13話
ここで舞台はいったん——俺の知らない場所へと移る。
ルミナ王国王都。
その中心にそびえる白亜の城。
この国を治めるのはハロルド三世という王だった。
歳は五十ほど。
豪奢な衣に黄金の王冠。
そして何より——その胸には人一倍の誇りを抱いている。
曰く、自らの治世こそルミナ王国の歴史上もっとも輝かしいものである、と。
文化は栄え、民は潤い、国は富んだ。
その栄光を、ハロルド三世は何よりの誇りとしていた。
——そんなプライドの高い王のもとに。
ある日、ひとつの報告がもたらされた。
「——無属性だと?」
玉座の上でハロルド三世が眉をひそめた。
「は。さる地方の村にて鑑定の儀を受けた十歳の子ども。その結果が——無属性。魔力量F。適性Fであったと」
報告したのは宰相のガルム。
痩せた神経質そうな男だ。
「鑑定の歴史において前代未聞。無属性が出たという記録すらほとんどございません。ましてや魔力量と適性がともにFなど。本来適性にFは出ぬはずのもの。それが両方ともでございます」
玉座の間にしばし沈黙が落ちる。
やがてハロルド三世がゆっくりと口を開いた。
「ガルム。余の治世はこれまでいかなるものであった」
「は。輝かしき栄光の御代にございます。文化は栄え民は潤い——」
「そうだ」
王は宰相の言葉を遮った。
「余の治世は建国以来もっとも輝かしきもの。歴史に燦然と刻まれるべき栄光の御代。——そのはずだ」
ぎり、と。王の手が玉座の肘掛けを握りしめる。
「なのにどうだ。よりにもよってこの余の治世に。建国以来ただのひとりも出なかった、史上初の出来損ないが現れた。無属性。F、F。そんなおぞましい烙印を押された子どもがこの国から生まれ落ちたというのだ」
王の声に隠しきれぬ苛立ちが滲む。
「これは汚点だ。余の栄光の治世に刻まれるただひとつの許しがたい汚点。後の世の歴史家はこう書くだろう。『ハロルド三世の御代に史上初の出来損ないが現れた』と。——許せると思うか。そんなものがこの余に許せると」
「……御意。それに王よ」
ガルムが声をひそめて続けた。
「この話はすでに——他国にも知れ渡っておりまする」
「……なんだと」
「ヴァルド、グラン、セレス、マリナ。近隣の四王国にも噂は届いております。曰く、『ルミナから史上初の出来損ないが出たそうだ』と。……中にはこれを嘲笑う者もおるとか。栄華を誇るルミナも所詮はこの程度か、と」
「——っ」
ハロルド三世のこめかみに青筋が浮かんだ。
「他国が……この余の国を嘲笑っているだと?」
王は玉座から立ち上がった。怒りで肩が震えている。
「許さん。許さんぞ。この誇り高きルミナが。たかがひとりの出来損ないのために他国の笑いものにされるなど——断じてあってはならぬ!」
その怒りはもはやひとりの子どもへの嫌悪をはるかに超えていた。
傷つけられた王としての矜持。
それが王を突き動かしていた。
「ガルム。あの出来損ないは——消す。一族もろともだ。我が国の恥はこの余の手で根こそぎ葬り去る」
「御意。王都の民の間にもすでにその一族を根絶やしにすべしとの声が高まっておりまする。事を起こすに不足はございません」
「ふん。民の声か。めずらしく余と考えが一致したな」
ハロルド三世は冷たく唇を歪めた。
「だが急くな」
「と、申されますと」
「相手は無力な村の子ども。逃げも隠れもすまい。下手に急いて動けばかえって要らぬ噂を呼ぶ。『王が、十歳の子どもひとりを恐れた』などと囁かれてはそれこそ笑いものだ」
王は再び玉座に腰を下ろした。
「ときを見計らえ。民の声が十分に熟すのを待て。そして頃合いを見て——あくまで民の総意として自然に片付けるのだ。誰の目にも王の私情とは映らぬようにな」
「……さすがは王よ。御意のままに」
ガルムが恭しく礼をする。
こうして——プライドの高きこの王の静かな決定によって。
何も知らぬひとりの少年とその一族の運命は暗く定められてしまった。
……もちろんその時の俺はこんな話知る由もない。
毎日畑を耕して火花を散らしてのんきに暮らしていた。
自分の頭の上にそんな物騒なものがゆっくりと近づいてきていることなどまったく気づきもせずに。
だが——気づいていた者もいた。
俺の両親だ。
その夜。俺がぐっすり寝静まったのを確かめてボルドとフィーナは納屋の奥にこもっていた。
ランプの頼りない灯りの下。
二人は無言で土を掘っている。
床下にはすでに、人ひとりがかがんで通れるほどの穴が暗く口を開けていた。
地下道だ。
この納屋から裏山の方角へひそかに抜けられるように。
少しずつ二人だけで掘り進めている。
「……本当に来るのかしらね。そんな日が」
手を止めてフィーナがぽつりと言った。
「わからん」
ボルドが額の汗を拭う。
「だが王都の噂はただごとじゃねえ。あの子を根絶やしにすべきだなんて声が本気で広まってる。……万が一だ。万が一何かあったとき。あの子だけは——リードとノエラだけは何があっても逃がしてやらにゃならん」
その声は低くけれど固い決意に満ちていた。
「リードは何も悪いことなんざしてねえ。ただ生まれてきただけだ。なのになんで命まで狙われなきゃならん。……そんな理不尽俺は絶対に許さねえ」
フィーナは唇を噛んだ。
その目にうっすらと涙がにじむ。
「あの子たちにはまだ言えないわね」
「ああ。言えばリードのやつ気に病む。自分のせいだなんて思い詰めちまう。……あいつはそういうやつだ」
「そうね。……だからこれはあたしたちだけの秘密」
二人は顔を見合わせ小さくうなずき合った。
そしてまた、黙々と鍬を振るい始める。
愛する我が子を守るために。来るかもしれないその日のために。
親の覚悟だけが暗い納屋の中で静かに土を掘り続けていた。
そうして——季節は移ろっていった。
あの夜から半年。
その間も両親はこつこつと地下道を掘り進めていたらしい。
俺の知らないところで。
やがて納屋から裏山へと抜ける道はひそかに完成へと近づいていった。
王都では噂がいよいよ勢いを増していた。
アーデン家を、出来損ないの一族を根絶やしにせよ——その声はもはや止めようのない大きなうねりとなって膨れ上がっていた。
……だが当の俺は。
そんなことまるで知りもしなかった。
今にして思えば——この半年、両親はやけに俺を家から出したがらなかった。
村の中心や街へは絶対に行かせてくれない。
買い物も用事もぜんぶ父さんと母さんがやってくれた。
俺が外に出るのは家と畑のあいだの道だけ。
でもその時の俺は深くは考えなかった。
農作業が忙しいからだろうとか。その程度に思っていた。
まさか両親が俺の耳に悪い噂を入れまいとして。
俺を外の悪意から遠ざけようとして。
そうしてくれていたなんて——その時はこれっぽっちも気づかなかったのだ。
だから俺は相変わらずのんきに暮らしていた。
毎日畑を耕ししょぼい火花を散らし家族と笑い合って。
たまに帰ってくる姉と裏山の草地で特訓をして。
母のあたたかい飯を食って。
父と土をいじって。
俺にとってはただ平和で幸せな日々だった。




