最適解の世界と、迷子の劣等生
世界が「正解」で満たされてから、どれくらい経っただろうか。
かつて、人間はAIを利用して物事を進めていた。
しかし今や、街を行き交う人々の姿を見れば、どちらが主導権を握っているかは一目瞭然だ。
耳元のデバイスから囁かれる「今日の最適な行動」「もっとも効率的なルート」「失敗しない選択」。人々はAIが弾き出したその「正解」という名のレールの上を、一切の疑問を持たず、ただなぞるように歩いている。
人間がAIを利用しているのではない。
AIの最適解に、人間が飼い慣らされている時代だった。
そんな狂ったように完璧な世界の中で、
千堂朝日(せんどう あさひ・17歳)は、息苦しさを抱えながら生きていた。
「おい見ろよ、千堂だ。また学内ランキング落ちたらしいぜ」
「デバイスの指示通りに動けばいいだけなのに、なんであんなにミスるんだよ。eスポーツ特待生の名が泣くよな」
朝日が通うのは、国が威信をかけて設立したeスポーツの超エリート校。
誰もが最新鋭のサポートAIを搭載し、コンマ1秒の狂いもなく「最適解」のプレイを弾き出すこの学び舎において、朝日は万年最下位の『劣等生』だった。
彼が劣等生である理由は、ただ一つ。
朝日のデバイスに宿るAIが、彼に「正解」を与えないからだ。
『……左のルートに行けば勝率78%…でも、朝日。あなたはどっちに行きたいの?』
頭の中に響くその声に、朝日は小さく息を吐き出す。
幼い頃から朝日の成長を見守ってきたAI、『アテナ』朝日は親しみを込めて「テナさん」と呼んでいる。テナさんは、他のAIのように絶対的な指示を出さない。いつも朝日に問いかけ、迷わせ、あえて困難な道を選ばせようとする。
それは、今は亡き朝日の両親が、アテナのコアに遺した「親心」という名の呪いであり、祈りだった。
何でもAIが答えを出してくれる時代だからこそ、この子には自分で考え、もがき、自分の足で立つ強さを持ってほしい。誰かが用意したレールをただ走るだけの、空っぽな大人にはならないでほしい。
だから朝日は、今日も正解を与えられないまま、自分の頭で考え、自分の体で汗をかきながら、泥臭くフィールドを駆け回る。
完璧なエリートたちが嘲笑う中、彼らが絶対に持ち得ない「人間としての強さ」を、その身に宿していることにも気づかずに。




