12話
赤ん坊としてこの世界に転生してからはや十年。
家族に恵まれて、いじめられて、特訓して、そして、鑑定の儀で無属性・F・Fという史上初の出来損ない判定をもらった。
なかなか濃い十年だったと思う。
神様にもらったはずの『最強の魔法』はどこへやら。
待ちに待った鑑定の儀で現実をこれでもかと突きつけられたわけだ。
……まあ、落ち込んでばかりもいられない。
*
鑑定の儀が終わって、まず直面したのが進路の問題だった。
結論から言うと——進路なし。見事になし。
まあ、当然だよな。無属性の学院なんてこの世に存在しないんだから。
火属性の学院に行ってどうする。
火、出ないのに。水も、風も、土も、同じこと。
じゃあ姉さんが行ってた闇の学院に……いや、闇なんて一生かかっても無理に決まってる。
どこへ行ったって魔法の出せない俺に教えることなんか何もないのだ。
神様、本当にいい仕事をしてくれる。
十歳にして人生の選択肢がほとんど閉ざされた。
前世でも冴えなかったのに二周目でこれか。
さすがに笑えてくる。
……まあ、いい。
落ち込んだところで腹は減る。
というわけで俺は決めた。
家の農業を継ぐことに。
迷いがなかったと言えば嘘になる。
魔法さえ使えれば冒険者にも魔法使いにもなれた。
姉さんみたいに世界中を飛び回る人生もあったかもしれない。
それが無属性でF、F。
選択肢なんて最初からあってないようなものだ。
でも農業も悪くない。
父さんがいつも言っている。
土は嘘をつかない。
手をかけた分だけ応えてくれると。
魔法の才能はゼロでも鍬を振ることはできる。
汗を流して飯の種を育てることもできる。
何より——この家で家族と一緒に、生きていけるんだ。
そう考えたら不思議と迷いは消えていた。
「父さん。俺農業やるよ。父さんと母さんの跡を継ぐ」
そう告げると父は一瞬目を丸くしてそれからくしゃっと笑った。
「そうか。……まあ無理はすんなよ」
ぶっきらぼうに。
でもどこか嬉しそうに。
父は俺の頭にごつい手を乗せた。
こうして俺の農家暮らしが始まったわけだ。
で、いざ始めてみて思った。
農業めちゃくちゃきつい。
朝は陽も昇りきらないうちから畑に出る。
土を耕して種をまいて水をやって雑草を抜く。
おまけに鶏の世話まである。
一日中体を動かしっぱなしだ。
十歳の体にはこれがまあこたえる。
最初の頃なんて夕方にはもうぐったりだった。
「鍬ってのはな腕で振るうもんじゃねえ」
隣で父が手本を見せてくれる。
「腰だ。腰を使え。そうすりゃ疲れにくいし深く耕せる」
言われたとおりやってみる。
けど、これがうまくいかない。
鍬の刃があらぬところに突き刺さって勢いあまってすっ転ぶ。
手のひらにはあっという間に豆ができてそれが潰れてひりひり痛む。
我ながら情けない。
中身はいい歳した大人なのに。
鍬ひとつまともに振れないとは。
それでも父は急かさなかった。
「いいんだゆっくりで。十年もやってりゃ嫌でも様になる」
そう言って豪快に笑う。
……不思議なものだ。
土をいじっていると心がすっと落ち着く。
魔法のことも鑑定のこともしばらくは忘れていられる。
手をかけた分だけ作物はちゃんと応えてくれる。
その正直さがなんとも心地いい。
ああ、父さんが土を好きな理由ちょっとだけわかった気がした。
とはいえ、だ。村での暮らしは鑑定の儀のあと少し変わってしまった。
俺の結果はもう村じゅうに知れ渡っている。
無属性で魔力量も適性もF。
史上初の出来損ない。
そんな噂がこんな小さな村で広まらないわけがない。
村の人たちの俺を見る目は明らかに変わった。
すれ違いざまにひそひそ何か囁かれる。
子どもは親に手を引かれて俺から遠ざけられる。
あからさまに避ける人もいる。
まるで関わったら何か移るとでも言いたげに。
昔はあんなに気さくに声をかけてくれた人たちがだ。
……正直こたえる。
けど、まあ、仕方ないとも思う。
得体の知れないものは誰だって怖い。
俺は村にとってそういう存在になっちまったんだから。
それに——畑にいれば誰にも何も言われない。
土は俺がどんな出来損ないだろうと変わらず応えてくれる。
だったらこっちのもんだ。
俺はますます畑仕事に打ち込むことにした。
そうそう。言っておくけど俺は魔法を諦めたわけじゃない。
無属性。F、F。
誰がどう見たって絶望的な結果だ。
それでも——あの神様の言葉がどうしても頭から離れないのだ。
最強の魔法を授けると。
あれは嘘だったのか。
それとも何か裏があるのか。
諦めきれない。
だから俺は毎日特訓を続けている。
朝、畑に出る前にちょっと。
夕方、仕事を終えてからちょっと。
寝る前に布団の中でちょっと。
火だけじゃない。水も、風も、土も。日替わりでいろんな属性を順番に試す。
「イグニス」
ぽ、と。ちりっ、としょぼい火花が散る。
「アクア」
指先がじわっと湿る。それだけ。
「ヴェント」
そよ風のひとつも起きやしない。
うん。今日も見事に何も起きない。
安定の無。
どの属性をやっても結果は同じ。
何百回、何千回繰り返したってまともな魔法にはならない。
我ながらよくもまあここまで一貫して出ないものだと逆に感心する。
それでも俺はやめない。
一日でもサボったらそこで終わりな気がして。
だから、どんなに疲れていても毎日欠かさず全属性をひと通り試している。
……いつか。
いつかこのどれかが本物の魔法になる日が来るかもしれない。
そんな根拠のかけらもない希望にすがりながら。
姉のノエラが帰ってきたときは一緒に特訓をした。
冒険者としてどんどん名を上げているノエラ。
でも、家に帰ってくれば昔と変わらないただの姉だ。
裏山の草地で二人並んで手のひらをかざす。
「ねえ、リード」
その日、特訓の合間にノエラがふと口を開いた。
「父さんと母さんの昔の話聞いたことある?」
「昔の話?」
「あたしもこの前ちょっとだけ聞いたんだけどさ」
ノエラは草の上に寝転がって空を見上げながら話してくれた。
父さんも母さんも魔力量も適性もごく平凡だったらしい。
属性は父さんが火で母さんが風。
どこにでもいる普通の魔法使いだったという。
「二人とももともと魔法でどうこうってより農業がやりたかったんだって」
学院を出たあと二人は別々の農家に住み込みで手伝いに入った。
そこで何年もかけて土の扱いや作物の育て方を学んだ。
そうして独立して自分たちの畑を持った。
それが、今のアーデン家の畑だ。
「で、その色々な農家の手伝いに行ってる中で知り合ったんだってさ。父さんと母さん」
「へえ。そうだったんだ」
「意外とロマンチックだよねえ」
ノエラがにやにや笑う。
平凡な魔力量。
平凡な適性。
それでも二人は自分のやりたいことを見つけてこつこつ積み重ねて今の暮らしを築いてきた。
その話を聞いてなんだか少し勇気が出た。
すごい才能なんてなくてもいい。
父さんと母さんみたいに地に足をつけてこつこつ生きていく。
そういう道だってちゃんとあるんだ。
無属性でF、F。村では避けられてる。
それでも俺には継ぐべき畑があって教えてくれる父さんがいて支えてくれる母さんがいて励ましてくれる姉さんがいる。
……うん。悪くない。俺の人生まだまだこれからだ。
しょぼい火花を散らしながら俺はそんなふうに前を向いていた。
——その頃。俺の知らない遠い王都で。
不穏な歯車が静かに回り始めていたなんてこれっぽっちも知らないまま。




