第一話 キンウ星系第三惑星衛星軌道上
「警報。シールドジェネレーター、完全停止。シールドの再展開まで、あと四百二十秒」
合成音声の警告が無機質に響く中、私、『カグヤ』は全天モニターに映し出された見慣れぬ蒼い惑星を見下ろしていた。
キンウ星系、第三惑星『コンジク』。
その衛星軌道上への到達は、予定された航路ではなかった。超長距離探査船『ツクヨミ』は、宙域のデブリ群との予期せぬ接触により推進系と防御機構の双方に致命的な損傷を負っていた。
「オモイカネ、状況報告を」
「本船のコンジクからの重力圏離脱、不可能」
ツクヨミの統合制御AI『オモイカネ』の平坦な音声が返る。
「コンジクの衛星、ギントへの緊急降下および不時着シミュレーションを実行中……ギント地表への不時着成功率、一二パーセント」
「一二パーセント……ダメね。船を失うわけにはいかないけれど、私もここで死ぬわけにはいかないわ」
私はツクヨミの最高責任者として最後のコマンドを入力する。オモイカネにデータベースの永久保存とギント地表への自動不時着を命じると、私は唯一の生身の搭乗員として単身、緊急脱出ポッドへと滑り込んだ。
「脱出ポッド、シーケンス移行。生体保護モード起動——乗組員の肉体を有機圧縮フィールドにより小型化、耐衝撃シェルを展開します」
ポッドのハッチが閉じ、衝撃対策の粘性液体が私の身体を包み込む。視界が徐々に狭まり、意識が遠のいていく。
「射出まで、三、二、一——」
その瞬間、ドスンと船体全域を激しい衝撃が襲った。
ギントへの降下体勢に入っていたツクヨミのどこかで小爆発が起こった。その衝撃でツクヨミの姿勢が崩れ、脱出ポッドの射出ベクトルは大きく狂わされた。
「警告。軌道逸脱。本機はギントの重力圏を離脱。第三惑星『コンジク』の大気圏へ侵入——」
ポッドはギントの静寂ではなく、コンジクの青く蠢く大気圏の渦の中へと落ちていった。
◇
高度を落とすポッドの簡易AIは、超高速で地表の地形をスキャンしていた。
「地表衝突まであと六十秒。減速スラスター全焼破。着陸時の生存確率を最大化するため、高密度の弾性バイオマス群生地を選択……ターゲット決定。」
大気摩擦で真っ赤に灼熱したポッドは、落下の最終局面に至り、緑豊かな高密度の竹林へと突入した。青白いプラズマの余熱をまとったポッドは、何本もの竹をなぎ倒し、最後はある一本の太い竹の幹に食い込む形で沈黙した。
ポッドの外壁は高熱を放ち、竹の繊維を通して周囲の闇の中に妖しく青白い光を撒き散らしている。
内部の保護システムがゆっくりと解除され、小型化された私の意識が、冷気の中で目を覚ました。
「……ここが、コンジク……」
その時、竹林の静寂を破り、笹をかき分ける人間の足音が近づいてきた。
「……なんじゃ、あの光は……? 竹の中に、光る竹が一本あるぞ……?」
手に斧を携えた初老の男性が、驚愕の面持ちで青く発光する竹に近づいてくる。
同時に、ポッドの簡易AIが無機質なシグナルを発した。
『非常時プロトコル起動。超小型探査ドローン、展開。優先順位に基づき周辺調査を開始します』
ポッドの外甲から、数ミリ大のマイクロドローンが数機、笹の葉をかすめて飛散していく。
優先順位一、生存可能性。
優先順位二、原生生物の分布。
優先順位三、現地知性体の文明レベル。
——だが、解析結果を待つ余裕は与えられなかった。
『警告。接近する大型の生体反応を検知。未定義の知性体と推定』
笹をかき分ける音。直後、ポッドの半透明シールド越しに、シワだらけの顔をした生命体——初老の男性が覗き込んできた。
……まずい
この段階での現地人との接触は最悪のシナリオだ。文化的背景も言語も分からない以上、彼が敵対的である可能性を排除できない。手に握られている鉄製の刃物は、こちらの小さな身体を一撃で粉砕するのに十分すぎる威力を秘めている。
私は圧縮された小さな右手で、シート脇の緊急防衛用レーザーガンへそっと手を伸ばした。照準を彼の急所に合わせ、トリガーに指をかける。
「……なんじゃ、この光は……? 竹の中に、小さな姫様が……?」
だが、全天モニターに映し出された男の表情に殺気はなかった。そこにあるのは敵意ではなく、言葉を失うほどの驚愕と、どこか信仰心にも似た強い慈愛の眼差し。
……攻撃の意思はなし。武器の使用は保留
私はそっとレーザーガンを衣服の隙間に滑り込ませ、隠した。
だが、まだ油断はできない。相手の音声データは拾えているものの、脳内インプラントへの言語データ変換とインストールには、あと数百秒の時間を要する。今会話を試みても、互いに理解不能なノイズにしかならない。
……ここは、無力な存在を装うのが最善ね
私は薄く開いていた目を閉じ、呼吸を整え、ゆっくりと「寝た振り」をした。
男の温かく、どこかゴツゴツとした手が、慎重に私を包み込む。身体が宙に浮き、一定の周期で揺れ始めた。男が私をどこかへ運んでいくのだ。
よし……まずはこの現地人の拠点へ潜入。言語のインストールが完了するまで、このまま大人しくやり過ごすわ
揺られること十数分。やがて独特の煙の匂いと、土の香りが鼻腔をくすぐった。
男の足音が止まり、古びた木戸が軋む音が響く。
「ばあさまや! 大変じゃ、竹の中から神様が……!」
ここが、彼らの拠点——私にとっての最初の「潜入先」だった。
次回、10/2121時更新!




