんか、違和感。美容師さんは私たちがすぐに出かけるのだときき、少し内巻きにセットしてくれた。

確かに私は私だけど、なんだか女子高生っぽい。女子高生なんだけど。こうしてしっかり手入れされると、大学生にみえなくもない。

兄はそんな私をみて大絶賛。


ここまで喜んでもらえると、少しだけよかったかも。髪が変わるだけで人って変わるのね。


美容師さんは、記念に、となんだか上等な花飾りを髪につけてくれた。

化粧もするかと言われたが、そこまでは…全力で遠慮しておいた。兄は残念そうだったけど。



髪がサラサラしていてなんだか照れくさい。兄がテンション上がったばっかりに、美容師さんに「これ、俺の妹!」と言って「知ってる」と軽くあしらわれていた。バカ丸出しにするのはやめてほしい。




それから兄と電車を乗り継いで、たどり着いた都内の一角。

兄は電車慣れしているらしくてすごく助かった。1人じゃ確実に迷ってた。


夏休みだからか、割と人が多く並んでいる人もいた。

来てみてわかったけど、割と大きな展覧会っぽい…。花ちゃん、もうこれプロじゃないか。声をかけてもらえて舞い上がってたけど、やっぱり花ちゃんの存在はなんだか遠い。



中に入ってみる。

美術展だけあって、絵だけではなく陶芸や彫刻、立派な芸術作品が多々置いてあって息を飲む。

一つ一つ丁寧に吸い込まれるように見ていたんだけど、ふと気づいたら兄がいなくて「兄ちゃん一階の喫茶店でコーヒー飲んでる」とメールがあった。

どこがオトナだよ。早々に飽きてんじゃねーか。


絵画ブースにくれば、夏だからだろう、夏の風物詩の絵がおおかった。花火とか、田舎の風景とか、中には油絵で描かれたカキ氷があってそれが斬新でとっても美味しそうだった。

ついつい見惚れてしまって、作者名を見れば「椎名春馬」さん。…椎名に引っかかるものがあるけど。偶然だよね。偶然偶然。だってカキ氷の絵だもの。あの王宮に住んでそうな奴の親戚だもの。ね。そうそう。


そうして、奥にはあの花ちゃんの絵があった。

完成系はやはりくるものがあって。全体がすごく優しい空気に包まれていて、花ちゃんの人柄が反映されたようだった。

あの時点ではわからなかったけど、ひまわり畑の子どもは可愛い男の子。若干花ちゃんに似てる…?ということは、もしかして。想像すると心がほくほくとした。

下にはやっぱり「栗栖花」。


なんだか嬉しすぎるのと素敵すぎるのとあいまって泣けそうだ。くぅ!




「これが栗栖の絵かぁ!すげえ…」


ビクッと隣からそんな声が聞こえて、思わず縮こまった。見なくても声でわかる。羽瀬川、夏希。

後から「さすが花ね」「うん」と幼馴染組が加わるのもわかった。隣だよ。すぐそばにいる。もしかしたら来てるんじゃないかなとは思っていたけど…。鉢合わせするとは。

彼らが私のことを知らないのが幸いだ。顔を覚えられる前に去ろう。

まだ見たりないから、他のところを回って彼らがいなくなったころにまたこよう。


さりげなくその場を去るなんてことは私にかかればお手の物だ。

なんせ背景に溶け込めるから。


彼らの声が聞こえなくなって、離れたところにきて私は息を吐いた。



んんん。

なんか隠れる必要なんかないはずなのに逃げてる気分。


でもなあ、君パレの人たちと関わるのが得策かというとそうではない。

むしろ彼らのことを恐らく、彼らより知る私はむしろ近くにいないほうがいい気もするんだ。


彼らから私に関わろうとしてくるのはまずない。

だからこちらが気をつけていればなんの問題もないのだ。水垣さんが入学してくるまで、ただ、見守っていれば。

モブはモブらしく、彼らの華やかな学園生活の引き立て役として生きればいい。そりゃあ自分の人生だ。自分が主人公だって言う人だっているけど、私は彼らのことが今気がかりなんだもの。

なんだかんだ言って、ゲームとは違っていても彼らのことはみんな好きなのに変わりはないのだから。

少なくとも高校時代の三年間は彼らを見守りたいのだ。君パレのファンとして。



と、気づけばよくわからないところに来てしまった。

作品も置いてないし…これは、迷子?この年でか。考え事しながら歩くからだよ、私そこまで器用じゃないんだからしっかりしないと。


とりあえず、来た方を戻ろう。



くる、と後ろを向いたら。



し、椎名脩ーー!?


私服姿の椎名脩がそこにいて、バチリと目が合った。

黒のワイシャツにネクタイって…お坊ちゃんは私服も気が抜けないね…。しかもあんた、髪の毛ミルクティー色になってるね?夏休みでイメチェンかよ…。このタイミングで染めてたのね…。こりゃ夏休み明けに棚咲さんが暴走するな。

でも原作通りの椎名脩をリアルでみれるとは。似合うなぁ。それにやっぱりかっこいいよね。


ハッ…!ま、まさか、あのカキ氷は本当に椎名脩の親戚の方!?美味しそうでしたよ!?

ということは、もしかして花ちゃんを誘ったのは椎名脩…?いやいや、いくらなんでもそれは。見てないところでそんな進展があったら私大分焦るよ。


私を見て何の反応もないところからすれば、確実に私は〝知らない人〟だな。

ただ、自分を見て固まっているから不思議そうに微笑んだ。

やばい、また冷や汗が…。


怖いんだもん、椎名脩…。

敵とみなしたひとには特に…。


こ、ここはあれだ。やっぱり何も知らないふりしてさっさと去るのが一番いい。



「ここは関係者以外立ち入り禁止なはずだけど…。もしかして道に迷った?」


逃げ遅れた。しかも関係者以外立ち入り禁止とかしまった。やらかした。それにこれで確実にあれは椎名脩の親戚さんの作品。…こうなったら変に行動するよりおとなしくしていたほうがいいか。

私はなるべく顔を隠すようにうつむきながら頷いた。



「広場まで案内しようか?」


全力で首を振った。無理。無理です。多分まっすぐ戻れば大丈夫だし、いいです。遠慮します。

「そう?」と椎名脩は案外あっさり引いた。…ふう。椎名脩、遭遇率高すぎて怖いわほんと。



「でも珍しいね。若い人はあまり美術館とか来ないのに、展覧会なんて」

「あ、と、知り合いの絵を、見に来て」


声が裏返りそうになりながらなんとか答えた。椎名脩はずっと王子スマイルを貼り付けて「ふーん」と言った。



早くこの場を乗り越えたくて軽く頭を下げてそそくさと別れれば、後ろから「そこ左ねー」と言われてギュルンと急いで曲がった。



それを見て腹黒王子がクツクツと喉を鳴らしていたことなど誰も知らない。




階段を見つけた私はとりあえずそこを駆け下りると、なんと兄のいるという喫茶店についた。

覗いてみればスマホアプリに勤しむ兄の背中が見えて我が兄ながら、あいつは何をやってるんだとため息をついた。

店員さんの視線、ほらー、もー。


兄に「ゲームばかりやってるとゲーム脳になって待つのは死のみ」とメールを送れば、兄は驚いて立ち上がってキョロキョロ見回していた。

とりあえず、私はもう一度花ちゃんの絵をゆっくり見に行こうと思う。



しかし、失敗した。


辿り着くとそこには結城真白をのぞく全員が集合していたのである。

羽瀬川夏希の3人に加え、なぜかいる椎名脩と今日の主役の花ちゃんも。

花ちゃん私服も可愛い…。


じゃなくて、椎名脩はさっき顔を合わせたばっかだし、せっかく3人組とも別れられたと思ったのに…!これは確実に私のミスだ。

誰かに気づかれぬうちにと抜き足差し足でさろうとした私はさらに阿呆だった。バランスを崩してよろけたから。…だから私器用な人間じゃないって自分が1番わかってるでしょうがああ!このばか!


それに気づいたのは、花ちゃん。

と、その隣の椎名脩。て、え、椎名脩笑ってない?え?あいつ今笑わなかった?あ、視線に気づいた。真顔になった。



「あれ?もしかして佐々倉さん?」


声をかけてくれた。…のはすごく嬉しんだけど、キャストが勢ぞろいで私すごく泣きそう。さっきの決意が早くも粉々に崩れて行く音がした。

無視するのも人としてどうかと思うので、なんとか笑って見せた。

すると、花ちゃんは嬉しそうにこちらにかけよってきてくれる。もちろん羽瀬川夏希らも何事かと視線をこっちに移した。

やばいよぉ〜。主要人物の視線集めちゃってるよぉ〜。トイレ行きたい〜。



「雰囲気変わってすぐにわからなかった。来てくれたんですね!わぁ、嬉しい!遠いのにありがとう」

「いえ、すごく楽しみにしてたので…」


やっぱり他人からも変わったように見えるんだ。

今私の心の中は崖っぷちのグッラグラだけどね。でも、せっかく花ちゃんに会えたんだ。感想くらいは言っておきたい。


「あの、やっぱりすごく好きです。栗栖さんの絵。来れてよかったです」

「そういってもらえるのが本当嬉しい」

「…真ん中の男の子は…」

「ああ、モデルは弟なんです。まだ小さいんだけどね」


照れたようにでも嬉しそうにはにかむ花ちゃん。やっぱり。



「知り合いって栗栖さんだったんだ」

と、椎名脩。私は苦笑い。というかさすがについさっきあった人のことは覚えてるか。…当たり前か。


羽瀬川夏希が「なになに?知り合い?」というのに花ちゃんが頷く。

やばい、話がでかくなりそう。


早々に撤退!撤退します!

私はもし花ちゃんに会えたらと思って来る途中に買っておいた小さめのオレンジ色をベースとした花束を、花ちゃんに渡した。それから、「誘ってくれてありがとうございました」と。うひぃ!なんか恥ずかしい!

そのまま90度くらいに腰を曲げて走り去った。恥ずかしすぎる。

花ちゃんが後ろで「こちらこそありがとうー!」と言ってくれて、私は気恥ずかしいけど、それでいて喜びに満ち溢れていた。



喜びに満ち溢れすぎて、兄を置いてきたと気づくのは電車を二個ほど乗り換えたときだった。


すごく怒られた。


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