第二話 現地知性体本拠地内
現地知性体の家に潜入してから、三日が経過した。
その間、私の体内では有機圧縮フィールドの解除が静かに進行していた。
『警告。肉体再構築に伴うバイオマス消費を確認。周辺環境からのリソース回収、および現地協力者への報酬提供プロトコルを実行します』
脱出ポッドの簡易AIが思考領域にログを打ち上げる。
不時着時に竹林へ食い込んだポッドは、非常時プロトコルの一環として、自動で『超小型物質生成プラント』を起動させていた。地層の金属元素を分子レベルで再構成し現地の通貨金属、高純度の『金』へと変換。それを周囲の竹の節へと排出し始めていたのだ。
「ばあさまや、大変じゃ……! また竹の中に黄金がぎっしりと詰まっておった……! あの姫様は、我が家に富をもたらす神の御子に違いない!」
「まあまあ……! なんというありがたいお方でしょう」
薄目を開けた視界の先で、老夫婦が涙を流してひれ伏している。
これでこの拠点における滞在費の支払いは完了。私の保護に対する十分なインセンティブにはなったはずね。
そして七十二時間後。細胞の拡張と神経系の接続、現地語のインストールが完了し、私の肉体は本来のサイズ——一人の成熟した女性の姿へと完全復元を果たした。
起き上がり、体を軽くストレッチする。
視線を向けると、老夫婦が「わずか三日で大きくなられた……!」と、腰を抜かさんばかりに驚愕していた。
さて……ここからが本当の潜入ミッションの開始である。
私はインプラントの言語翻訳機能を起動し、表情を「無害で無知な少女」へと偽装した。
「……あ、あの……ここは……?」
拙い所作で戸惑ってみせると、現地知性体の老男性…長いわね、おじいさんで良いか…が慌てて身を乗り出してきた。
「おお、お目を覚まされましたか! 姫様、お怪我はありませんか? 一体どちらからおいでになられたのじゃ?」
「私は……分かりません。自分の名前も、どこから来たのかも……何も思い出せないのです……」
完璧な演技で「記憶喪失」を主張する。
見知らぬ異星の文明で余計な追及を避け、安全に情報収集を進めるための最も合理的なカモフラージュだ。
「なんと……記憶をお失いに……! かわいそうに……」
富を得たおじいさんは、名前も生い立ちも分からぬ私をしかるべき存在として披露するため、都会から有名な命名者『忌部秋田』とやらを招き、三日三晩にわたる盛大な祝宴を開くことにした。
家中にごちそうが並べられ、多くの人々が集まる賑やかな宴の席。私は植物性のブラインド--御簾--の奥から彼らと対面する。
「ふむ……名も無き姫君か。いかなる名を奉るべきか……」
腕を組み、考え込む忌部秋田。
ここだ。私は脳内インプラントの『認知誘導機能』を静かに起動させた。
発声器官から発せられる通常の会話音声に、指向性の超音波パルスと特定概念の誘導コードを重ね合わせて変調・重畳させる。
「皆さま、素晴らしい宴をありがとうございます。ですが私は……ただ、あの暗い夜の中でも、竹が青く輝いていたことしか思い出せず……」
声に乗せた波動が、御簾を越えて空気を通じてダイレクトに忌部秋田や翁たちの聴覚野と言語野を刺激する。
『輝く』『夜』『カグヤ』という概念キーワードが、彼の脳内で強い閃きとして再構成されていく。
「輝く……夜……! おお……ひらめいたぞ!」
忌部秋田は膝を叩き、感極まった面持ちで立ち上がった。
「闇夜を照らすそのお美しさ、まさに輝く夜の如し! この姫君には『なよ竹のカグヤ姫』という御名をお付けいたす!」
「おおお! なんと素晴らしいお名だ!」
宴の席に集まった人々から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
「カグヤ……。それが、私の名前……?」
「左様! カグヤ姫様にございます!」
私は慎み深く微笑み、心の中で静かにログを更新した。
……認知誘導プロトコル、正常作動。公式な命名者を通じた識別ID『カグヤ』の定着を確認
こうして私は、記憶を失った謎の美少女「カグヤ姫」として、この地球の社会に完全に溶け込むことに成功したのだった。




