第34話
お父さんは私たちをタクシーに乗せて家まで送ってくれたあと、夜中まで仕事があるからといってそのままUターンして仕事場に帰っていった。なんだか少し後ろ姿が淋しそうに見えた。
玄関を開けると真っ暗だった。おばあちゃんもシゲちゃんもいない。
眞心が不安そうにおばあちゃんはあ? と聞いた。私にもわからないので、知らないよ、とこたえた。静かな家の中は、前の、今はもう誰も住んでいない家より空っぽで静かだった。
大急ぎで家中の電気をつけてテレビをつけた。眞心が面白そうに私の真似をして、あっちこっちの電気をつけていった。だけど変わらない。静けさも薄暗さも、なんにも解消されない。
しばらくすると玄関の扉の開く音が聞こえたので、二人で競うように玄関まで走っていった。シゲちゃんが「帰ってるやん」といつもの控えめな声で言った。その後ろからおばあちゃんがにゅうっと現れた。そして私を見るなり、
「なにしてんやな! ミクニガオカまで迎えに行ったがな」と文句を言った。
おばあちゃん、迎えに来てくれたんや。でも電話かけたとき、勝手に帰っていって言われたことを思い出した。大人ってなんでこんな自分勝手なんだろう。
おばあちゃんは私の手をつかんで、自分のほうへ力強く引きよせた。私の体は抵抗する間もなくふわりと軽々おばあちゃんの太ってふわふわした体にすっぽり包まれた。ぎゅううと抱きしめられてびっくりした。
恥ずかしい。恥ずかしいから今すぐ離してほしい。
「心配したんやでえ」
おばあちゃんは怒りながら涙声になっていた。こういうのは眞心の担当だろう。なんで私? だけど、無下にするのもかわいそうだしと思って、とりあえずそのままの態勢でいてあげた。おばあちゃんの体からは、ショウノウの香りが微かにした。
よくわからないけれど、なんだかほっとした。
「あら、なんや、この子。寝てんのかいな」
「ずっと緊張しとったんで、よっぽど疲れたんやろ」
遠くでおばあちゃんとシゲちゃんの、呆れているような声が聞こえた。ちゃんと二人の声は聞こえていたけれど、恥ずかしいし、とりあえず眠ったふりをしておこう。
しゅううう、という電車のそわそわしているような音が聞こえてきたので、目を開けると真っ暗な空間の中、ぽつんと浮かぶプラットフォームに私は立っていた。
目の前には、うぐいす色の電車が止まっている。その電車に今まさに乗り込もうとしている男の子が、ふいに振り向いた。
「ブタ」
水野だった。
「………うるさい、チビ」
私は反射的に言い返していた。水野は緊張した顔をゆるめて微笑んだ。昔の水野の顔だった。
「デブ。ブタ、ブタ、ブータ」
「なによ、ハゲ。チビザル」
「ブータ、ブータ。早よ乗らな、出発してしまうで」
私は駆け足で電車の階段をのぼった。水野が私のすぐあとに続いて乗ったら、その途端扉が閉まった。よかった。間に合った。私たちは二人で顔を見合わせて笑った。
「ツチノコを探しに行こう」
私は、そう言おうと決めていた。きっと水野ならいいよって言うだろう。
うぐいす色の電車はぐんぐん空に向かって走り出し、お尻から長くて白いうんこをぶらぶらさせた。
真っ黒の夜の空に、白いうんこが光って見える。
眞心に見せてやりたいと思った。眞心のくすぐったいような笑い声が聞こえたような気がして、とてもとても幸せな気分になった。




